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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
外伝③「侍女の十九年」

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証人になれなかった日

 「自由にしてやる」と言われた。


 宰相府の人間が言った言葉だ。


 わたしは少しの間、その言葉を考えた。自由。自由とは何か。行き場がある人間にとっての自由と、行き場のない人間にとっての自由は違う。


 「お断りします」と答えた。


 ◇


 わたしは十七歳になっていた。


 お嬢様は八歳で学園にいた。わたしは学園の外から支援する役目だった。連絡の中継。証拠書類の保管。暗号を使ったやり取りの管理。お嬢様が準備を進める裏で、わたしが裏方として動いていた。


 宰相府の人間が接触してきたのは、ある夜のことだった。


 一人だった。正式な訪問ではなかった。路地で声をかけてきた。


 「アルヴェイン家のナターシャか」


 「はい」


 「少し話を聞いてくれ。悪い話ではない」


 ◇


 男の話はこうだった。


 お嬢様が何かを企んでいることは、宰相府も気づいている。何年もかけて証拠を集めている。いずれ法廷に持ち込もうとしている。


 わたしはそれを手伝っている。


 だが、わたしは侍女だ。平民だ。アルヴェイン家の令嬢ではない。もしわたしがお嬢様のやっていることを話してくれれば、その報酬として「自由」を保証する。家と仕事と安定した生活を用意する。


 「お嬢様を裏切れ、ということですか」


 「裏切る、という言い方は好きじゃないな。ただ正直に話してくれるだけでいい」


 「それが裏切りです」


 男は少し表情を変えた。「よく考えた方がいいぞ。令嬢が失敗したとき、お前は巻き込まれる。家もない、仕事もない侍女が残るだけだ。我々のところに来れば、そうはならない」


 ◇


 わたしは考えた。


 家がない。それは本当だ。公爵家以外に行き場はない。


 仕事もない。平民の侍女がいきなり別の職を得るのは難しい。


 もしお嬢様が失敗したら、わたしはどうなるか。考えたことがないわけではなかった。


 怖くなかったか、と言えば嘘になる。怖かった。


 だが怖いのと、答えが変わるのは別のことだ。


 「お断りします」と言った。


 「理由を聞かせてくれるか」


 「お嬢様のそばにいる方が、わたしには必要ですから」


 「必要? お前がお嬢様に必要なのか、お嬢様がお前に必要なのか」


 「両方です」


 ◇


 男は少しの間わたしを見た。それから「分かった」と言って行った。


 路地に一人残った。


 膝が少し震えていた。声が震えていなかったのは、自分でも驚いた。声は出た。「お断りします」が出た。


 怖かった。脅しではあった。曖昧な脅しだったが、それでも怖かった。


 でも答えは最初から決まっていた。


 ◇


 なぜ断れたのか、その夜考えた。


 自由がいらないわけではない。安定した生活は欲しい。行き場がないことへの不安は常にある。


 でも、宰相府の言う「自由」とお嬢様のそばにいることを天秤にかけた時、迷わなかった。


 あの日の水路を思い出した。


 飛び込む前の一瞬、怖かった。だが身体が先に動いた。


 今回も同じだった。「お断りします」が怖さより先に出た。


 怖さが消えたわけではない。でも、答えが先に出た。それだけのことだ。


 ◇


 お嬢様には話した。


 「宰相府の者が接触してきました」と事実を伝えた。「断りました」と結果を伝えた。


 お嬢様がしばらく黙った。


 「危なかったですか」


 「少し怖かったです」


 「断る必要はなかった。従う振りをして情報を持ってくることもできたはずです」


 「それはできませんでした」


 「なぜですか」


 「わたしはお嬢様を欺く振りをするのが苦手です」


 お嬢様がまた少し黙った。それから「そうですか」と言った。


 「怖かったのに、ありがとう」


 「いつも通りです。怖かっただけです」


 ◇


 裁判が近づいた頃、お嬢様が「ナターシャ、証言台に立てますか」と聞いた。


 「立てますが、証人としては何が言えるかが難しいです」


 「書類の保管と管理をしていた。それだけで十分です」


 「それだけでよければ立ちます」


 「ありがとうございます」


 でも結果的に、わたしが証言台に立つ場面はあまりなかった。証拠の方が雄弁だったから。書類が、暗号が、記録が、全て語った。


 わたしの仕事は、それを守ること、届けることだった。


 証言台に立つことではなかった。


 ◇


 裁判が終わった夜、お嬢様がわたしに聞いた。


 「ナターシャはこれから何がしたいですか」


 「そばにいます」とわたしは答えた。


 「わたしは王妃になります。そばにいるのは大変ですよ」


 「分かっています」


 「怖くないですか」


 「怖くないわけではありません」とわたしは言った。「でも、怖いのと答えが変わるのは別のことです」


 お嬢様が少し笑った。


 「水路に飛び込んだ時から、変わっていませんね」


 「いつも通りです」




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