閑話 断頭台を作った男
俺の名はクルト。王都の処刑執行人だ。いや、昨日までそうだった。
◇
親父も処刑人だった。爺さんもそうだ。三代続いた家業だった。
誰も俺に近づかなかった。酒場で隣に座れば席を立たれ、市場では釣り銭を台の上へ置かれた。直接この手に触れたくないのだ。
嫁をもらおうとしたこともある。三度断られ、四度目は申し込む前に諦めた。
それでも、法が処刑を定める限り、誰かがやらなければならない。俺が七歳の時、親父は斧の握り方を教えた。
「刃は研いでおけ。鈍い刃は苦しみを長引かせる。せめて一撃で終わらせる。それが俺たちにできる情けだ」
人を殺す仕事に、情けなどあるのか。そう聞けないまま、三十年が過ぎた。
◇
処刑の日は、夜が明ける前に広場へ行く。台の板を調べ、緩んだ釘を打ち直す。首を置く窪みにささくれがあれば削り、斧の柄にひびがないか確かめる。
爺さんの代から同じ台だと言われていたが、板も金具も何度も取り替えた。俺が直した部分ばかりになった頃、酒場の連中は陰で俺を「断頭台を作った男」と呼ぶようになった。
台の上では考えない。考えれば手が止まる。手が止まれば狙いがずれる。狙いがずれれば、親父の言った情けさえ失う。
だから、罪状も名前も頭に残さないようにした。それでも、忘れきれないものはある。
何度も結婚指輪へ口づけた男。処刑台へ上がる直前まで、母親に謝り続けた若者。誰にも聞こえないほどの声で、子供の名を呼んだ女。
顔はもう思い出せない。だが夜になると、声だけが聞こえることがある。
誰が本当に罪を犯したのか、裁判が正しかったのか。俺には確かめる手段がなかった。判決文に印があれば、斧を振る。それが仕事だった。
もし間違っていたとしても、翌朝になれば取り返しはつかない。
そのことだけは、考えないようにしても消えなかった。
◇
昨日、貴族院で死刑制度の廃止が決まった。酒場の隣の卓で、誰かが大声で読み上げた。
「死刑を廃止し、終身幽閉を最高刑とする。重大犯は王国直轄の区画へ収容する」
反対の声も上がった。
「人殺しを税金で養うのか」
「脱獄したらどうする」
別の客が、議場で同じ問いが出たらしいと話した。牢を直し、警備を増やし、間違いがあれば裁判をやり直す。その責任を国が負うのだという。俺には、政治の正しさはわからない。
ただ一つわかる。判決が間違っていた時、斧では直せない。牢の扉なら、まだ開けられる。
◇
今朝、いつもの時刻に目が覚めた。体は勝手に砥石のある物置へ向かい、斧へ手を伸ばした。そこでようやく、研がなくてよいことを思い出した。安心した、とはすぐに思えなかった。
三代続いた仕事がなくなった。五十を過ぎた男が、明日から何をして食べていくのかもわからない。台の修繕ならできる。釘も打てる。木材の歪みも見分けられる。だが、処刑人だった俺を雇う大工がいるだろうか。怖かった。
それでも、斧を研ぐ手が止まらなかった朝よりは、この怖さのほうがいい。
俺は刃へ油を塗り、布で包んだ。捨てることはできなかった。親父と爺さんが使い、自分も三十年握った道具だ。けれど、壁には戻さなかった。
物置のいちばん奥にある木箱へ入れ、蓋を閉めた。
外へ出ると、朝の市場が開き始めていた。材木屋の前に、荷下ろしを待つ板が積まれている。俺はしばらくそれを眺めた。
人を載せる台ではないものを、同じ手で作れるだろうか。まだ、わからない。
わからないから、まずは材木屋の主人に、仕事がないか聞いてみることにした。




