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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第2章 五歳の令嬢、王都の盤面へ

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閑話 5歳の王子は手を伸ばした 王太子アレクシス視点

 アレクシス・レグナシオンは五歳にして、自分が「普通」ではないことを知っていた。


 周りの大人はみな笑顔だが、目が笑っていない。


 父上は病気で、いつも咳をしている。謁見の間で玉座に座っている姿は立派だけれど、部屋に戻ると肩で息をしている。それを見ると胸が痛い。


 母上はいつも心配そうな顔をしている。僕のこと、父上のこと、この国のこと。母上の笑顔は「本当の笑顔」と「作った笑顔」の二種類があって、最近は作った笑顔の方が多い。


 宰相閣下は「殿下、こうしなさい」とばかり言う。座り方。立ち方。話し方。食べ方。全部に「正解」があって、僕はいつも「正解」を出さなければならない。


 間違えると宰相は微笑む。怒らない。ただ微笑んで、「殿下、もう一度」と言う。


 その微笑みが怖い。


 カスパルは僕の侍従だ。いつも傍にいる。でもカスパルの目は「見張り」の目だ。五歳の僕にだって、それくらいは分かる。


 友達なんていない。


 周りにいるのは「臣下の子」だ。みんな僕に気を遣って、本当のことを言わない。「殿下はすごいです」「殿下はお上手です」。褒め言葉ばかり。本当にすごいのか、本当に上手なのか、分からない。


 嘘の褒め言葉は、叱られるよりつらい。


 だから王宮教育課程が始まった時、僕は期待なんかしていなかった。どうせまた「臣下の子」が集まって、僕に気を遣うだけだろう。


 ◇


 最初に会ったのは、コンラートだった。


 「俺はコンラート。剣が好きだ」


 あっけらかんとしていた。僕が王太子だと分かっているのに、敬語すら使わない。


 「お前が王子か。俺の父上が『王子は鍛えないと駄目だ』って言ってた」


 面と向かって「駄目」と言われたのは初めてだった。


 不快ではなかった。むしろ新鮮だった。この子は嘘をつかない。次にフリーデリケ。


 「殿下、こんにちは! わたし、フリーデリケです。お花が好きです!」


 明るい。まぶしい。この子は太陽みたいだ。僕の周りには曇り空しかなかったから、まぶしすぎて目が痛かった。でも嫌じゃなかった。ヴィオレッタは違った。


 「ご機嫌よう、殿下」


 完璧な礼法。完璧な笑顔。完璧な距離感。


 この子は「大人」だ。六歳なのに、大人みたいに振る舞う。


 イザベラも似ていた。宰相の娘。紫の目。鋭い目。この子は僕を「観察」している。まるで虫を見るみたいに。


 僕より二つ年上の第一王子、ルシアンは、僕を睨んでいた。いつもそうだ。僕が何かするたびに、ルシアンは僕を睨む。何がそんなに気に入らないのか分からない。その理由すら分からないことが、つらかった。


 ◇


 セレスティア・フォン・アルヴェインに会った時のことを、僕は一生忘れないと思う。


 母上から聞いていた銀髪の女の子。碧い目。僕と同い年なのに、ずっと小さく見えた。


 彼女は震えを隠すように背筋を伸ばし、きれいな礼をした。


 「セレスティア・フォン・アルヴェインです。殿下、お目にかかれて光栄です」


 声は震えていなかった。でも、目だけが遠い場所にある痛いものを見ていた。僕は確かめるように尋ねた。


 「君が……セレスティア?」


 母上が話していた子だと伝えてから、手を差し出した。彼女は一瞬息を止め、それでも逃げずに手を取った。


 震える、小さな手だった。触れた指先は温かく、その指には、離すまいとする力があった。


 「よろしく、セレスティア」


 笑ったつもりだった。すると彼女の目から、涙が一粒落ちた。


 驚いて理由を尋ねると、彼女は「嬉しくて」と答え、涙を拭って笑った。それから、僕と友達になりたいと言った。


 みんな僕に笑顔を見せる。「殿下、素敵です」「殿下、立派です」。作った笑顔で、作った言葉で。


 セレスティアだけが、怖がっていることを隠しきれないまま、それでも逃げなかった。僕の周りの大人の誰よりも勇敢だと思った。


 あの「友達になりたい」は、この子自身の言葉だと思った。


 ◇


 魔力暴走事件の時、僕は何もできなかった。爆発が起きた。光が溢れた。熱風が吹いた。怖かった。


 足が動かなかった。頭が真っ白になった。「逃げろ」と思ったのに、身体が言うことを聞かなかった。


 気がつくと、フリーデリケの手を掴んでいた。


 なぜ掴んだのか、分からない。近くにいたから。それだけだ。考えて動いたんじゃない。身体が勝手に動いた。


 オスヴァルト先生が全員を外に出してくれた。先生がいなかったら、僕たちはどうなっていたか分からない。


 セレスティアは爆発の前に出ていた。「お腹が痛い」と言って。


 嘘だ。僕は見ていた。彼女の顔色は普通だった。お腹が痛い人の顔じゃなかった。彼女は何かを感じ取って、先に出た。


 あの子は普通じゃない。何かが違う。何が違うのかは分からない。でも、僕より強い。


 ◇


 あの日、廊下の角で、僕は泣いた。


 「みんなを守れなかった」


 みっともない。王子が泣くなんて。


 宰相閣下なら「王は泣いてはならない」と言うだろう。カスパルなら報告するだろう。「殿下がお泣きになりました」と。


 でもセレスティアは言った。


 「殿下がご無事でよかった」


 嘘じゃなかった。彼女の碧い目に、本当の安堵があった。


 心からそう言ってくれる人は、初めてだった。


 母上は心配してくれる。でも母上の心配は「王太子として大丈夫か」という心配と、「息子が怪我をしなかったか」という心配が混ざっている。


 セレスティアは違った。ただ「無事でよかった」と。それだけ。シンプルに。


 ハンカチをもらった。レースの白いハンカチ。小さな女の子の持ち物。


 「つぎにこわいことがあったら、そのハンカチでなみだをふいてください。わたしのかわりに、そばにいます」


 代わりに傍にいる。一枚の布切れが、人の代わりになるはずがない。でも僕はそのハンカチを握って、本当に少しだけ楽になった。


 「僕は、君を守れるようになりたい」


 自分でも驚いた。そんなことを言うつもりはなかった。口が勝手に動いた。でも嘘じゃない。本当にそう思った。この子を守りたい。


 ◇


 セレスティアが公爵領に帰る日、僕は洗ったハンカチを返した。


 「借りたものは返す」と父上に教わったから。


 でも本当は返したくなかった。あのハンカチを持っていれば、セレスティアが傍にいるような気がしたから。


 「また貸してほしい時は、言うから」


 そう言った。格好悪い。王子が女の子にハンカチを借りるなんて。


 でもセレスティアは笑った。「いつでも」と。


 あの笑顔は本物だった。作った笑顔じゃない。二年後。学園で会える。


 それまでに強くなる。泣かないんじゃなくて、泣いても立ち上がれるように。


 セレスティアが言ってくれた。「こわくても手をひけるのは、すごいことです」と。


 本当にそうなのかは分からない。でも彼女がそう言うなら、きっとそうなんだろう。僕はまだ弱い。


 でもいつか、あの子の手を引ける王子になる。五歳の約束。子供の約束。でも僕は忘れない。


 絶対に。



 その夜、僕は眠れなかった。窓の外に王都の灯りが広がっている。アルヴェイン公爵領はもっと遠い。セレスティアは今頃、まだ街道の上だろう。今日、彼女がくれたものを数えてみた。


 泣く理由。立ち上がる言葉。二年後の約束。


 カスパルが部屋の入口に立った。「殿下、そろそろお休みになる時間です」


 「分かった」


 ベッドに入っても、すぐには眠れなかった。怖い時に怖いと言える人。弱い時に弱いと見せる人。そういう人が、強い人より信じられる。


 セレスティアは言葉ではなく、態度でそれを見せてくれた。震える手で、握り返すことで。


 僕はまだ弱い。泣いてしまう。足が動かなくなる。それは変わらないかもしれない。でも立ち上がることは、できる。二年後。学園で会う。


 その時には、もう少しだけましな王子になっていたい。


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