四番目の嘘
「手伝う」と言った。
自分でも驚いた。声に出した後で、なんで言ったんだ、と思った。
◇
俺は十四歳になっていた。
宰相の意図が、はっきり見えるようになっていた。宰相は王家の主導権を弱め、宰相府の権限を強化しようとしている。少しずつ。気づかれないようにゆっくり。十年単位で動いている計画だ。
カスパルが宰相の目であることも、もう知っていた。知った上で、使える情報だけを与えていた。これを教えてくれたのは父王だった。「お前は騙されていたわけではない。試されていたんだ」と言った。
父王は宰相と表向き協調しながら、水面下で対抗策を考えていた。だが父王も限界があった。そこにセレスティアが動いていた。
証拠を集めているという話を、別のルートから聞いた。宰相の不正を証明する証拠を。何年もかけて。一人で。いや、一人ではない。傍にナターシャがいる。弁護人を確保した。証人を集めた。
三歳の頃から始めていた、と後で知った。
◇
接触してきたのは、あちらからだった。
王宮の東回廊。人があまり通らない時間帯に、セレスティアが近づいてきた。
「殿下、少しよろしいですか」
「どうぞ」
「一つだけ聞いてもいいですか。宰相について、殿下はどのようにお考えですか」
直球だった。俺は少しの間、令嬢を見た。
「率直に聞くんだな」
「回りくどい聞き方では時間がかかりますので」
俺は少し考えた。この子が何を知っているか。どこまで話していいか。
「宰相の意図は理解している。支持していない」
「そうですか」セレスティアは少しの間、何かを計算するような目をしたあと、続けた。「では、もう一つだけ聞かせてください。もしわたしが動くとしたら、殿下は邪魔をしますか」
「しない」と答えた。
「助けてくれますか」
「何をする気だ」
「証拠が揃いました。宰相の不正を。法廷で立証できます。殿下のお力を一部お借りできれば、より確実になります」
◇
少しの間、俺は黙っていた。
この子が何年かけてそれを準備したのかを計算した。証拠を集める。証人を集める。弁護人を確保する。それを十代の少女が、公爵家の後ろ盾はあるとはいえ、主として動いてやった。
どうしてそこまでするのか、という疑問が頭をよぎった。だがそれより先に、別のことを言っていた。
「手伝う」
声に出してから、なんで言ったんだと思った。
「……どうしてですか」と、セレスティアが少し目を丸くして聞いた。「正義のためですか」
「正義のため」と俺は答えた。
それが四番目の嘘だった。
◇
正義のためではなかった。
宰相を排除することは、俺の政治的な利益にもなる。だから動く理由はある。利益計算として正しい。だがその時、俺が最初に思ったのはそういうことではなかった。
廊下で会った夜の顔が頭にあった。隈のある顔。ずっと消えなかった顔。一人で動き続けてきた顔。
「手伝う」と言ったのは、利益計算の前だった。
声が出てから、後で理由を探した。それが「正義のため」だった。
◇
頼まれたことが、一つだけあった。
「アレクシス。カスパルに会ってほしい」
四年前に「アレクシスでいい」と言って以来、二人の時はそう呼ばれている。だがこの時の呼び方は、いつもと違った。頼み事をする時の声だった。この子が人に頼み事をするのを、俺はほとんど聞いたことがない。
「カスパルに」
「拘束されています。証言に応じるかどうか、まだ決まっていない。……十年、あなたの傍にいた人です。わたしが行っても何も動きません。あなたが行けば、動くかもしれない」
「なぜ俺なら動く」
セレスティアが一拍置いた。
「わたしはあの人を、六年間使わなかったので」
意味が分からなかった。聞き返さなかった。あれは、聞き返してはいけない言い方だった。
「分かった。会いに行く」
◇
その夜、考えた。
セレスティアは「行けない」と言ったのではない。「行っても何も動かない」と言った。
あの子が自分の手の届かないところを口にしたのを、俺は初めて聞いた。
いつも三手先を読んで、最善手を選ぶ。盤の上のことなら全部見えている子だ。その子が、盤の外にある手を俺に渡した。なぜか、少し胸の近くが変な感じがした。
◇
その後は作業が続いた。
証拠の確認。証人の保護に必要な人手の手配。法廷外での根回し。宰相派の動きを読んで先手を打つ。
俺はこういう仕事が得意だ。情報を整理して、最善手を選ぶ。長く宰相の動きを見てきたから、逆手に取る方法も分かる。セレスティアと並んで作業していると、話が早かった。
俺が「ここが弱い」と言うと、「それならこうすれば」とすぐに対案が出る。「この証人が危ない」と言うと、「既に別のルートで保護しています」と返ってくる。
三手先くらいを読んでいる。
「ずっと考えてたんだな」と俺は言った。
「ずっと、ではありません。けれど、かなり前からです」と返ってきた。
「子供の頃からか」
「はい」
「それが普通のことだと思ってるのか」
「普通かどうかは分かりません。必要だったので」
◇
夜、一人で考えた。
「正義のため」という嘘が、ここで機能しなくなっていた。
俺が動いているのは正義のためだけではない。それは分かっていた。だが正義のためでないとしたら、何のためか。答えが出るところまで来た。出た。あの目のせいだ。ずっと頭から消えなかったあの目のせいだ。
廊下で会った夜、隈があっても笑って「おやすみなさい」と言った目のせいだ。
「気になってない」という嘘の積み重ねが、ここで崩れかけていた。
崩れかけながら、まだ認めなかった。もう少し先でいい。今は作業に集中する。認めるのは、終わってからでいい。




