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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第10章 十六歳、国の仕組みを書き換える

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宰相の最期

 夏の朝、東塔の医師から報告が届いた。幽閉中のヴィクトール・ド・ガルニエは、数日も持たないという。ナターシャが書面を読み上げた後、尋ねた。


 「お嬢様。面会を申請なさいますか」


 セレスティアはすぐに答えられなかった。二年前、東塔の最上階でヴィクトールと向き合った。なぜ自分を殺そうとしたのか。なぜ娘まで道具として扱ったのか。尋ねるべきことは尋ね、許せないと告げた。


 ヴィクトールは最後まで、自分の行いを秩序のために必要だったと言い切った。あれが、二人の決着だった。


 死が近いからといって、もう一度会えば別の答えがもらえるわけではない。弱った相手から穏やかな言葉を引き出しても、それは彼が傷つけた人々への償いにはならない。


 そして自分も、死の間際の人間を許せないまま帰る罪悪感から、救われたいだけなのかもしれなかった。


 「行かない」


 セレスティアは報告書を閉じた。


 「話すべきことは、もう話した。あの人も、答えるべきことには答えたから」


 ナターシャは理由を尋ねず、書面を受け取った。


 「承知しました」


 「ただし、医師には最善を尽くすよう伝えて。刑に、治療を怠ることは含まれていない」


 「はい」


 その夜、ヴィクトールは死んだ。看守の記録には、呼吸が止まった時刻と、立ち会った医師の名が残された。遺言も、誰かを呼ぶ言葉もなかったという。


 最後に何を思ったのかは、本人以外にはわからない。それでよいのだと、セレスティアは思った。


 人の死は、その人生を都合のよい物語に整えてはくれない。


 ◇


 翌朝、セレスティアはイザベラの執務室を訪ねた。


 書面で知らせることもできた。侍従に伝えさせることもできた。けれど、それだけはしたくなかった。


 イザベラは机に向かい、地方行政官の任用記録を読んでいた。セレスティアの顔を見ると、紙を伏せた。


 「父が死んだのね」


 それは問いではなかった。


 「昨夜、東塔で」


 「そう」


 イザベラの表情は変わらない。机の端に置いた指だけが、白くなるほど木を押していた。


 「最期には立ち会わなかった。わたしは、二年前の面会で話を終えていたから」


 「説明しなくていいわ。あなたが父に何をしても、何をしなくても、わたしが決めることではないもの」


 「お墓は、王都の共同墓地になる。爵位を失っているから、ガルニエ家の墓所には入れない」


 「わかった」


 「行きたければ、手配する」


 イザベラは少し考えてから、首を横に振った。


 「今は行かない。行って、何を思えばいいのかわからないから」


 「思うことを、決めてから行かなくてもいいんじゃない?」


 「そうかもしれない。でも、今日は無理」


 「うん」


 それ以上、慰めの言葉は重ねなかった。父を告発した娘に、悲しむ資格があるなどと言うのも、悲しまなくてよいと言うのも違う。セレスティアは扉へ向かった。


 「今夜は、一人にして」


 背後から、イザベラの声がした。


 「わかった。明日の予定は空けておく」


 「空けなくていいわ。明日は来る」


 「来られたら来て。来られなければ、それでもいい」


 返事はなかった。扉を閉める直前、紙をめくる音がした。仕事を再開したのか、ただ手を動かしていたかったのかは、わからなかった。


 ◇


 翌朝、イザベラは始業の鐘より早く執務室へ来た。


 目元は赤かったが、髪も服も普段通り整っている。机の上には、昨日伏せたままだった任用記録が置かれていた。


 「おはよう、セレスティア。昨日の続きから始めるわ」


 「今日は休んでもいいんだよ」


 「休みたい時は自分で言う。今は、ここにいたいの」


 セレスティアは向かいの席に座った。しばらく、二人は黙って書類を読んだ。羽根ペンが紙を擦る音だけが続いた。


 やがてイザベラが、記録から目を離さずに言った。


 「父は、悪い人間だった」


 「うん」


 「たくさんの人を傷つけた。わたしも、そのために父を告発した。あの判断を後悔していない」


 「うん」


 イザベラはそこで初めて顔を上げた。


 「でも、わたしの父だった」


 声は震えていなかった。その代わり、言い終えた後の呼吸がわずかに乱れた。


 「それも、否定しなくていい」


 「……そうね」


 イザベラは任用記録を開き直した。父を許したわけではない。父に教え込まれたものを、すべて捨てられるわけでもない。


 残された制度の中から、人を道具として扱う仕組みを一つずつ見つけ、変えていく。それがイザベラの選んだ弔い方なのだろう。


 「この任用規則、家柄を評価する項目がまだ残っているわ」


 「削ろう。能力と実績で見直す」


 「ええ。父が遺した国を、そのままにはしない」


 二人は同じ箇所へ印をつけた。窓の外では、夏の光が王都の屋根を照らしていた。


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