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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第10章 十六歳、国の仕組みを書き換える

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17歳の春

 目が覚めると、窓からオレンジ色の朝日が差し込んでいた。春の朝らしい、温かな光だった。


 フリーデリケから届いた枕元の花束が、部屋をラベンダーの香りで満たしている。


 体を起こした。伸びをした。悪夢は見なかった。


 昨夜も。一昨日も。その前の夜も。もう何日も、悪夢を見ていない。


 「何年ぶりだろう。悪夢のない朝は」


 誰に聞かせるでもなく、その言葉を口にした。


 三歳から十六歳までの十三年間、毎晩のように見ていた悪夢がある。処刑台、鎖の音、斧の光、青い空、断頭台の刃、そして群衆の声。それが消えた。


 ◇


 鏡を見た。十七歳の顔。


 鏡には銀色の髪と碧い目が映っている。髪には、誕生日にアレクシスから贈られた銀のラベンダーの飾りをつけた。「いつもつけてほしい」と言われてから、毎日欠かしていない。


 「おはよう、十七歳のわたし」


 鏡の中の自分に微笑んだ。


 ◇


 扉をノックした。


 「お嬢様。おはようございます」


 ナターシャの声がした。


 「おはよう、ナターシャ。入って」


 扉が開き、ナターシャがトレイを持って入ってきた。蜂蜜入りの紅茶とパンケーキ、果物が載っている。


 「今日はお誕生日ですので、マルガレーテがパンケーキを焼きました」


 「なんで?」


 「十七歳の春だからだそうです。春はパンケーキの季節だと」


 「マルガレーテの季節感は独特だね」


 「はい。でも、おいしいです」


 蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキは、甘くて温かかった。


 紅茶も、いつもの味、いつもの温度、いつもの甘さだった。


 「おいしい」


 「いつも通りです」


 「ナターシャ。今日の予定は」


 「午前。アレクシス陛下との会議。婚礼の日程について」


 「婚礼」


 心臓がとくん、と鳴った。


 「午後。ヴィオレッタさまとの貴族院準備。夕方。フェリクスさまの地脈報告。夜は」


 「空いてる?」


 「空けてあります。石段の時間です」


 「ナターシャが決めたの?」


 「お嬢様の日程に石段の時間は必須です。健康管理の一環として」


 「健康管理」


 「心の健康です。石段に座る時間が足りないと、お嬢様の目が疲れます」


 「そんな記録があるの?」


 「十四年間の観察結果です」


 セレスティアは笑った。


 ◇


 午前中は、アレクシスとの会議。だが、「会議」という雰囲気ではなかった。コンラートが外で待っている。ナターシャも廊下にいる。でも部屋の中は二人だけだ。


 アレクシスの私室で、二人きりになった。テーブルには書類が広げてあるが、どちらも見ていなかった。


 「婚礼の日程。春がいいと思う」


 「春。なぜ」


 「春はわたしにとって、複雑な季節だから。だから、春に新しい意味を足したい」


 アレクシスが頷いた。


 「分かった。春にしよう。三月がいい」


 「三月。なぜ三月」


 「お前の誕生日の翌日だ。十八歳になったお前が、最初に新しい朝を迎える日になる」


 胸の奥で、固く結んでいたものがほどけた。


 「覚えてるの。あの時のことを」


 「忘れるわけがない。五歳の女の子が、王宮の大広間で震えながら、それでもまっすぐに礼をした。僕が手を差し出したら、泣きそうな顔で握り返してくれた」


 「そんな顔をしていた? わたし」


 「ああ。怖がっているのに逃げなかった。あの時からお前は強かった」


 「面白い」


 「ああ。世界で一番」


 セレスティアの頬が赤くなった。


 「陛下」


 「アレクシスでいいと」


 「アレクシス。婚礼の話なのに。なんで思い出話になるの」


 「思い出話も婚礼の一部だ。僕たちの始まりを、確認しておきたかった。どこから来たか、忘れたくないから」


 「始まり」


 「政略だった。でも、今は違う」


 アレクシスがセレスティアの手を取った。


 「セレスティア。僕はお前と結婚する。政治のためじゃない。お前と一緒に生きたいからだ」


 「わたしも」


 「わたしも。アレクシスと一緒に生きたい。この国を作りたい。子供を育てたい。おじいさんとおばあさんになるまで」


 「おじいさんとおばあさん。また言ったな」


 「言うよ。何度でも」


 アレクシスが笑った。


 「三月。春の婚礼。楽しみだ」


 「わたしも」


 二人は手を繋いだまま、しばらく黙っていた。書類は結局、半分しか進まなかった。


 ◇


 夕方、セレスティアは石段に座った。春風が花の匂いを運んでくる。石段は少し冷たかったが、日差しは温かかった。


 フリーデリケからの手紙を読み返していた。もう三度目だ。でも何度読んでも飽きない。


『セレスティアさま。ご婚礼が春に決まったと聞きました。おめでとうございます。


 わたし、絶対に行きます。何があっても。雪でも嵐でも。


 パンを焼いていきます。婚礼用の特別なパン。ハート型の完璧なやつ。


 あ、でもやっぱり少し歪ませます。完璧すぎるとわたしらしくないので。フリーデリケより。


 追伸。石段の席、まだありますか。婚礼の前日に一緒に座りたいです。最後の石段ランチ。王妃になったら、もう石段でパンは食べられないかもしれないから。』


 セレスティアの胸が締めつけられた。王妃になれば、石段でパンを食べる時間は減るかもしれない。それでも、あの場所まで手放すつもりはなかった。


 「なくならないよ、フリーデリケ」


 返事を書く代わりに、セレスティアは手紙を胸元へしまった。春の風が髪を揺らし、アレクシスがくれた銀のラベンダーが光る。


 石段を離れる前に、もう一度だけ振り返った。明日もここへ来られるように、婚礼のあともこの席を残せるように。そう決めてから、セレスティアは屋敷の明かりへ歩き出した。


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