コンラートの答え
春になり、桜に似た白い花が王宮の中庭に咲いていた。
昼。セレスティアは執務の合間の休憩に、石段へ座っていた。
かじっていたのは、フリーデリケが送ってくれた、りんごと蜂蜜とシナモンのパンだ。冬向けの味だが、春になっても十分おいしい。足音に顔を上げると、コンラートが来ていた。
「よう。一人か」
「一人。フリーデリケが来るはずだったんだけど。まだ領地から戻ってない」
「あいつはのんびりしてるからな」
「のんびりじゃないよ。雪解けの道が悪くて、馬車が遅れてるの」
「同じだろ」
「同じじゃないよ」
コンラートは、いつもの石段の、フリーデリケが座る席とは反対側に腰を下ろした。
「パン、食べる?」
「いいの? フリーデリケのパン」
「フリーデリケは怒らないよ。分け合うのが好きだから」
パンを半分に割って渡すと、コンラートがかじった。
「……うまいな」
「でしょう」
「甘すぎるが。うまい」
春風の通る石段で、二人はパンを食べた。言葉はなかったが、居心地のよい沈黙だった。
「セレスティア」
「ん」
「話がある」
声がいつもと違った。低く、真剣だった。セレスティアはパンを膝に置いた。
「何?」
コンラートは、中庭に咲く白い花を見ていた。
「俺はずっと、お前に借りを返しているつもりだった」
「借り?」
「七歳の時。額の血を止めてもらった。傷を治してもらったのは、学園の保健室が初めてだ。でも、あの日から、お前を守ると決めた」
春の風が吹いた。
「でも、戦場で分かった。借りを返すためだけなら、とっくに終わってる」
「コンラート」
「俺は、自分で選んでここにいる。陛下が治める国を守りたい。お前や殿下や、石段に集まっていたみんなが笑える場所を守りたい」
コンラートがセレスティアの方を見た。迷いのない目だった。
「俺は陛下の剣だ。そして、お前の仲間だ。傷を治してもらった借りがなくても、それは変わらない」
セレスティアの目が熱くなった。
「コンラートは、わたしにとってもかけがえのない仲間だよ。コンラートがいなかったら、わたしは何度も折れてた」
「折れてないだろ。お前は強い」
「強くない。コンラートがいたから、強くいられた。石段でも、廊下でも、戦場でも、いつも近くにいてくれた」
コンラートが頭を掻いた。
「そういうことを真顔で言うな。気恥ずかしい」
「本当のことだもの」
「……俺の剣は変わらない」
コンラートが立ち上がった。石段の上で、春の風を正面から受けている。
「陛下を支える。お前たちを守る。この国の剣であり続ける。それが、俺の答えだ」
コンラートの目が真っ直ぐだった。
「うん。これからもよろしく、コンラート」
「おう」
「……パン、もう一切れくれ」
「え? さっき半分あげたのに」
「腹が減った。長い話をしたら腹が減るんだ」
「何それ」
「知らん。体の仕組みだろ」
セレスティアが残り四分の一のパンを渡すと、コンラートがかじった。
「やっぱりうまい。フリーデリケのパンは」
「おいしいでしょ」
「甘すぎるが」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてる。俺なりに」
春風の中、二人は肩を並べたままパンを食べた。
「コンラート」
「ん」
「これからも隣に座って。石段で」
「座るよ。ここは俺の席だ」
「フリーデリケの席は反対側だから、コンラートは、こっち側ね」
「指定席か。騎士団にも席順があるが、石段にもあるのか」
「ある。わたしが決めた」
「お前が決めたなら従う」
コンラートが笑った。
「じゃあ、俺は戻る。訓練がある」
「行ってらっしゃい」
「ああ。パン、うまかった。フリーデリケに伝えてくれ」
「伝える」
コンラートは石段を三段下りたところで、振り返った。
「セレスティア」
「なに」
「陛下と一緒に、この国を頼む」
それだけ言って歩いていった。
◇
一人になった石段で、セレスティアは空を見上げた。青空を、白い花びらが舞っている。
「コンラート。ありがとう」
コンラートが去った扉を見つめたまま、セレスティアは小さく息を吐いた。
ポケットの中では、アレクシスからもらった銀のラベンダーの髪飾りが光っていた。
春の昼下がり、石段には白い花びらが静かに積もっていた。




