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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
エステル——三百年前の春

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裁判

 翌朝早く、衛兵が来た。


「裁判の時間だ」


 まだ夜が明けたばかりだった。格子窓の向こうの空が、ようやく白みかけている程度だった。


 こんなに早いのか、とエステルは思った。


 一晩中、眠れなかった。眠れるはずがなかった。石の床で膝を抱えたまま、蝋燭が燃え尽きるのを見ていた。暗くなってからは、格子窓の向こうの空を見ていた。星が出ていた。雲が流れた。また星が見えた。


 力がなかった。腕も足も、いつもの半分しか動かない気がした。


 立ち上がった。



 連れていかれた部屋は、小さかった。


 謁見の間ではない。もっと小さい、会議のための部屋のような場所。窓もない。燭台が四つ。中央に長い机。一方に裁判官が三人。もう一方に、椅子が一つ。


 エステルが椅子に座らされた。


 弁護人はいなかった。


 裁判官の一人が文書を読み上げた。罪状。「王宮付属礼拝堂の半壊。衆人の前での意図的な魔力暴走。反乱の疑い」


 意図的、という言葉がエステルの胸に刺さった。


「意図的ではありません」


 言った。声に力を入れようとしたが、一晩の疲れで声が掠れていた。


「証言する前に証人を呼ぶ」と裁判官が言った。



 証人が三人来た。


 一人目は宮廷の侍従だった。礼拝堂の外で見ていたという。「突然、礼拝堂の中が光り始めた。エステルが腕を広げて、声を上げていた」と言った。


 二人目は礼拝堂の中にいた患者の一人だった。「エステルが突然、目の色が変わったように見えた。意図的に魔力を放ったように見えた」と言った。


 三人目は、別の侍従だった。「逃げ惑う人の間で、エステルが笑っていた気がする」と言った。


 最後の証言は嘘だった。エステルは笑っていない。叫んでいた。止まれと叫んでいた。


「異議があります」


 エステルが言った。


「笑っていません。止めようとして叫んでいました。聞こえていた人がいれば分かるはずです」


「その証人を呼べますか」


「……ヘレナが聞こえたかもしれません。王宮の侍女です」


「ヘレナという者は?」と裁判官が部屋の端に立つ書記に確認した。


 書記が文書を確認した。「礼拝堂の外にいたと記録されています。入口には近かったかと」


「呼べますか」


 裁判官が少し間を置いた。「本裁判は速やかな結審が必要とされています。追加証人の召喚は時間を要する。却下します」



 エステルは続けた。


「暴走には外部からの干渉があったと思います。力が逆流するような感覚がありました。壁から何かが共鳴していた感じがありました」


「共鳴? 具体的に説明できますか」


「上手く言えません。でも——いつもとは全く違う感覚でした。自分の力が自分の意志に従わなかった。それは確かです」


「魔力の暴走は制御できなかった、ということですね。制御できない力を、人前で使った」


「違います。制御しようとしました。できなかっただけで——」


「できなかった、というのは同じことです」


 言葉が詰まった。


 論理が先に動いて、エステルの言葉を塗り潰した。


 もう一度、言おうとした。


「壁の中に何かが仕込まれていたかもしれません。礼拝堂の工事が三日前にありました。補強工事と聞いていましたが——」


「礼拝堂の工事は正規の手続きに従って行われたものです。関係ありません」


 裁判官は文書を見た。もうエステルの方を見ていなかった。


「他に何かありますか」


 エステルは考えた。


 言えることを全部言ったかもしれない。証拠はない。証人も呼ばれない。壁の中の石は、もう崩れた礼拝堂の中にある。


 自分に有利な材料が、何一つない。


「……ありません」



 評議は短かった。


 裁判官三人が少し言葉を交わした。五分もかからなかった。


「有罪。即日執行」


 部屋が静かだった。


 エステルは椅子の上で、自分の手を見た。


 手が震えていた。


 声が出なかった。何か言おうとしたが、言葉の順番が分からなくなった。


 衛兵が立ち上がるよう促した。


 裁判官が書類を読んでいた。もう視線が向いていない。


 廊下に出た。廊下を歩いた。足が地面についているのか分からなかった。



 途中、角の向こうにヘレナが立っていた。


 面会を求めて待っていたのだろう。衛兵に止められていた。疲れた顔をしていた。目が赤かった。一晩中待っていたのかもしれない。


「エステル!」


 ヘレナの声が廊下に響いた。


「待って、話を聞いてください、この子は何もしていない、証言させてください——」


「面会は許可されていない。下がれ」


「エステル!」


 振り返った。ヘレナの顔が見えた。泣いていた。


 エステルは首を横に振った。


 来ないで、という意味ではなかった。


 ありがとう、の意味だった。


 大丈夫、の意味だった。


 ヘレナには伝わったかもしれないし、伝わらなかったかもしれない。


 角を曲がったら、見えなくなった。



 房に戻された。


 翌朝、執行される。


 蝋燭がまた一本。前の夜と同じ部屋。同じ石の壁。同じ格子窓。


 エステルは床に座って、天井を見上げた。


 死ぬということが、今になってようやく実感として来た。明日の朝、ここから連れ出されて、処刑される。処刑台を見たことはないが、広場にあると聞いていた。


 怖いか。


 怖い、と思った。


 でも一番怖いのはそれではなかった。


 もっと怖いのは——誰にも伝わらないことだった。


 なぜ暴走したか。外から何かが干渉していたこと。自分は止めようとしていたこと。


 それが全部「反乱を起こした聖女」という言葉に塗り潰されて、三百年残る。


 誰かが調べてくれるかもしれない。でも、調べる理由がない。調べた結果が出ても、もう遅い。


 エステルは目を閉じた。


 蝋燭の光が瞼の向こうで揺れていた。


 ヘスペル村の秋を思った。林檎の匂い。川の水。マルクスが走り回る声。


 父の、固くなった手の感触。


 すぐ帰るよ、と言った。


 嘘をついた。信じていたのに、嘘になってしまった。




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