↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第2章 五歳の令嬢、王都の盤面へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/383

社交界の幼女

 貴族の子女が集まる茶会は、王宮の離宮で開かれた。


 白い壁には金の装飾が施され、天井にはフレスコ画が描かれている。窓からは王宮の庭園が見え、薔薇と百合が咲き誇る中で噴水が陽光を受けて虹を作っていた。


 華やかだ。だがセレスティアの目には、華やかさの裏にある棘が見えていた。


 貴族の茶会は社交の場であると同時に、情報戦の戦場だ。誰が誰と話し、誰が誰を避け、誰が誰に微笑むか――その一つひとつが政治的な意味を持つ。


 五歳の子供たちにはまだそれが分からない。無邪気に菓子を食べ、庭を駆け回り、人形遊びに興じている。


 だがセレスティアには分かる。この子供たちの背後に、親たちの思惑がある。


 「セレスティア、緊張しないで。お友達を作りましょうね」


 リリアーナが娘の手を握った。母は茶会の付き添いだ。本来なら侍女に任せてもいいが、リリアーナは自ら同行した。回復した身体で、久しぶりの社交場。かつての「黄金の百合」が王都に帰還する。


 リリアーナの姿を見た貴婦人たちがざわめいた。


 「あら、アルヴェイン公爵夫人……お元気になられたのね」


 「噂では体調が悪いと聞いていたけれど」


 「お美しいわ。お変わりなく」


 社交辞令の裏に探りの目が光る。リリアーナの「回復」は注目を集める。長年の病弱がなぜ急に治ったのか。貴族たちは理由を知りたがっている。


 リリアーナは穏やかに微笑み、挨拶を返した。さすがは元王都の令嬢。社交の作法は身体に染みついている。


 セレスティアは母の隣で、子供たちの輪を観察していた。


 二十人ほどの子女が集まっている。年齢は四歳から七歳までで、大半は伯爵家や侯爵家の子供たちだった。名門の子弟ばかりだ。


 その中に、一際目立つ少女がいた。


 黒髪に紫の瞳を持つ少女は、六歳にしては背が高く、姿勢も完璧に整っていた。周囲の子供たちの中心に座り、まるで女王のように場を支配している。他の子供たちが菓子を取る順番まで、その少女の目配せで決まっていた。


 イザベラ・ド・ガルニエ。


 宰相の娘だ。


 セレスティアの背筋に冷たいものが走った。


 前世でも知っていた名前だ。イザベラは宰相の道具として育てられた少女。社交界を裏から操り、セレスティアの孤立に一役買った人物。直接的な敵対はなかったが、常にセレスティアの対角線上にいた。


 イザベラの目がセレスティアを捉えた。


 紫の瞳が碧い瞳と交差する。


 「あなたがアルヴェイン公爵家のお嬢様?」


 イザベラが立ち上がり、セレスティアに近づいてきた。歩き方が美しい。だが止まる直前、小さな靴の踵がわずかにぶれ、すぐ教わった位置へ戻した。宰相の英才教育を、六歳の身体で懸命になぞっているのだ。


 「はい。セレスティア・フォン・アルヴェインです」


 セレスティアは礼をした。作法は前世の記憶に刻まれている。だが五歳の身体では、膝の沈め方も指先の角度もまだ甘い。五歳児の礼としては上出来だが、六歳になるまで同じ動きを反復させられてきたイザベラの型には及ばない。


 イザベラがセレスティアを上から見下ろした。一歳の年齢差と、数センチの身長差が、この場面では圧倒的な優位になる。


 「噂通り、変わった目をしているのね。銀色の髪も珍しいわ。まるで冬の妖精みたい」


 褒めながら「変わっている」とも伝える言葉だ。本人が考えたというより、父や教師から教えられた褒め方を、そのまま正確に使っているように聞こえた。


 「ありがとうございます。イザベラさまもとてもおきれいですね」


 セレスティアは無難に返した。五歳児の範囲を逸脱しない、素直な褒め言葉。


 イザベラの唇が微かに曲がった。笑みだ。だが目が笑っていない。


 「お父様が言っていたわ。アルヴェイン家は面白い宝物をお持ちだって」


 胸の奥がざわついた。


 宝物。面白い宝物。


 聖魔力を探っている。宰相は正体までは知らない。ディートリヒが報告した「令嬢の異常な覚醒」。具体的な情報はなくても、公爵家の令嬢に「何か」があることは把握している。


 そしてそれを六歳の娘に伝えている。いや、娘を使って探りを入れている。


 宰相め。自分の娘を道具にする男。


 だがセレスティアは顔に出さなかった。五歳の無垢な笑顔を作る。


 「たからもの? おうちにはぬいぐるみがたくさんあるの。くまさんとうさぎさんと、おはなのかたちのやつと」


 ぬいぐるみの話をする五歳児。完璧な擬態。


 イザベラの目が一瞬だけ揺らいだ。予想と違う反応だったのだろう。もう少し賢い反応を期待していたか。あるいは動揺を期待していたか。


 「そう。ぬいぐるみ。可愛いわね」


 イザベラの声から探りの鋭さが消えた。ぬいぐるみという答えに困ったのか、視線が一度、付き添いの大人を探すように揺れる。父から渡された問いに、次の言葉までは用意されていなかったのかもしれない。


 「ね、いっしょにおかしたべない?」


 セレスティアは天真爛漫に笑った。


 イザベラは一瞬驚いたような顔をした。敵の娘から友好的に誘われることを予想していなかったのだろう。


 「……ええ、いいわよ」


 二人は菓子のテーブルに向かった。小さな焼き菓子と果物のタルトが並んでいる。セレスティアはイザベラにタルトを渡した。


 「これおいしいよ。いちごのやつ」


 「ありがとう」


 イザベラがタルトを受け取った。紫の瞳がセレスティアを観察している。計算というより、どの答えが正しいのかを探している目だった。六歳の少女が、父に教えられた正解を外さないために。


 「ね」イザベラが小さな声で言った。タルトを見つめたまま、セレスティアの方を向かない。


 「あなたは、お父様の言う通りにするの?」


 「え?」


 「別に。何でもないわ」


 イザベラはタルトをひと口食べ、窓の外へ目を向けた。それきり、その話は終わった。

 その問いが何を意味するのか、セレスティアには分からなかった。


 だがセレスティアも計算していた。


 イザベラを敵にしてはならない。少なくとも、今は。宰相の娘と公然と対立すれば、宰相に攻撃の口実を与える。


 だからこそ友好的に振る舞う。五歳の無邪気な少女として。


 敵を知り、敵に近づき、敵の懐に入る。それが前世で学べなかった教訓だ。


 ◇


 茶会の後半、別の子供たちとも話をした。


 フリーデリケ・フォン・ブリュンヒルデ。男爵家の令嬢で、セレスティアと同じ五歳だ。大人しく引っ込み思案だが、観察力がある。セレスティアがイザベラと話している間も、フリーデリケはずっと遠くから二人を見ていた。


 「あのね、わたしセレスティア。あなたのおなまえは?」


 セレスティアから話しかけると、フリーデリケは顔を赤くした。


 「フリーデリケ・フォン・ブリュンヒルデです。よろしく、おねがいします」


 声が小さい。だが目は真っ直ぐだ。


 前世の記憶を探る。フリーデリケ・フォン・ブリュンヒルデ。その名に覚えはなかった。前世の学園の名簿にも、茶会の顔ぶれにも、この子はいない。前世にいなかった子が、ここにいる。今日の茶会でも、イザベラの輪に呼ばれれば寄っていくが、自分から誰かを笑いはしなかった。


 善良な子だ。だが周囲の圧力に弱い。イザベラの支配下に入りかけている。


 本来なら、公爵家の娘が男爵家の娘に先に名を尋ねることはない。順序が逆だ。前世で嫌というほど叩き込まれた作法だから、身体の方が先に分かっている。


 だから踏み外す。意識的に。


 格上が下手に出れば、相手は身構える理由を失う。そして大人の目には、ただの礼儀正しい五歳児にしか映らない。作法を破っているのではなく、作法を知らない歳なのだと思われる。


 三歳の頃からそうしてきた。この身体は、そういう風に使える。


 「フリーデリケちゃん、いっしょにおにわみにいかない?」


 「い、いいの?」


 「もちろん! おはなきれいだよ」


 フリーデリケの顔が明るくなった。手を繋いで庭に出る。


 薔薇園を歩きながら、セレスティアはフリーデリケと話をした。好きな花のこと。好きな本のこと。家族のこと。


 「おとうさまはおしごとでいそがしくて、あんまりおうちにいないの」


 フリーデリケの声が寂しそうだった。


 「わたしもそうだったよ。でもね、さいきんおとうさまがやさしくなったの」


 「うらやましい……」


 小さな声。この子もまた、貴族の家の子供特有の孤独を抱えている。


 セレスティアはフリーデリケの手を握った。五歳の手と五歳の手。


 この子は味方になりうる。いや、味方にしたい。計算ではなく、純粋にそう思った。この寂しそうな目をした少女を、孤独のまま放っておきたくない。


 「フリーデリケちゃん、おともだちになろう」


 「おともだち?」


 「うん。わたしとフリーデリケちゃん。おともだち」


 フリーデリケの目に涙が浮かんだ。大きな目から、透明な雫がこぼれた。


 「……うん。おともだち」


 手を握り返された。強く。


 前世ではいなかった友人。今世で初めてできた、同年代の友。


 ◇


 茶会の終わり際、セレスティアは別の視線に気づいた。


 テラスの奥。大人たちの区画。そこに一人の男が立っていた。


 長身で灰色の髪をした、鋭い目つきの男だ。年齢は五十代後半だろうか。黒い衣装は神官服にも見えるが、装飾は世俗的だった。


 男の目がセレスティアを見ていた。セレスティアには、ただの好奇心ではなく、魔力の奥まで探るような視線に感じられた。学者の目とも違う。もっと深い、もっと古い知識を持つ者の目に思えた。


 「オスヴァルト閣下、お帰りですか」


 近くの文官が男に声をかけた。王宮魔術師長オスヴァルト。その名なら知っている。


 前世で名前だけは知っていた。セレスティアが学園に入る頃には既に引退していたが、「王国最高の魔術師」と呼ばれた人物。公的に聖魔力を研究している数少ない学者の一人でもある。


 オスヴァルトの目がセレスティアの碧い目と交差した。


 一瞬。だがその一瞬で、全てが見透かされた気がした。


 オスヴァルトは何も言わなかった。視線を外し、テラスの奥に消えた。


 その近くには、別の男もいた。二十代の終わりか、三十前後だろうか。柔和な顔立ちで、口元は微笑んでいるのに、目だけが笑っていない。宰相府の紋章が入った外套を着ている。だが宰相本人ではない。子供たちの輪を、値踏みするように眺めていた。

 前世の記憶の端に、その顔がある。名前が出てこない。宰相府の書記官の一人だろう。廊下ですれ違った程度の顔だ。


 セレスティアの手が震えた。


 あの男は、何かに気づいたのかもしれない。聖魔力を一目で見抜いたのか、それとも別の情報を探っていたのか。


 何を目的に動き、誰に報告する人間なのか。


 前世の記憶だけでは、この視線の意味は判断できない。オスヴァルトとも、あの宰相府の男とも、前世では接触がなかった。


 新しい変数だ。前世にはなかった要素。


 セレスティアは鼻から息を取り込み、四つ数えた。吐く息を長く保ち、胸の奥に生まれた焦りをゆっくり押し下げていく。


 落ち着け。一つずつ。


 リリアーナが迎えに来た。


 「セレスティア、お友達できた?」


 「うん! フリーデリケちゃんっていうの。とってもやさしいこ」


 リリアーナは嬉しそうに微笑んだ。娘に初めての友達ができた。母にとってはそれだけで十分な成果だ。


 だがセレスティアにとっては、これは戦いの始まりだった。


 馬車に乗り、別邸に戻る道すがら、セレスティアは窓の外を見つめていた。


 王都の空が夕焼けに染まっている。


 明日は何が起きるだろう。王太子との顔合わせは近い。王妃への拝謁も。


 一歩ずつ。一手ずつ。


 手を、一つずつ並べていく。


 この王都で、前世とは違う未来を紡ぐために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>セレスティアは礼をした。五歳児の礼としては上出来だが、イザベラの完璧さには及ばない。 ここら辺も前世アドバンテージ無しか、単純に六歳児に負けてる可能性も > 「あのね、わたしフリーデリケ。あなたの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。