表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/126

ヴィオレッタとの邂逅

 その少女は、嵐のように現れた。


 王宮教育プログラムの三週目。新しい生徒が加わるという告知があった。遅れて参加する貴族の子女。名前は――


 ヴィオレッタ・フォン・モンテヴェルデ。


 名前を聞いた瞬間、セレスティアの世界が揺れた。


 教室の扉が開いた。


 六歳の少女が入ってきた。


 燃えるような赤毛。金色の目。小柄だが、全身から気の強さが溢れている。顎を上げ、胸を張り、怖いものなどないという顔で教室を見渡した。


 「モンテヴェルデ侯爵家のヴィオレッタです。よろしくお願いします」


 声が大きい。堂々としている。だがどこかに棘がある。周囲を警戒しているのだ。新しい環境に飛び込む子供が、先制攻撃のように自己主張する。


 セレスティアの手が震えた。


 この顔。この声。


 前世の法廷。証言台に立つ十六歳の女。赤い髪。金色の目。鋭い声。


 「セレスティア・フォン・アルヴェインは国家の敵です。彼女の聖魔力は制御不能であり、王国にとっての脅威です。彼女が王太子殿下を誑かし、国政を混乱させたことは明白です」


 あの証言がセレスティアの処刑を決定づけた。ヴィオレッタの証言は詳細で具体的で、陪審を完全に説得した。


 セレスティアは有罪になった。国家反逆罪。処刑。断頭台。


 あの声が。あの顔が。今、六歳の姿で目の前にいる。


 呼吸が乱れた。三秒吸う。三秒止める。三秒吐く。三秒止める。


 落ち着け。あれは前世の話だ。この子はまだ六歳だ。まだ何もしていない。まだ何も知らない。


 だが感情は理屈では制御できない。PTSDのフラッシュバックは論理を超えて襲ってくる。


 ヴィオレッタの金色の目がセレスティアを捉えた。


 「あなた、アルヴェイン家の? うちのお父様と仲が悪いのよね」


 直球。遠慮がない。この子は最初から喧嘩腰だ。


 「なかがわるいの? しらなかった」


 セレスティアは五歳児の無知を装った。


 「知らないの? あなた、自分の家のこと知らないわけ?」


 ヴィオレッタの声にはっきりとした軽蔑があった。六歳の少女がこの態度。家庭で何を教えられてきたか想像がつく。


 「モンテヴェルデ家は代々王室に仕えてきた名門よ。辺境のアルヴェイン家とは格が違うの」


 高慢。だが子供の高慢さには悪意がない。まだ借り物の言葉で話しているだけだ。


 セレスティアは複雑な感情に襲われた。


 憎しみがある。前世の記憶が叫んでいる。この女が自分を殺したのだと。この証言がなければ処刑は免れたかもしれないと。


 だが同時に、目の前にいるのは六歳の少女だ。高慢で、気が強くて、だが本質的には子供だ。親の偏見を刷り込まれ、それを正義だと信じている子供。


 前世のヴィオレッタも、最初からセレスティアの敵だったわけではない。長い年月の中で対立が深まり、宰相派に組み込まれ、最終的にあの証言に至った。


 なら、今の時点で関係を変えることは可能か。


 「ヴィオレッタさま、すごいね。おうちのこと、よくしってるんだね」


 褒めた。意識的に。


 ヴィオレッタが少し面食らった顔をした。喧嘩を売ったのに褒められるとは思っていなかったのだろう。


 「と、当然よ。侯爵家の令嬢ですもの」


 強がり。だが声の角が少し取れた。


 「わたしはセレスティア。よろしくね、ヴィオレッタさま」


 手を差し伸べた。


 前世で自分を告発した人間に、手を差し出す。それがどれほど困難なことか。手が震えている。だが差し出す。


 ヴィオレッタはセレスティアの手を見つめた。金色の目が揺れた。


 この子も戸惑っている。敵対している家の娘に手を差し出されることの意味を、六歳なりに感じ取っている。


 前世のヴィオレッタを思い出す。証言台に立った十六歳。あの時の目に迷いはなかった。

 だが今、六歳の少女の目は揺れている。


 「……よろしく」


 手を取った。短く。すぐに離した。だが触れた。それだけで十分だった。


 ◇


 昼休み。


 ヴィオレッタはイザベラの傍にいた。宰相派の令嬢同士、自然と引き合うのだろう。イザベラがヴィオレッタに何かを囁き、ヴィオレッタが頷いている。


 セレスティアはフリーデリケと中庭にいた。コンラートも一緒だった。最近はこの三人で昼を過ごすことが多い。


 「ヴィオレッタさま、きつい方ですね……」


 フリーデリケが小声で言った。


 「辺境を馬鹿にする奴は嫌いだ」


 コンラートが腕を組んだ。コンラートも辺境伯の子だ。ヴィオレッタの発言は彼にとっても不愉快だったろう。


 「でもね、ヴィオレッタさまはわるいこじゃないとおもう」


 セレスティアの言葉に、二人が驚いた顔をした。


 「悪い子じゃない? あんなこと言ったのに?」


 コンラートが眉を寄せた。


 「おやにいわれたことをそのままいってるだけだよ。じぶんでかんがえてるわけじゃない。だからわるいこじゃなくて、まだしらないだけ」


 フリーデリケが不思議そうにセレスティアを見た。


 「セレスティアちゃんは、優しいね。私だったら、あんなこと言われたら泣いちゃう」


 「わたしもないたことあるよ。たくさん」


 前世で。何度も。


 「でもね、なくだけじゃかわらないの。だからてをのばす。てをのばせば、とどくかもしれない」


 コンラートが黙って考え込んだ。七歳の少年なりに、セレスティアの言葉の重みを感じ取っているようだった。


 「お前、変わった奴だな。でも……嫌いじゃない」


 「ありがとう、コンラートさま」


 「さま付けはやめてくれ。コンラートでいい」


 「じゃあ、コンラート」


 コンラートの耳が赤くなった。フリーデリケの時と同じだ。この年頃の男の子は名前を呼ばれると照れる。


 ◇


 午後の授業中、ヴィオレッタが隣の席に座った。


 偶然ではない。席替えがあったのだ。アンネリーゼ教師が座席を変更し、ヴィオレッタとセレスティアが隣同士になった。


 意図的な配置か。それともただの偶然か。


 ヴィオレッタは隣に座ったセレスティアを一度だけ横目で見て、すぐに前を向いた。話しかける気はないようだ。


 礼法の授業が進む。食事のマナー。フォークの持ち方、ナプキンの使い方、会話の作法。


 セレスティアは完璧にこなした。前世で叩き込まれた礼法。身体が覚えている。


 ヴィオレッタも上手だった。侯爵家の教育は行き届いている。


 だがヴィオレッタの手が一瞬止まった。デザートフォークの角度。僅かなためらい。


 「こうだよ」


 セレスティアが小声で教えた。フォークの持ち方を実演して見せる。


 ヴィオレッタの金色の目が動いた。驚き。そして警戒。


 「……教えてくれるの? 敵なのに?」


 「てき? わたしたち、てきなの?」


 「うちのお父様がそう言ってるもの」


 「でもわたしたちはおとうさまじゃないよ。わたしはわたし。ヴィオレッタさまはヴィオレッタさま」


 ヴィオレッタが黙った。


 金色の目が揺れている。六歳の少女の中で、親から教えられた価値観と、目の前の現実が衝突している。


 「……ありがとう。フォークの持ち方」


 小さな声。聞こえるか聞こえないかの声。


 だがセレスティアの耳には届いた。


 「どういたしまして」


 それ以上の会話はなかった。だが壁に小さな罅が入った。ほんの僅かな罅。だが罅はいつか道になる。


 ◇


 夜、ベッドの中で、セレスティアは天井を見つめていた。


 ヴィオレッタの顔が浮かぶ。六歳の赤毛の少女。金色の目。気が強くて、高慢で、だがフォークの持ち方を教えられた時に見せた、僅かな戸惑い。


 前世の記憶が重なる。十六歳のヴィオレッタ。法廷。証言台。鋭い声。


 「セレスティア・フォン・アルヴェインは国家の敵です」


 あの言葉は、ヴィオレッタ自身の意志だったのか。それとも宰相に操られていたのか。


 分からない。前世の記憶は不完全だ。断片的で、感情に歪められている。


 だが一つだけ確かなことがある。


 前世のヴィオレッタとセレスティアの関係は、最初から敵対だった。出会った時から壁があり、壁はやがて城壁になり、城壁はやがて刃になった。


 今世では違う関係を作れるか。


 正直に言えば、自信はない。ヴィオレッタの顔を見ると、PTSDが疼く。あの証言の声が耳に蘇る。首が痛くなる。


 だが逃げない。


 逃げたら前世と同じだ。恐怖に支配され、関係を築けず、最後に敵になる。


 手を差し出す。届くかどうかは分からない。拒まれるかもしれない。裏切られるかもしれない。


 それでも差し出す。


 なぜなら、差し出さなかった結果を、セレスティアは知っているから。


 断頭台。処刑。死。


 あの結末を、もう一度迎えるわけにはいかない。


 セレスティアは目を閉じた。


 胸のブローチに手を当てる。銀の鷲。碧い石。白い聖石。


 ヴィオレッタ・フォン・モンテヴェルデ。


 前世の敵。今世の――


 まだ分からない。


 だが少なくとも、フォークの持ち方を教えた。


 小さい。けれど、確かに進んだ。


 セレスティアは暗闇の中で微かに笑った。


 今夜の悪夢は、少しだけ軽いかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ