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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第10章 十六歳、国の仕組みを書き換える

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母への告白

 春の午後、公爵邸にある母の部屋では、リリアーナが窓辺の椅子に座って刺繍をしていた。


 白い布の端に、小さな紫の花が並んでいる。最後の一輪だけ、まだ輪郭しかなかった。


 セレスティアは扉を叩いた。


 「お母様。入ってもいい?」


 「もちろんよ」


 母の隣に腰を下ろすと、リリアーナは針を布へ刺したまま、娘の顔を見た。


 「大事な話があるのね」


 「まだ何も言っていないのに」


 「あなたは覚悟を決めると、背筋がいつもより少しだけ伸びるもの」


 昔から、母の目だけは誤魔化せない。


 セレスティアは膝の上で両手を組んだ。


 「わたし、怖い夢を見るの」


 リリアーナは驚かなかった。針を刺繍台へ戻し、聞くための姿勢になった。


 「前にも話してくれた、処刑される夢?」


 「うん。あの時は、それしか言えなかった。今日は、もう少しだけ話したい」


 「聞くわ」


 セレスティアは、窓の外へ目を向けた。春の空は青く、雲ひとつない。その色まで、夢の中の空と同じに見える日がある。


 「夢の中のわたしは、十八歳なの。王太子暗殺未遂の罪を着せられて、断頭台へ連れていかれる。何もしていないのに、誰にも信じてもらえない」


 言葉にするたび、首筋に冷たい板の感触が戻ってきた。


 「家族も、友達も、誰もそばにいない。空だけがきれいで……そのことが、いちばん怖い」


 リリアーナの手が、そっと重なった。続きを促すことも、止めることもせず、ただそこにあった。


 「その夢が、三歳の頃からずっと続いているの。毎年、春になるとひどくなる。だからわたしは、先に知ろうとした。失わないように、間に合うように」


 母を守ろうとしたこと。宰相の動きを追ったこと。処刑という制度そのものを変えようとしていること。


 そこまでは話せた。


 けれど、その夢を一度生きた記憶だとは、まだ言えなかった。


 「セレスティア。その夢は、ただの夢なの?」


 母の問いは静かだった。答えを奪うためではなく、娘がどこまで話せるかを確かめるような声だった。


 セレスティアは唇を開き、閉じた。


 「……わからない。今は、これ以上うまく言えないの」


 情けない答えだと思った。ここまで来ても、まだ本当のことを口にできない。


 けれどリリアーナは、落胆した顔をしなかった。


 「なら、今日はここまでにしましょう」


 「聞かないの?」


 「聞きたいわ。母親ですもの。でも、知りたいことと、無理に聞き出してよいことは別でしょう」


 リリアーナは刺繍台を膝へ戻した。


 「話せるところまで話してくれた。それで十分よ。続きがあるなら、あなたが言葉にできる日に聞かせて」


 針が白い布をくぐった。紫の糸が引かれ、最後の花びらが少しだけ歪んだ。


 「あら。失敗したわ」


 「ほどく?」


 「いいえ。このままにする。きれいに揃った花の中に、一つくらい形の違うものがあってもいいでしょう」


 母は何気なく言ったのだろう。


 それでもセレスティアには、その言葉が胸の奥まで届いた。


 「お母様」


 「なに?」


 「夢の中では、お母様もいなかったの」


 リリアーナの指が止まった。


 「だから、今ここにいるのが、時々信じられないくらいうれしい」


 母は何も問い返さず、セレスティアの手を握った。強くはない。逃げたければ逃げられるほどの力だった。


 けれど、セレスティアは手を引かなかった。


 「わたしはここにいるわ」


 「うん」


 「明日もいる。その次の日も。だから、急がなくていいの」


 セレスティアは頷いた。


 全部は言えなかった。それでも、秘密を覆っていた布の端を、初めて自分の手で持ち上げた。


 帰り際、リリアーナは刺繍の途中の布を見せた。


 「完成したら、あなたにあげるわ」


 「いつ完成する?」


 「あなたが続きを話す日までには」


 「それ、急かしている?」


 「まさか。わたくしは刺繍が遅いのよ」


 母が笑い、セレスティアも少し遅れて笑った。


 扉の外へ出ても、胸の震えは残っていた。けれど、それはもう断頭台の恐怖だけではなかった。


 いつか続きを話せるかもしれない。


 そう思える場所が、ここにあった。


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