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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
外伝③「侍女の十九年」

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「変な子供」ナターシャ視点

 セレスティア様の世話役の補助になったのは、ナターシャが十二歳の時だった。


 「子供の棟を手伝いなさい」


 家政婦長から言われた。


 「わたしがですか」


 「本来は年上の者がするが、マルガレーテが忙しい。あなたは仕事が丁寧だから補助に入りなさい。子供が怖くなければ」


 「怖くはないです」


 嘘だった。


 あの目が怖かった。



 子供の棟に初めて入った。


 明るい部屋だった。窓が大きかった。床に玩具が置いてあった。木の馬。積み木。布の人形。


 セレスティア様がいた。


 三歳くらいだった。床に座っていた。積み木を積んでいた。


 ナターシャが入ってくると、顔を上げた。


 あの目だった。


 ナターシャを見た。止まった。また積み木を積んだ。



 「ナターシャです。お手伝いに来ました」


 言ってみた。


 三歳の子に自己紹介してどうするんだ、と思いながら。


 セレスティア様が顔を上げた。


 「なた、しゃ」


 と言った。


 「はい」


 「なた、しゃ」


 「そうです」


 積み木を一つ、こちらに差し出した。


 「どうぞ」


 「…どうぞ、です」


 受け取った。


 そのまま積み木を一つ、上に乗せた。


 セレスティア様が少し考えた顔をした。


 また積み木を一つ、取った。そっと上に乗せた。崩れなかった。



 一時間、一緒に積み木を積んだ。


 話しかけると返事が来た。完全な言葉ではなかった。でも返してくる。


 ナターシャが「こっちに積もう」と言うと、首を横に振った。「あっち」と言った。


 指差した方向に積んだ。


 なぜあっちに積みたかったのか、分からなかった。


 でも積み終えると、なぜかバランスが良かった。



 マルガレーテが来た。


 三十代の女性だった。ベテランの乳母だった。


 「助かります。セレスティア様は最近、よく動くから」


 「どんな子ですか」


 マルガレーテが少し考えた。


 「……変わった子です」


 「変わっている、とは」


 「普通の子と違う。三歳なのに、人の顔をすごく見る。何かを考えているような顔をする。もちろん三歳だから分からないですよ、何を考えているかは。でも」


 「でも」


 「目が、大人みたいな時がある」


 ナターシャは頷いた。


 「……分かります」



 セレスティア様は、同じ年頃の子供より言葉が多かった。


 増え方が、少し変だった。


 普通の子供が使わないような言葉を使うことがあった。


 ある日、廊下で転んで泣いていた。膝を打った。ナターシャが飛んでいった。


 「大丈夫ですか」


 セレスティア様が泣きながら言った。


 「いたい、けど、おおじょうぶ」


 「痛いんですよ、大丈夫じゃないです」


 「なた、しゃが、いると、おおじょうぶ」


 三歳の子がそういうことを言う。


 ナターシャは少し止まった。



 不思議な出来事があった。


 屋敷に来客があった日だった。


 客人は何人かいた。仕事の話らしかった。公爵が帰ってきていた。


 セレスティア様を連れて廊下を歩いていた。別の棟の廊下から、大人たちの声が聞こえた。


 「話し合いが、うまくいっていないみたいだね」


 小声で言った。独り言のつもりだった。


 セレスティア様が立ち止まった。


 「だれが、うまくいってないの」


 「あ、いや、気にしなくていいです」


 「おとうさまの、おはなし?」


 「分からないです。わたしには関係ないから」


 セレスティア様がまた歩き始めた。


 その後少しして、また止まった。


 「ひとのこえを、きく」


 「え?」


 「ひとのこえで、わかることがある。なた、しゃは、きけるひと」


 三歳が何を言っているのか分からなかった。



 マルガレーテに話した。


 「セレスティア様が変なことを言っていました」


 「どんなことですか」


 「人の声で分かることがある、とか、聞ける人、とか」


 マルガレーテが少し止まった。


 「……何度かあります。そういうことが」


 「普通ですか」


 「普通じゃないです。でも——どうすることもできないです。子供のことはよく分からないから。賢い子もいますから」


 「賢い、というより」


 「そうですね。賢いというより、……何か、知っているみたいな感じがする」


 「わたしも同じ感じがします」



 セレスティア様が三歳になった。


 ますます言葉が増えた。言葉が増えると、変さも増えた。


 ある夜、眠らせようとしていた時だった。


 「ねむれない」


 「眠れないですか、何か怖いことがありましたか」


 「こわくはない。かんがえてることが、おおくて」


 「考えていることが多くて眠れない」


 「うん」


 三歳が、考えすぎて眠れない。


 「大人みたいですね」


 「そう?」


 「そうです。眠れない時は、考えるのを少し休んでみてください」


 「どうやって」


 「わたしに話しかけてください。全部話せば、少し軽くなる」


 セレスティア様がナターシャを見た。


 「なた、しゃに、はなしていい?」


 「もちろんです」


 「ひみつでも?」


 ナターシャは少し止まった。


 三歳の子供の秘密。


 「秘密でも、聞きます」



 その夜から、少しずつ変わっていった。


 セレスティア様が話しかけてくることが増えた。


 内容はいつも不思議だった。三歳が話す内容ではなかった。


 でもナターシャは聞いた。


 何を考えているのか、完全には分からなかった。でも、何かを考えている、ということは分かった。


 その「何かを考えている」が、少しずつ怖くなくなっていった。


 代わりに、何かが生まれていた。


 名前のつかない何かが。



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