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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第2章 五歳の令嬢、王都の盤面へ

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閑話 宰相は微笑む  宰相ヴィクトール視点

 セレスティアがまだ五歳で、王宮教育課程に通っていた頃。ヴィクトール・ド・ガルニエは、深夜の宰相邸で報告書を読んでいた。書斎を照らす蝋燭の灯りが、羊皮紙の上に揺れる影を落としている。


 机に並ぶ報告書は三通。いずれも副宰相マティアスから届いたものだ。


 一通目。ディートリヒ・クラウスの排除について。


 公爵家の内通者が発覚し、死罪判決を受けた。執行は、情報を吐かせるために停止されている。予想より早い。ディートリヒは十二年間、忠実に情報を送り続けた有能な手先だった。


 発覚の端緒は、次男フェリクスによる薬材分析。薬材規格と検査証明の偽装が看破され、安全な薬に切り替えた公爵夫人は、すでに健康を取り戻している。ヴィクトールは報告書の端を指で叩いた。


 毒殺計画は、数年かけて進める長期計画だった。公爵夫人を緩慢に弱らせ、自然死に見せかけ、公爵家から王妃との繋がりを断つ。完璧な計画だった。証拠は残さない。薬の量は致死量の遥か手前。専門家でなければ気づかない。


 本当に、フェリクス一人の働きだったのか。二年前の記録に、幼い娘の関与を示すものはない。だが王宮で見せた振る舞いを思えば、兄を動かした可能性までは捨てきれなかった。


 確証はない。ならば今は、疑いとして覚えておけばいい。


 二通目。王宮教育課程におけるセレスティア・フォン・アルヴェインの行動記録。


 マティアスが直接観察し、各所の報告をまとめた文書だ。


 『王太子との関係:初対面で自然な友好関係を構築。王太子が自発的にセレスティアとの交流を求める場面が複数確認された。特筆すべきは、魔力暴走事件後の王太子の精神的変化。以前より感情の表出が増え、「友達」という語を使用するようになった。セレスティアの影響と推測される。』


 『フリーデリケ・フォン・ブリュンヒルデとの関係:親密。政治的意図は薄い。純粋な友人関係。だが公爵家と男爵家の繋がりとして利用される可能性あり。』


 『コンラート・フォン・ヴァイスハウプトとの関係:友好的。辺境伯家との軍事的連携の足掛かりとなり得る。』


 『ヴィオレッタ・フォン・モンテヴェルデとの関係:表面上は淡白。だが相互に観察し合っている。両者とも年齢に不釣り合いな洞察力を持つ。』


 『イザベラ・ド・ガルニエとの関係:限定的。図書室で会話した記録があるが、内容は不明。』


 ヴィクトールの指が止まった。机の右端に置いてある、娘の週次報告書へ手を伸ばす。交友関係、会話の内容、他の子供の様子。今週の出来事が、教えた書式どおりに並んでいる。


 だが、図書室でセレスティアと会ったという記述はなかった。


 マティアスの記録にはある。娘の記録にはない。イザベラが報告していない。


 娘は全てを報告するよう教育してある。全てだ。


 だがセレスティアとの会話を報告していない。


 小さな違反だ。取るに足りない、と見ることもできる。六歳の子供の気まぐれだ、と。


 だがヴィクトールは三十年間、取るに足りないことを見逃さなかったからこそ、今の地位にいる。


 イザベラには後で確認する。急がない。追及せず、自然に引き出す。


 三通目。魔力暴走誘発計画の実施結果と、セレスティアの早期退出について。


 『装置は対象の混合波形を検知し、予定どおり起動。起動後は炉内に魔力を蓄積し続けるため、対象が離れても停止しない。出力は設定値の範囲内。だが対象は放出の数分前に演習場を退出し、オスヴァルトが全員を避難させたため、負傷者なし。対象の聖魔力による暴走と見せる当初の目的は達成できず。』


 報告は続いていた。


 『退出理由は「腹痛」。二週間後の直接聴取では、一過性の腹痛の真偽は判定不能。ただし退出直前に魔力炉へ視線を向けた記録があり、退出時刻も放出直前である。偶然の可能性は残るが、事前に異常を感知した可能性を排除できない。追加調査を推奨。』


 マティアスは、分からないことを分かったとは書かない。その慎重さがあるからこそ、ヴィクトールは彼を使っていた。


 腹痛の真偽は追わなくてよい、とヴィクトールは思った。二週間も経てば、一時的な腹痛を確かめる術はない。知りたいのは病名ではない。あの娘が、装置の放出時刻を読んでいたかどうかだ。ヴィクトールは報告書の角を撫でた。


 マティアスが引いた設計図を、宰相府直轄の工房へ回したのは自分だ。工房付きの魔術師には全体の目的を知らせず、名を残さない形で炉へ装置を組み込ませた。命令書もその夜のうちに燃やしてある。関係者が知るのは、それぞれ自分に与えられた作業だけだ。失敗しても、一本の証言から自分まで辿れる鎖は残していない。


 計画は暗殺ではなかった。セレスティアの聖魔力が人前で暴走したという事実を作り、その危険性を王太子と有力貴族の子供たちに目撃させる。将来、幽閉か追放を求める時の土台にする。そのための実演だった。


 イザベラも演習場にいた。だから装置の出力は、部屋の結界が吸収できる範囲に抑えさせた。死者は出ない。魔力酔いで数日寝込む者が出る可能性はあったが、それは計画を成立させるための許容範囲だった。娘にも、その程度は耐えてもらうつもりだった。


 だがセレスティアは放出前に退出し、オスヴァルトは子供たちを避難させた。標的がいない場所で炉だけが暴走しても、聖魔力の危険性を示す証拠にはならない。


 しかもオスヴァルトは、外部干渉の痕跡を見つけ、子供たちにまで告げた。あれは予備調査にすぎない。最終報告書は「設備の老朽化による事故」で閉じさせる。証拠は封印し、時間の中で忘れさせればいい。


 聖魔力。ヴィクトールは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


 数百年に一人の存在。光と闇の両属性を持つ者。歴史書にはこう記されている。


 『聖魔力者は世界の均衡を揺るがす存在である。その力は国を救うことも、滅ぼすこともできる。聖魔力者が現れた時代は、例外なく大きな変動の時代であった。』


 ヴィクトールは変動を好まない。五百年間、この王国は王家と貴族、魔力と権力の均衡を保ってきた。少なくともヴィクトールは、その均衡を支えてきたのが宰相という役職だと信じている。初代から数えて十四代目。その列の末尾に、自分は立っていた。


 均衡は脆い。一本の支柱が傾けば、全体が崩れる。


 聖魔力者はその支柱を根本から引き抜く力を持つ。


 ヴィクトールに私怨はない。アルヴェイン公爵家への恨みもない。公爵ライナルトは優秀な政治家だ。敵対するより協力した方が国のためになる。それは分かっている。だが聖魔力者は別だ。


 あの力が存在する限り、均衡は維持できない。いつか必ず「使われる」。善意であれ悪意であれ、使われた瞬間に均衡は崩れる。


 だから排除する。感情ではない。計算だ。ヴィクトールは蝋燭の炎を見つめた。


 排除の方法はいくつかある。最も確実なのは、物理的な排除。だが公爵家の令嬢を暗殺するのは、危険が大きすぎる。公爵が黙っていない。王妃も動く。下手をすれば内戦になる。


 次善の策は、政治的な排除。社会的に抹殺し、力を使えない状況に追い込む。幽閉。追放。あるいは、罪人として処断する。


 そのためには証拠が要る。あるいは、証拠を作る必要がある。


 時間はある。相手はまだ五歳だ。力は未完成。経験も乏しい。十年かければ、どんな証拠でも作れる。どんな状況でも整えられる。ヴィクトールは微笑んだ。


 いつもの微笑み。穏やかで、温かくさえ見える微笑み。この微笑みの裏に何があるかを知る者は、この王国に数えるほどしかいない。


 「面白い子だ」


 呟いた。本心だ。呟いてから、指が止まった。面白い。計算に、その語は要らない。


 取るに足りないことだ。……深夜だ。疲れている。


 ヴィクトールは、その一語を忘れることにした。


 セレスティア・フォン・アルヴェインは、確かに面白い。五歳にして政治的な動きを見せ、大人を出し抜き、王太子の信頼を得た。だが子供は子供だ。


 三十年の経験と、王国全土に張り巡らされた情報網を持つ宰相に、五歳の少女が勝てるはずがない。


 「時間はこちらの味方だ。十年かけて、丁寧に潰せばいい」


 ヴィクトールは報告書を畳み、引き出しにしまった。鍵をかけた。蝋燭を消す前に、もう一度微笑んだ。


 「アルヴェインの娘。お前の聡明さは認めよう。だが聡明なだけでは、この世界では生き残れない」


 蝋燭が消えた。書斎が闇に沈んだ。


 ◇


 翌朝、ヴィクトールは王宮に出仕した。いつも通りの時刻に、いつも通りの微笑みで。


 国王レオナルド三世に謁見し、政務を報告し、貴族院の調整を行い、財務の決裁をし、夕方には王太子の教育方針を確認する。


 国王への報告も、貴族院の票も、財務の決裁も、王太子の教育も、それぞれ別の人間の手を通る。だが最後には自分の机へ集まる。ヴィクトールは長い間、それを王国という巨大な機械の歯車を管理している証しだと考えてきた。


 一つの歯車が外れた。ディートリヒという歯車が。


 それでも機械は止まらない。欠けた場所へ別の歯車を入れればいい。そうしてきたし、今回もそうできるはずだった。


 ヴィクトールは執務室の窓から王都を見下ろした。


 この街を、この国を、五百年間守ってきた秩序。それを壊す者は、たとえ五歳の少女であっても、排除する。


 それがヴィクトール・ド・ガルニエの正義だった。


 ◇


 夕方、ヴィクトールは自邸の小書斎へイザベラを呼んだ。そこは父と娘のための部屋であり、王宮には持ち込まない話をする場所でもあった。


 「王宮教育課程について聞こうか」


 イザベラは座り方を崩さない。六歳にしては行儀が良すぎる。


 「はい、お父様。特筆すべきことはございませんでした」


 「アルヴェインの娘とは話したか」


 一瞬だけ、目が止まった。


 「図書室で少し。本の話です」


 淡々と答えた。嘘はついていない。だが「以上です」という顔が、続きを省いている。


 ヴィクトールは微笑んだ。


 「そうか。これからも、彼女との接点があれば報告するように」


 「承知しました」


 イザベラが退室した。扉が閉まった。ヴィクトールはしばらく椅子の背に体重を預けた。


 報告の中身よりも、報告を省いた部分の方が気になる。六歳の娘が、父に隠す何かを持った。それは初めてのことだった。


 アルヴェインの娘。五歳にして、人を動かす。急がない。だが、見ておく必要がある。


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― 新着の感想 ―
マティアスがセレスティアを観察したのは爆発事件から何日も後。 食中毒や虫垂炎とかの病気でなければ、子供の腹痛なんか痕跡がなくてもおかしくないでしょう。それよりあの爆発は誰が仕組んだんでしょう。宰相の娘…
三歳のセレスティアが母への毒投与に気が付いたというのを、宰相はどこでそう思った(知った)のでしょう?そんな場面、これまでありましたっけ? 聖魔力には気が付いても、毒阻止への関与を示したり匂わせたりする…
ヴィクソルは語るに落ちてるんだよな 自身の行動の動機は欲まみれ感情まみれなのに 判断判定が感情ではない冷徹って。
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