18歳の朝
十八歳の朝、セレスティアは鐘が鳴る前に目を覚ました。
天蓋の隙間から、薄い朝の光が差し込んでいる。寝返りを打つと敷布がかすかに鳴り、窓辺では春風に押されたカーテンが膨らんだ。
前世では迎えられなかった、その翌朝だった。
胸に手を当てる。心臓は規則正しく動き、吸い込んだ空気が肺を満たした。指を開き、足を床へ下ろす。絨毯の毛足が裸足の裏に触れる、ごく当たり前の感覚が嬉しかった。
「おはよう十八歳のわたし」
声は震えなかった。言葉にした途端、身体の内側に遅れて実感が広がった。
◇
鏡の前に立つと、寝癖のついた銀髪と、まだ少し腫れぼったい碧い目が映った。王妃になる娘にも、誕生日の朝には寝癖がつく。そのことがおかしくて、鏡の中の自分に微笑んだ。
「おはよう。今日も生きているよ」
◇
扉を開けると、紫の花束と細長い箱が置かれていた。フリーデリケの手紙が添えてある。
『おたんじょうびおめでとうございます、セレスティアさま。十八歳ですね。
今年は、丘の一番高い場所で育った花を摘みました。
ハート型のパンも送ります。今回は完璧に焼けました。歪んでいません。
でも次からはまた歪ませます。完璧は一回だけ。特別な日だけ。フリーデリケより。
追伸。婚礼の前日、待っています。約束です。』
箱を開けると、ハート型のパンが入っていた。本当に左右対称の完璧な形で、ふっくらと膨らみ、きれいな焼き色がついている。
「フリーデリケ。完璧に焼けたんだね」
一口かじると、くるみと蜂蜜の甘さが広がった。いつもの味なのに、今日だけは特別に心へ沁みた。
最初にもらったパンは左右が歪み、包み紙には油染みがついていた。今では焼き色まで均一だ。それでも、胡桃を少し大きめに砕く癖は変わっていない。ひと口で、長い年月が舌の上に戻ってきた。
◇
今度は扉がノックされた。
「お嬢様。おはようございます」
ナターシャの声に扉を開けると、蜂蜜入りの紅茶を持った彼女が立っていた。
今日は紅茶のほかに、白い花を束ねた小さな花束も持っていた。
「ナターシャ。これは」
「わたくしから。お誕生日のプレゼントです」
「プレゼント。ナターシャがくれるの」
「はい。十五年間で初めてです。侍女がお嬢様にプレゼントを渡すのは、不適切かもしれませんが」
「不適切なんかじゃない。ありがとう」
小さな白い花束を受け取った。細い茎の先に、星のような花がいくつも咲いている。
「何の花?」
「わたくしの故郷に咲く花です。名前はありません。田舎の畦道に咲く、ただの白い花。でも、わたくしが公爵家に来る日、母が摘んでくれた花です」
「お母さんが」
「はい。『これを持っていきなさい。寂しくなったら嗅ぎなさい』と。十五年前の花は枯れましたが、種を育てて。毎年咲きます」
十五年前にもらった花の種を、ナターシャは公爵邸の庭の片隅で育て続けていた。差し出された茎には朝露が一粒残っている。セレスティアは壊さないよう、両手で受け取った。
「ナターシャ」
「お嬢様。お誕生日おめでとうございます。十八歳」
「ありがとう。ありがとう、ナターシャ」
ナターシャは窓辺の花瓶を洗い、紫のラベンダーと白い野の花を一緒に活けた。
「同じ花瓶でいいの?」
「花は家柄も席次も気にしませんから」
「あなたがそう言うと、少し意外」
「十五年もお仕えすれば、影響も受けます」
紫と白は、思ったよりよく馴染んだ。違う土地で育った花が、同じ水を吸って並んでいる。
「午後は王宮で最終確認でしたね」
「うん。予定が詰まってる」
「一刻だけ空けてあります」
「何のため?」
「十八歳になったご自分を、急がず実感していただくためです」
セレスティアは笑った。
「では、その一刻は朝食に使う。十八歳最初の予定が空欄では、お父様が心配するもの」
「最良のご予定かと」
「よい使い方です。ですが、その前に紅茶をどうぞ」
セレスティアがカップを持つと、廊下の向こうから食器の触れ合う音がした。母が朝食を急がせ、父が新聞を畳み、兄たちがどちらから祝いを言うか揉めているらしい。
いつもと同じ家の音を聞きながら、温かな紅茶をゆっくり飲んだ。




