閑話 扉の外で アレクシス視点
中央広場の処刑台が撤去された朝、アレクシスの机には二通の報告が届いた。
一通目は、解体作業が事故なく終わったという知らせ。もう一通は、王妃となるセレスティアの警護計画だった。
後者には、十四年間ほとんど変わっていない名がある。主任護衛、ヴォルフ。夜間警護、ヴォルフ。
外出時の先行確認、ヴォルフ。緊急時の退路確保、ヴォルフ。
アレクシスはその紙を持って、セレスティアの執務室へ向かった。扉の前には、書面どおりの男が立っていた。
「ヴォルフ」
「陛下」
「セレスティアは」
「来客を断り、お一人で過ごしておられます」
処刑台がなくなったと聞いた直後なら、そうしたいだろう。アレクシスは扉を叩かなかった。
代わりに、持ってきた警護計画をヴォルフへ差し出した。
「書き直せ」
ヴォルフは紙を受け取り、上から下まで読んだ。
「不備がございましたか」
「お前が多すぎる」
「わたくしの任務です」
「一人の人間を、四つの場所へ同時には置けない」
「必要な順に動きます」
即答だった。だが、その答えこそが問題だった。
アレクシスは廊下の窓へ目を向けた。秋の光の中で、衛兵が二人一組になって中庭を巡回している。王宮の門も、書庫も、宝物庫も、誰か一人の勘と体力には預けていない。
「お前が倒れたら、誰が次を引き継ぐ」
「倒れません」
「答えになっていない」
ヴォルフの緑の目が、わずかに細くなった。
「お嬢様の癖を知る者が必要です。人混みで右手を握る時は不安を隠しておられる。春先に眠りが浅くなる。知らない足音が背後で止まると、呼吸が変わる。交代の者には分かりません」
「なら教えろ」
「記録に残すことではありません」
「記録にできないなら、そばで覚えさせればいい。お前の目で選び、お前の下で育てろ」
「わたくしが立てる間は、必要ありません」
初めて、ヴォルフの声に固いものが混じった。忠誠というより、手放すことへの恐れに聞こえた。アレクシスは一歩も退かなかった。
「必要かどうかを決めるのは、お前だけではない。王妃の安全は国の責任になる。そして、セレスティアはお前が眠らないことで守られたいとは思っていない」
扉の向こうで、椅子が動く音がした。会話は聞こえている。それでも扉は開かなかった。
ヴォルフも気づいたはずだが、振り返らない。
「陛下は、わたくしに退けとおっしゃるのですか」
「違う。残せと言っている」
アレクシスは警護計画の空白を指した。
「お前が十五年かけて知ったことを、お前がいなくなれば消える形にするな。扉の前に立つ者を、三人育てろ。昼夜を交代し、互いの見落としを確かめる。お前は全体を見ろ」
「わたくしがいなくなる前提ですか」
「誰でも、いつかは現場を離れる。俺も、お前もだ」
王である自分も例外にはしなかった。永遠に同じ者が守る国は、強いのではない。次の者へ渡せないほど脆いのだ。
長い沈黙の後、ヴォルフは紙を折らずに返した。
「候補者の選定は、わたくしに一任していただきます」
「認める」
「最終試験も」
「ただし合否の理由は書面に残せ」
「……承知しました」
完全な同意ではない。それでよかった。従わせるのではなく、同じ危険を別の角度から見ている者同士で決めたかった。そこで扉が開いた。
セレスティアは少し赤い目で二人を見比べた。
「わたしの扉の前で、わたしの警護を決めていたの?」
「聞いていたのか」
「聞こえたの。ヴォルフを三人に増やす話」
「増えません」
ヴォルフが真顔で訂正した。セレスティアの口元が、ほんの少し緩んだ。泣いた後に笑えるなら、話を続けても大丈夫だとアレクシスは判断した。
「お前にも署名してもらう」
計画書を渡すと、セレスティアはすぐには受け取らなかった。
「ヴォルフが扉の前にいない夜が、来るの?」
「来ます」
答えたのはヴォルフだった。
「ですが、誰もいない夜にはいたしません」
セレスティアは彼を見つめ、それから紙を受け取った。
「候補の人たちに、わたしからも会わせて。守られる側にも、知る責任があるから」
「承知しました」
三人で警護計画を直した。主任護衛の欄からヴォルフの名が消えたわけではない。その下に、三つの空欄が加わった。
十四年続いた扉の外の景色が、少しだけ変わる。
それは忠誠を薄める変化ではない。守り続けるために、次の手へ渡せる形にする変化だった。




