↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第11章 十八歳の朝と新しい世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

286/383

母への全告白

 婚礼の前夜。春先の夜は静かで、窓を閉めていても遠くの鐘が聞こえた。


 セレスティアは寝台の縁に腰掛けていた。明日、自分は王妃になる。


 けれど、その前に終わらせておかなければならないことがあった。扉が静かに叩かれた。


 「セレスティア。起きている?」


 「起きている。入って、お母様」


 リリアーナは細長い箱を抱えて入ってきた。窓辺の卓に置き、蓋を開く。


 中には、白いハンカチが入っていた。紫の小花が縫い取られ、そのうち一輪だけ、花びらの形がわずかに違っている。


 「あの時の」


 「ようやく完成したの。明日に間に合ったわ」


 母はハンカチを取り出さず、箱ごと娘の前へ置いた。


 「でも、これを渡す前に聞きたいことがあるの。あの春の話には、続きがあるのでしょう?」


 セレスティアの胸が強く鳴った。母は知っていたのではない。見抜いたのでもない。ただ、途中で言葉を止めた娘を覚えていて、続きを待ってくれていた。


 「うん。ある」


 「今夜、話せる?」


 「話したい。明日になる前に」


 二人は向かい合って座った。どこから話せばよいのか、十五年間考えても答えは出なかった。だからセレスティアは、飾らず、最初の一言を置いた。


 「お母様。あれは夢じゃないの。わたしには、前の人生の記憶がある」


 リリアーナは動かなかった。


 「前の人生のわたしも、この国のセレスティアだった。一度、十八歳まで生きた。そして、王太子暗殺未遂の罪を着せられて処刑された」


 母の指が、膝の上で固く組まれた。


 「前世のお母様は、わたしが七歳の時に亡くなった。病気だと思われていたけれど、本当は毒だった。王都から届く薬材の規格と検査証明を偽装され、屋敷の中にも手を貸す者がいた」


 「それで、三歳のあなたは薬を……」


 「今度こそ守ろうとした。前は何もできなかったから」


 リリアーナは口元を手で覆った。セレスティアは目を逸らさなかった。母の驚きも、痛みも、自分が負わせたものとして受け止めたかった。


 「前世では、お母様の手を握ることしかできなかった。日に日に痩せていくのを見ていたのに、毒だと気づけなかった。だから記憶が戻った朝、最初に思ったの。間に合わせなければ、って」


 長い沈黙が落ちた。


 「……あの頃のことを、覚えているわ」


 リリアーナの声は震えていた。


 「三歳のあなたが、毎日わたしの薬を見に来た。匂いを嗅いで、薬材の名を尋ねて、医師の返事まで聞こうとした。幼い子の気まぐれではないとわかっていたけれど、理由まではわからなかった」


 「怖くなかった?」


 「少しは。でも、それ以上に、あなたのほうが怖がっているように見えた」


 リリアーナは椅子を寄せ、娘の手を取った。


 「わたしが死ぬことを知っていたのね。たった三歳で」


 「知っていた。絶対に繰り返したくなかった」


 「そう」


 母はそれ以上、すぐには言えなかった。目を伏せ、何度か息を整えてから、セレスティアの手を自分の頬へ当てた。


 「温かいわ」


 「お母様?」


 「前のわたしが最後に握ってもらった手も、きっと同じだったのでしょうね」


 堪えていたものがほどけた。セレスティアの目から涙が落ちた。母はそれを拭わず、ただ両腕を広げた。セレスティアは子供の頃のように、その胸へ身を預けた。


 「ずっと黙っていて、ごめんなさい」


 「謝らなくていい。あの春にも言ったでしょう。知りたいことと、無理に聞き出してよいことは別だと」


 「三歳の子供の振りをした。何も知らない振りもした」


 「振りだけではなかったはずよ。笑った時も、泣いた時も、甘えた時も、あなたはわたしの娘だった」


 その言葉に、セレスティアは声を抑えられなかった。


 母の前で泣くのは、悲しいからだけではない。ようやく、前世の母の死を知る者が自分以外にもできた。その重さを、二人で持てることがうれしかった。


 やがて呼吸が落ち着くと、リリアーナが尋ねた。


 「前のわたしは、幸せだった?」


 セレスティアは目を閉じた。病床の母ではなく、それより前の姿を探した。庭で本を読み、父の帰宅を待ち、子供たちの騒がしさに笑っていた人。


 「うん。毒を盛られる前は、お父様と、わたしたちと一緒に笑っていた。幸せだったと思う」


 「なら、前のわたしも、今のわたしと同じことを願うわ」


 「同じこと?」


 「あなたに生きてほしい。明日の先も、そのまた先も」


 セレスティアは頷いた。リリアーナは箱からハンカチを取り出し、娘の手に載せた。


 「揃っていない花が一輪あるでしょう」


 「覚えてる。失敗したけれど、ほどかなかった花」


 「ええ。今は、この一輪がいちばん好きよ」


 セレスティアは紫の糸を指先でなぞった。明日の衣装は白い。その内側に、このハンカチを忍ばせようと思った。誰からも見えなくてもいい。母と自分だけが知っていればいい。


 「お母様。明日、これを持っていく」


 「そうして」


 リリアーナは微笑み、それから婚礼を迎える娘の髪を、ゆっくりと整えた。今度は、別れのためではない。朝になれば、二人で同じ扉を開けるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。