仲間たちの現在
冬の終わり、王宮の小会議室に十二本の青い駒が並んでいた。
王国の地図に置かれた駒は、翌年までに開く地方魔術学校の候補地を示している。北の鉱山町、東の穀倉地帯、治癒師のいない西部の村々。どれも、王都へ子供を送り出せない土地だった。
「十二校。来年の秋までに、全部開きたい」
セレスティアが言うと、真っ先に首を振ったのはイザベラだった。
「校舎は建てられる。でも教師は建てられないわ」
机上の試算には、必要な教員百四十四人、確保済み八十三人とある。数字の差は、銀貨を積んでもすぐには埋まらない。
「神殿から治癒術の講師を出せます」
アネリーゼが控えめに手を上げた。
「常勤は難しいですが、最初の半年なら巡回できます。ただし、神殿の診療所を空にすることはできません」
「近衛からも魔力制御の教官を出せる」
コンラートが続けた。
「だが剣を教えるのとは違う。子供相手の訓練を受けさせる時間が要る。強い騎士をそのまま教室へ入れれば、泣かせるだけだ」
「あなたがそれを言うのね」
ヴィオレッタが扇の陰で笑った。
「俺は泣かせたことはない」
「泣く前に逃げられただけでしょう」
張り詰めていた室内に、小さな笑いが起きた。それでも、地図の十二本は重いままだった。
フェリクスが北部三校の駒を指で倒した。
「この地域は地脈が不安定だ。王都と同じ防護石を置いても、冬の凍結で出力が乱れる可能性がある。開校前に一年分の測定が必要だ」
「一年も?」
「事故が起きてから、測っておけばよかったと言うよりは短い」
妹に甘い兄ではなく、研究所長の声だった。セレスティアは倒された三本を見つめた。
リディアは国境沿いの二校へ指を置いた。
「南方から講師を招く道はあります。ただ、外国人に王国の子供を預けるなという反発は出るでしょう。採用するなら、先に資格の基準を公開してください。曖昧なまま始めると、学校ではなく外交問題になります」
「反発なら、貴族院で引き受けるわ」
ヴィオレッタが扇を閉じた。
「でも、十二という数を守るためだけの弁護はしない。六校を確実に開く案と、十二校を半端に開く案なら、わたしは前者に票を集める」
誰も、セレスティアを喜ばせる答えを選ばなかった。
それが少し嬉しく、同じだけ苦しかった。
ナターシャが各地から届いた聞き取りを机へ広げた。農家の母親、鍛冶屋の徒弟、宿屋の娘。整った陳情書ではなく、泥のついた紙や、代書人の筆で書かれた短い願いだった。
「学校が六校なら、この西部三郡から通える子供は一人もいません」
ナターシャの指が、地図の空白をなぞった。
「十二校でも、全員には届きません。ただ、待っている子供は、来年も同じ年齢ではございません」
セレスティアは、王都の入学式で会ったそばかすの少女を思い出した。村に治癒師がいないから、自分がなるのだと言ったハンナ。あの子と同じ願いを持つ子供が、地図の外にもいる。
「だから急ぎたい」
「急ぐことと、数を先に約束することは違う」
アレクシスが、初めて口を開いた。
彼の前には、署名欄を空けた実施計画書が置かれている。
「十二校と公表すれば、役人は十二という数を守ろうとする。教師が足りなくても、防護石に不安があっても、開校日だけを守ろうとするだろう」
「約束しなければ、後回しにされる。地方の子供は、いつもそうやって待たされてきた」
「分かっている。だから六校で終わりとは言っていない」
「六校で始めた制度が、六校のまま十年止まることだってある」
二人の間に沈黙が落ちた。アレクシスは婚約者の顔ではなく、この計画に王の名を与える者の顔でセレスティアを見ていた。
「このままでは署名しない」
胸の奥に、熱いものが刺さった。敵に否定されるより、隣にいる人に止められる方が痛い。
けれど、隣にいるからこそ止めるのだとも分かっていた。
イザベラが新しい紙を中央へ置いた。
「なら、段階を分けましょう。十二校を整備対象として公表する。開校の可否は、教員数、防護設備、寮の安全、この三つを満たした学校ごとに決める。半年前と一月前に、二度検査する」
「公表する目標は十二校のまま?」
「ええ。ただし、開けない学校を開いたことにはしない。未達なら、未達の理由も公表する」
フェリクスが倒した三本を立て直した。ただし、ほかの駒から少し離して置く。
「北部三校には、研究所から検査官を出す。合格させるためではなく、止めるための権限も持たせる」
「神殿も同じ条件で講師を出します」
「近衛の教官候補は、まず王都校で補助に入れる」
「外国人講師の資格案は、わたしが南方側と詰めます」
倒されていた三本の駒の周りへ、「検査官」「巡回講師」「教官候補」と書かれた小札が、一枚ずつ増えていった。
アレクシスは修正された条件を読み、署名欄の上でペンを止めた。
「中間検査で一校でも危険と判断されたら、予定日を延ばす」
「分かった」
「その時、俺が止める。お前が十二校を開きたいと言ってもだ」
セレスティアはすぐには答えられなかった。地図の青い駒は、希望であると同時に、まだ存在しない教室だった。
「……分かった。止める理由を、全部わたしにも見せて」
「もちろんだ」
アレクシスが署名した。
会議が終わる頃、窓の外では雪がやんでいた。
フリーデリケから届いた籠を開けると、十二個の丸いパンが入っていた。形はどれも少しずつ違う。
「人数分より多いわね」
ヴィオレッタが言った。
「余ったら持って帰って、だって。政治の話をしないお茶会用だったんだけど」
セレスティアは一つを割り、隣のアレクシスへ半分を渡した。
今日、望んだ通りになった者はいない。十二本の駒も、まだ一校の教室ですらない。
それでも、倒した駒を地図から捨てた者はいなかった。
分けたパンは少し冷めていたが、小麦の甘さは残っていた。




