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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第10章 十六歳、国の仕組みを書き換える

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セレスティアの手紙

 夜、部屋にはセレスティア一人だけが残った。ナターシャは下がり、ヴォルフは扉の外にいる。机の上には、白い便箋とインク壺、ペンを並べてあった。


 日記帳ではない。分析ノートでもない。手紙を書こうと思った。


 宛先のない手紙。届けられない手紙。前世の自分に。


 ◇


 ペンを取った。しばらく白い紙を見つめていた。


 何を書けばいい。十八歳で死んだ自分に。冤罪で。孤独で。誰も助けに来られなくて。


 あの自分に何を伝えればいい。インクにペンを浸した。書き始めた。


 ◇


 『十八歳のわたしへ。


 あなたは殺された。冤罪で。孤独の中で。青い空の下で。


 誰も助けに来られなかった。家族も。友人も。婚約者も。


 処刑台の上で、あなたは世界を恨んだ。恨んで当然だった。


 あなたは何も悪くなかった。ただ運命に翻弄されただけ。宰相の策略に嵌められただけ。力のない少女が、巨大な政治の歯車に挟まれて、潰されただけ。


 あなたの怒りは正しかった。あなたの恐怖は正しかった。あなたの悲しみは正しかった。


 わたしはあなたの全てを受け継いで、三歳に戻った。


 怒りを。恐怖を。悲しみを。そして、あなたが最後に思った「もう二度と」を。


 三歳のわたしは泣いた。最初の夜。ベッドの中で。


 何も分からなかった。なぜ三歳に戻ったのか。何をすればいいのか。この世界があの世界と同じなのか、違うのか。


 でも一つだけ分かった。もう二度と殺されない。殺させない。


 あなたの怒りがわたしを動かした。三歳からの十三年間。走り続けた。


 宰相と戦い、毒を防ぎ、暗殺を避け、仲間を集めた。婚約し、法律を変え、反乱を鎮め、地脈も救った。全部、あなたの怒りが原動力だった。


 あなたが死ななかったら、わたしは生まれなかった。あなたの死がわたしの始まりだった。


 それは残酷な事実。あなたの苦しみの上に、わたしの人生がある。


 ごめんなさい。あなたの痛みを、踏み台にして。でも、あなたの痛みは無駄ではなかった。


 わたしはあなたが失ったものを、全て取り戻した。


 家族。母は健在で、わたしを抱きしめてくれる。父は寡黙で、でも手紙をくれた。兄たちは不器用で、温かくて、いつも傍にいる。


 仲間。ナターシャは十三年間、紅茶を淹れ続けてくれた。ヴォルフは十三年間、扉の前を守り続けてくれた。フリーデリケはパンを焼いて、ラベンダーを送ってくれた。


 コンラートは剣で守ってくれた。アネリーゼは光で癒してくれた。ヴィオレッタは扇で戦ってくれた。リディアは言葉で平和を紡いでくれた。イザベラは父の側に立たされていたのに、今は自分の意志で隣にいる。


 フェリクスお兄様は、眼鏡を曇らせながら世界を解き明かしてくれた。


 そしてアレクシス。あなたが最後に恨んだ少年は、今世ではわたしの手を握って、「好きだ」と言ってくれた。


 あなたが恨んだ世界は、もう存在しない。わたしが書き換えたから。


 処刑はもうない。この国では。死刑制度の廃止を来年、法案にする。


 あなたが死んだ処刑台は、もう使われない。あなたの死は最後の処刑になる。


 十八歳のわたしへ。あなたはもう、怒らなくていい。恨まなくていい。


 あなたが守れなかったものはわたしが守った。


 あなたが変えられなかった世界はわたしが変えた。


 あなたの代わりにわたしが、生きている。ありがとう。あなたの怒りが、わたしを強くしてくれた。


 あなたの恐怖が、わたしを慎重にしてくれた。


 あなたの悲しみが、わたしを優しくしてくれた。もう大丈夫。


 安心して。眠って。あなたが死んだ世界は、もう存在しない。


 わたしが書き換えたから。三歳のわたしより。


 いいえ。十六歳の、セレスティアより。』


 ◇


 ペンを置いて初めて、便箋が涙で滲んでいることに気づいた。いつから泣いていたのだろう。手紙を一度、二度、三度と読み返し、丁寧に三つ折りにした。


 届ける宛先がないため、封筒には入れなかった。セレスティアは立ち上がり、暖炉の前へ歩いた。


 火が静かに燃えていた。春の夜。暖炉にはもう火は要らない時期だが、今夜だけナターシャが焚いてくれていた。


 手紙を暖炉にかざした。火が紙の端に触れた。


 燃え始めた。白い便箋がオレンジ色に染まっていく。文字が炎に溶けていく。


 「さようなら」


 吐息に紛れそうな声で、そっと呟いた。


 「ありがとう。もう、大丈夫」


 手紙が灰になった。白い灰。暖炉の中で崩れていく。


 ◇


 振り返った。窓の外に朝日が昇り始めていた。


 いつの間に夜が明けていた。手紙を書くのに一晩かかっていた。


 朝日。オレンジ色の光が、部屋を照らした。扉をノックする音がした。


 「お嬢様。朝です」


 ナターシャの声。


 「うん。起きてる」


 扉が開いた。ナターシャが入ってきた。紅茶のトレイを持って。


 ナターシャはセレスティアの泣いた跡と暖炉の灰、窓から差す朝日を見て、何も尋ねなかった。


 「おはようございます。お嬢様」


 「おはよう。ナターシャ」


 「紅茶をどうぞ。蜂蜜入りです」


 「ありがとう」


 紅茶を受け取って飲むと、今日もいつも通り温かく、甘かった。


 「おいしい」


 「いつも通りです」


 暖炉の灰を見た。もう何も残っていない。手紙は消えた。


 「ナターシャ」


 「はい」


 「今日はいい日になりそう」


 「毎日がいい日です。お嬢様が元気なら」


 セレスティアは笑った。


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