表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
外伝③「侍女の十九年」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

319/326

「女中の子」ナターシャ視点

 アルヴェイン公爵家に来たのは、十二歳の時だった。


 父を亡くした翌朝、まだ暗いうちに家を出た。二時間歩いた。王都の北側、大きな屋敷の前に着いた。


 「ここに行け」


 亡くなる前、父がそう言った。


 鉄の門があった。石の塀が続いていた。中から犬の声がした。


 「働くんだぞ。言われたことをきちんとやれ。余計なことは言うな」


 「うん」


 「食事と寝る場所は出してもらえる。真面目に働け」


 その言葉を思い出しながら、ナターシャは門を叩いた。



 父は農夫だった。


 母は、ナターシャが五歳の時に熱で死んだ。


 父は怠け者ではなかった。仕事はあった。ただ、一人では子供を育てながら仕事もできなかった。


 ナターシャが七歳から、近所の家の手伝いをした。八歳からは料理を覚えた。十歳には一人で家事の大半ができた。


 それでも足りなかった。


 「奉公に出ろ。大きな家に行けば、食べさせてもらえる」


 父がそう言ったのは、ナターシャが十二歳になる少し前だった。


 嫌だとは言わなかった。言っても変わらないと思った。


 それより、父が申し訳なさそうな顔をしているのが、見ていられなかった。



 屋敷の中に通された。


 広かった。


 入口の廊下だけで、家より広かった。天井が高かった。窓に布がかかっていた。絨毯が敷いてあった。


 「こちらです」


 案内の女性がいた。四十代くらいだった。厳しい顔をしていた。


 「ヴェルナー家政婦長です。あなたに仕事を教えます。最初の三ヶ月は見習いです。役に立たなければ帰ってもらいます」


 「はい」


 「はっきり返事をしなさい」


 「はい」


 「声が小さい」


 「はい」


 家政婦長が少しため息をついた。



 最初の仕事は廊下の掃除だった。


 朝六時に起きた。下の階から上の階まで、全部の廊下を箒で掃いた。その後、雑巾がけをした。


 終わったら台所の手伝いをした。野菜を切った。鍋を洗った。水を運んだ。


 昼食を自分で食べる時間は十五分だった。


 午後も掃除をした。部屋の窓を拭いた。カーテンの埃を払った。


 夕方になると、夕食の準備の手伝いをした。


 夜、寝た。


 翌日、また同じことをした。



 屋敷には何人も使用人がいた。


 料理人が三人。庭師が二人。馬丁が一人。客室の管理をする人。帳簿をつける人。


 女中はナターシャを含めて五人いた。


 先輩の女中はナターシャより年上だった。全員が十五歳以上だった。


 「珍しいね、十二歳で来たの」


 ヨーナという十六歳の先輩が言った。


 「珍しいですか」


 「ここは普通十四か十五から取る。なんで十二歳で来たの」


 「……家の事情で」


 「そっか」


 それだけだった。


 ヨーナは親切だった。仕事のやり方を教えてくれた。家政婦長に叱られそうな時、助け舟を出してくれた。



 一ヶ月経って、ようやく屋敷の全体が見えてきた。


 アルヴェイン公爵家。貴族の大きな家だった。主の公爵は仕事が多い人で、屋敷にいないことも多かった。奥方が家を取り仕切っていた。


 子供が一人いる、と聞いた。


 三歳になるお嬢様だとも聞いた。


 「お嬢様は別の棟にいる。あなたはまだ近づかなくていい」


 家政婦長が言った。


 「分かりました」


 「子供の世話は別の人間がする。あなたは廊下と台所の仕事に集中しなさい」



 その子供を初めて見たのは、来てから三日後だった。


 廊下を掃除していた。奥の棟の廊下だった。


 乳母が歩いてきた。


 腕の中に小さな子供がいた。


 毛布に包まれていた。小さかった。目が開いていた。


 目が合った。


 目が、大きかった。


 子供の目は大きい。それは分かっていた。でも、その目は何か違った。 


 じっと見ていた。


 小さなお嬢様が、ナターシャを見ていた。


 乳母が通り過ぎた。



 その日の夜、ヨーナに聞いた。


 「お嬢様の目って変じゃないですか」


 ヨーナが少し驚いた顔をした。


 「変?」


 「じっと見てくる感じがして。三歳なのに」


 「ああ、セレスティア様ね。確かに」


 「怖いですか」


 「怖くはない。ただ——落ち着かない感じはある。見られると」


 「わたしも」


 「でもかわいいじゃない、あの子」


 「かわいいですよ、でも」


 「慣れるよ。そのうち」



 慣れなかった。


 あの目を思い出した。


 見ていた、というより、確認していた、という感じだった。ナターシャが何者かを確認するような目だった。


 三歳の子供がそんな目をするはずがない、とは分かっていた。


 でも、そう感じた。



 その夜、眠る前に思い出した。


 父の顔を思い出した。


 門の前で「余計なことは言うな」と言った顔。申し訳なさそうな顔。


 手紙は書けなかった。文字が書けなかった。


 父から手紙が来ることもなかった。もう、この世にいなかったから。


 月に一度、給金の一部を取っておいた。それが、父に見せられない便りの代わりだった。



 三ヶ月が経った。


 ナターシャは十二歳のままだった。


 仕事を覚えた。家政婦長に怒られることが減った。廊下の掃除が速くなった。台所の仕事も任されるようになった。


 屋敷に慣れた。


 セレスティア様は三歳だった。


 あの目は、変わらなかった。


 慣れなかった。


 でも、なぜか目が離せなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ