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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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閑話 宰相は微笑む  宰相ヴィクトール視点

 ヴィクトール・ド・ガルニエは、書斎で報告書を読んでいた。


 深夜。王都の宰相邸。蝋燭の灯りが、羊皮紙の上に揺れる影を落としている。


 報告書は三通。全て副宰相マティアスからのものだ。


 一通目。ディートリヒ・クラウスの排除について。


 公爵家の内通者が発覚し、幽閉された。予想より早い。ディートリヒは十二年間、忠実に情報を送り続けた有能な手先だった。それが三歳児の――いや、今は五歳か。五歳の娘の動きによって、露見した。


 公爵夫人への毒殺計画も中断。処方箋操作が看破され、薬が正された。夫人の体調は急速に回復している。


 ヴィクトールは報告書の端を指で叩いた。


 毒殺計画は、十五年の長期計画だった。公爵夫人を緩慢に弱らせ、自然死に見せかけ、公爵家から王妃との繋がりを断つ。完璧な計画だった。証拠は残さない。薬の量は致死量の遥か手前。専門家でなければ気づかない。


 気づいた。五歳の娘が。


 直接気づいたのか、間接的に動いたのかは分からない。だが結果は同じだ。計画は破綻した。


 二通目。王宮教育プログラムにおけるセレスティア・フォン・アルヴェインの行動記録。


 マティアスが直接観察し、各所の報告をまとめた文書だ。


 『王太子との関係:初対面で自然な友好関係を構築。王太子が自発的にセレスティアとの交流を求める場面が複数確認された。特筆すべきは、魔力暴走事件後の王太子の精神的変化。以前より感情の表出が増え、「友達」という語を使用するようになった。セレスティアの影響と推測される。』


 『フリーデリケ・フォン・エッシェンバッハとの関係:親密。政治的意図は薄い。純粋な友人関係。だが公爵家と伯爵家の繋がりとして利用される可能性あり。』


 『コンラート・ヴァイスハウプトとの関係:友好的。辺境伯家との軍事的繋がりの伏線となり得る。』


 『ヴィオレッタ・モンテヴェルデとの関係:表面上は淡白。だが相互に観察し合っている。両者とも年齢に不釣り合いな洞察力を持つ。』


 『イザベラ・ド・ガルニエとの関係:限定的。図書室で会話した記録があるが、内容は不明。イザベラは該当の会話について報告していない。』


 ヴィクトールの指が止まった。


 イザベラが報告していない。


 娘は全てを報告するよう教育してある。交友関係、会話の内容、他の子供の様子。全てだ。


 だがセレスティアとの会話を報告していない。


 小さな違反だ。取るに足りない、と見ることもできる。七歳の子供の気まぐれだ、と。


 だがヴィクトールは三十年間、取るに足りないことを見逃さなかったからこそ、今の地位にいる。


 イザベラには後で確認する。急がない。追及せず、自然に引き出す。


 三通目。魔力暴走事件と、セレスティアの早期退出について。


 『セレスティアは暴走の発生する約二分前に教室を退出。理由は「腹痛」。だがマティアスが直接観察した際、腹痛の痕跡は確認できず。暴走の発生を何らかの方法で事前感知した可能性がある。聖魔力保有者の感覚共鳴か、あるいは別の要因か。追加調査を推奨。』


 聖魔力。


 ヴィクトールは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


 五百年に一人の存在。光と闇の両属性を持つ者。歴史書にはこう記されている。


 『聖魔力者は世界の均衡を揺るがす存在である。その力は国を救うことも、滅ぼすこともできる。聖魔力者が現れた時代は、例外なく大きな変動の時代であった。』


 ヴィクトールは変動を好まない。


 五百年間、この王国は均衡を保ってきた。王家と貴族のバランス。魔力と権力の配分。それを維持してきたのは、宰相という役職だ。初代宰相から数えて十四代目。ヴィクトールはその最新の一人。


 均衡は脆い。一本の支柱が傾けば、全体が崩れる。


 聖魔力者はその支柱を根本から引き抜く力を持つ。


 ヴィクトールに私怨はない。アルヴェイン公爵家への恨みもない。公爵ライナルトは優秀な政治家だ。敵対するより協力した方が国のためになる。それは分かっている。


 だが聖魔力者は別だ。


 あの力が存在する限り、均衡は維持できない。いつか必ず「使われる」。善意であれ悪意であれ、使われた瞬間に均衡は崩れる。


 だから排除する。


 感情ではない。計算だ。


 ヴィクトールは蝋燭の炎を見つめた。


 排除の方法はいくつかある。


 最も確実なのは、物理的な排除。だが公爵家の令嬢を暗殺するのは、リスクが高すぎる。公爵が黙っていない。王妃も動く。下手をすれば内戦になる。


 次善の策は、政治的な排除。社会的に抹殺し、力を使えない状況に追い込む。幽閉。追放。あるいは——罪人として処断する。


 そのためには証拠が要る。あるいは、証拠を作る必要がある。


 時間はある。相手はまだ五歳だ。力は未完成。経験も乏しい。十年かければ、どんな証拠でも作れる。どんな状況でも整えられる。


 ヴィクトールは微笑んだ。


 いつもの微笑み。穏やかで、温かくさえ見える微笑み。この微笑みの裏に何があるかを知る者は、この王国に数えるほどしかいない。


 「面白い子だ」


 呟いた。本心だ。


 セレスティア・フォン・アルヴェインは、確かに面白い。五歳にして政治的な動きを見せ、大人を出し抜き、王太子の信頼を得た。


 だが子供は子供だ。


 三十年の経験と、王国全土に張り巡らされた情報網を持つ宰相に、五歳の少女が勝てるはずがない。


 「時間はこちらの味方だ。十年かけて、丁寧に潰せばいい」


 ヴィクトールは報告書を畳み、引き出しにしまった。鍵をかけた。


 蝋燭を消す前に、もう一度微笑んだ。


 「アルヴェインの娘。お前の聡明さは認めよう。だが聡明なだけでは、この世界では生き残れない」


 蝋燭が消えた。


 書斎が闇に沈んだ。


 ◇


 翌朝。


 ヴィクトールは王宮に出仕した。いつも通りの時刻に、いつも通りの微笑みで。


 国王レオナルド三世に謁見し、政務を報告し、貴族院の調整を行い、財務の決裁をし、夕方には王太子の教育方針を確認する。


 全てがヴィクトールの手の中で回っている。王国という巨大な機械の、全ての歯車を彼が管理している。


 一つの歯車が外れた。ディートリヒという歯車が。


 だが機械は止まらない。代わりの歯車を入れればいい。


 全ては時間の問題だ。


 ヴィクトールは執務室の窓から王都を見下ろした。


 この街を、この国を、五百年間守ってきた秩序。それを壊す者は、たとえ五歳の少女であっても、排除する。


 それがヴィクトール・ド・ガルニエの正義だった。



 夕方、ヴィクトールはイザベラを呼んだ。


 自邸の小書斎。父と娘のための部屋。王宮には持ち込まない話をする場所だ。


 「王宮教育プログラムについて聞こうか」


 イザベラは座り方を崩さない。九歳にしては行儀が良すぎる。


 「はい、お父様。特筆すべきことはございませんでした」


 「アルヴェインの娘とは話したか」


 一瞬だけ、目が止まった。


 「図書室で少し。本の話です」


 淡々と答えた。嘘はついていない。だが「以上です」という顔が、続きを省いている。


 ヴィクトールは微笑んだ。


 「そうか。これからも、彼女との接点があれば報告するように」


 「承知しました」


 イザベラが退室した。扉が閉まった。


 ヴィクトールはしばらく椅子の背に体重を預けた。


 報告の中身よりも、報告を省いた部分の方が気になる。九歳の娘が、父に隠す何かを持った。


 それは初めてのことだった。


 アルヴェインの娘。五歳にして、人を動かす。


 急がない。だが、見ておく必要がある。


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