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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第2章 五歳の令嬢、王都の盤面へ

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ヴォルフの過去

 ヴォルフが眠らない夜がある。セレスティアは知っていた。別邸の自室の扉の向こうに、この騎士が立ち続ける夜があることを。


 普段は交代制だ。ヴォルフと、もう一人の護衛騎士が四刻ずつ交代する。だが時折、ヴォルフは交代せず一晩中立っている。今夜がそうだった。


 副宰相の接触があった日から三日後の夜。セレスティアは寝付けなかった。前世の夢を見たからだ。


 法廷の夢。証人席に立つ人々。指を突きつけてくる貴族たち。そして――刃。目が覚めた。汗が冷たい。心臓が痛い。扉の向こうに、気配がある。


 セレスティアは寝台を降り、裸足で扉に近づいた。小さな手で、扉を少しだけ開ける。


 廊下の燭台の弱い光の中に、ヴォルフが立っていた。


 壁に背を預けず、剣の柄に手を添え、まっすぐに立っている。二十三歳の騎士。長身。灰色の短髪。暗がりの中でも鋭い緑の目。


 セレスティアが扉を開けたことに、ヴォルフはすぐ気づいた。


 「お嬢様。お目覚めですか」


 「ねむれないの」


 「……悪い夢ですか」


 セレスティアは頷いた。ヴォルフは一瞬だけ迷い、それから片膝をついてセレスティアの目線に合わせた。


 「お部屋にお戻りになりますか。温かい飲み物をお持ちしましょうか」


 「いい。ヴォルフとおはなしがしたい」


 「私と、ですか」


 「うん。ヴォルフもねてないでしょ」


 ヴォルフの目が僅かに見開かれた。気づかれていたことに驚いたのだ。


 「……護衛の務めですので」


 「きょうはこうたいのひじゃないよ。ヴォルフのばん、もうおわってるよ」


 沈黙。ヴォルフは交代時間を過ぎても立ち続けていた。それをセレスティアに指摘された。


 「……お嬢様は、よくお気づきになりますね」


 「ヴォルフのこと、みてるから」


 五歳の少女の言葉。だが嘘ではない。セレスティアはヴォルフを見ている。前世から、ずっと。


 前世のヴォルフ。セレスティアの専属騎士。寡黙で忠実で、最後の最後まで傍にいた男。処刑が決まった時、ヴォルフだけが辞職を申し出なかった。公爵家が崩壊し、他の騎士が去った後も、独房の前に立ち続けた。


 処刑の朝。ヴォルフは剣を抜いた。処刑を止めようとしたのだ。近衛騎士に取り押さえられた。セレスティアは牢の中からその音を聞いた。金属がぶつかる音。ヴォルフの声。


 「お嬢様に手を出すな」


 無駄な抵抗だった。だがヴォルフは最後まで抵抗した。


 「ヴォルフ。おへやにはいって。いっしょにすわろう」


 「お嬢様、深夜に騎士が令嬢のお部屋に入るのは――」


 「いいの。わたしがはいってっていったの」


 ヴォルフは逡巡し、それから静かに部屋に入った。扉を少しだけ開けたまま。騎士としての礼節。


 セレスティアは寝台の端に座り、ヴォルフは扉の傍に立った。


 「すわって」


 「立っております」


 「おねがい」


 ヴォルフは溜息をつき、壁際に腰を下ろした。剣は手元に置いたまま。


 月明かりが窓から差し込んでいる。白い光が部屋を淡く照らしている。


 「ヴォルフ」


 「はい」


 「ヴォルフって、ちいさいころ、どんなこだった?」


 沈黙が長かった。ヴォルフが自分の過去を語ることは、ほとんどない。セレスティアは前世でも断片的にしか知らない。


 「……私は孤児です」


 静かな声だった。


 「王都の南区で生まれました。親の顔は知りません。物心ついた時には、路地裏で暮らしていました」


 路地裏。王都の暗部。浮浪児が溢れる場所。盗みを覚え、喧嘩を覚え、生き延びる術を叩き込まれる場所。


 「八つの時に、公爵家の馬車を襲いました」


 「えっ」


 「食い詰めて。仲間と三人で、馬車の荷物を盗もうとしたのです」


 セレスティアは息を呑んだ。前世では知らなかった話だ。


 「公爵閣下が直接、馬車から降りてこられました」


 「おとうさまが?」


 「はい。八歳の浮浪児三人を前に、剣を抜くでもなく、騎士を呼ぶでもなく、ただ立って、こう仰いました」


 ヴォルフの目が遠くなった。十五年前の記憶を見ている。


 「『腹が減っているのか。ならば食わせてやる。だが盗みはするな。盗みは弱い者のすることだ。お前は弱いのか?』」


 ヴォルフは膝の上で拳を握った。


 「私は答えました。『弱くない』と。嘘でした。弱いから盗みをしていたのです。でも、あの時、あの方の前で『弱い』とは言えなかった」


 「……それで?」


 「公爵閣下は私を馬車に乗せ、公爵家に連れ帰りました。仲間の二人も。三人とも公爵家の使用人見習いとして引き取られました」


 セレスティアの目が熱くなった。


 父はそういう人だ。冷徹で合理的に見えるが、根本に「弱者を拾う」強さがある。


 「仲間の一人は料理人になりました。もう一人は公爵領の農夫になりました。私は――剣を選びました」


 「どうして?」


 「公爵閣下にお返しをしたかった。命を救ってくださった恩を。だが私には学もなければ才覚もない。できるのは身体を張ることだけでした」


 ヴォルフは自分の手を見た。大きな手。剣胼胝がある手。


 「騎士の訓練は厳しかった。何度も辞めようと思いました。だが辞めれば路地裏に戻る。あの暗い場所に。だから歯を食いしばって続けました」


 「それで、つよくなったの」


 「強いかどうかは分かりません。ただ、立ち続けることはできるようになりました」


 立ち続ける。今夜もそうだ。交代時間を過ぎても、立ち続けている。


 「きしになって、それから?」


 「二十歳の時、公爵家から近衛騎士団に出向しました。正式な推薦者は公爵閣下です」


 「おとうさまが?」


 「はい。ただ、私を近衛へ出すよう願い、最初の評価を書いたのはエドヴァルト様でした。まだ十七歳で、ご自身も叙任前でしたから、推薦を決める権限はありません。五年ほど稽古を共にした者として『こいつは使える』と公爵閣下へ進言し、閣下が騎士団の記録を確認して正式な推薦状に判を押されました」


 「おにいさまらしい」


 「近衛に入れたのは、その後の入団試験に通ったからです。一年ほど、王宮で剣を振っていました」


 「いまは、おうちにいるね」


 「……辞めました」


 短い言葉だった。その先が続かなかった。


 「どうして?」


 ヴォルフは答えなかった。剣の柄に置いた手が、僅かに動いただけだった。


 聞いてはいけない。五歳の直感としてではなく、前世でこの男を長く見てきた人間の判断として、そう思った。


 「……きかない」


 「ありがとうございます」


 「お嬢様のお傍に配属された時、公爵閣下に言われました。『この子を守れ。命に代えても』と」


 「おとうさまが」


 「最初は、幼子のお守りかと思いました。騎士の務めではないと」


 ヴォルフの唇の端が、ほんの僅かに上がった。この男にしては珍しい表情の変化。


 「しかしお嬢様を見ているうちに、分かりました。この方は普通のお子ではない。守るべき方だと」


 「わたし、ふつうじゃない?」


 「三歳の時に、初めてお会いした日のことを覚えています。ヘルマン殿が私の名を告げ、扉を開けた。私はそこで初めて、お嬢様の前に出ました」


 セレスティアは記憶を辿った。三歳の頃。ヴォルフと初めて正面から向き合った日。


 「お嬢様は私を見上げて、『ヴォルフ。これから、よろしくおねがいします』と仰いました」


 「それが、ふつうじゃなかったの?」


 「名を知っていたことではありません。会議で聞いておられた。ただ――私を見る目が、初めて会った相手に向けるものではなかった」


 セレスティアは息を止めた。前世で、ヴォルフは長年傍にいた。最後には独房の前に立ち、処刑の日まで離れなかった。その記憶が、三歳の自分の顔に出ていたのだろうか。


 「どんな、めだった?」


 「ようやく会えた者を見る目でした。安堵して、少しだけ泣きそうな」


 「……そんなかお、してた?」


 「はい。ですが、理由を聞くつもりはありません」


 「それ以来、私はお嬢様を観察してきました。普通の子供ではないことは確かです。何を見て、何を知っているのか、私には分かりません。分かる必要もありません」


 ヴォルフの目がセレスティアを捉えた。緑の目。暗がりの中で光る、獣のような目。


 「私の務めは守ることです。お嬢様が何者であろうと、私はお傍を離れません」


 セレスティアの喉が詰まった。


 「ヴォルフ」


 「はい」


 「わたし、こわいゆめをみるの。くびを……きられるゆめ」


 声が震えた。今まで誰にも言えなかった言葉。フリーデリケにも、フェリクスにも、父にも母にも。


 首を切られる夢。それは「悪夢」ではない。「記憶」だ。実際に起きたことだ。


 なぜヴォルフに言えたのか、自分でも分からない。ただ、この男の前では、嘘をつかなくてもいいと思った。ヴォルフは顔色を変えなかった。


 五歳の少女が「首を切られる夢を見る」と言った。普通なら動揺する。原因を問う。心配する。


 ヴォルフは何もしなかった。ただ、膝の上の剣に手を置いた。


 「誰にも切らせません」


 低い声。鉄のような声。


 「この剣にかけて。お嬢様の首には、誰一人、指一本触れさせません」


 誓い。騎士の誓い。形式ではない。命を賭けた誓い。セレスティアの目から涙が落ちた。


 堪えようとしたが、堪えられなかった。五歳の身体は、感情の制御が効かない。泣いた。声を殺して。拳を握って。


 ヴォルフは動かなかった。慰めもしなかった。背中をさすりもしなかった。ただそこにいた。騎士として。壁として。盾として。


 泣き止むまで、ヴォルフはそこにいた。


 ◇


 翌朝、セレスティアが目を覚ました時、ヴォルフは部屋の外に立っていた。いつもの位置に。いつもの姿勢で。昨夜のことは、なかったかのように。


 「おはよう、ヴォルフ」


 「おはようございます、お嬢様」


 いつもの声。いつもの目。だがセレスティアには分かった。ヴォルフの立ち方が、昨日と違う。


 剣の位置が、ほんの少し前に出ている。いつでも抜けるように。


 五歳の少女の告白が、騎士の覚悟を一段階引き上げた。セレスティアは小さく笑った。


 「きょうもよろしくね、ヴォルフ」


 「はい。お嬢様」


 寡黙な騎士は、それだけを答えた。それだけで十分だった。


(この人は……必要がなくなるまで、ここを離れない。そしてその日が来たら、静かに場所を空けるのだろう。ヴォルフは、そういう人だ)


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― 新着の感想 ―
AI生成を隠していないのが好印象なので読み進めてますが、矛盾というか、以前にすでに通過済のイベントをさも新イベントですって顔で提示されると些か萎えてしまうところがあります。大きい箇所だけで3つはあげら…
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