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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第10章 十六歳、国の仕組みを書き換える

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新しい王国

 冬が来た。初雪の朝。王都の屋根が白く染まった。セレスティアは窓から雪を見ていた。


 ◇


 魔力教育開放法。施行から半年。最初の平民魔術師が三人、誕生した。


 王都の魔術学校。入学試験を経て。貴族の子弟と同じ教室で。


 反発はあった。「平民と同じ教室で学ぶのか」「魔力は貴族の証だ」。


 だが三人の平民生徒は、入学試験で上位に入っていた。才能は血統ではなく、個人に宿る。それを、数字が証明した。セレスティアは入学式に出席した。


 三人の平民生徒。緊張した顔。だが目に光があった。


 一人の少女がセレスティアに近づいた。十二歳。そばかすのある丸い顔。


 「あ、あの、アルヴェイン様」


 「セレスティアでいいよ」


 「セ、セレスティアさま。わたし、魔術師になれるなんて思ってなくて。平民だから。でも法律が変わって、試験を受けていいって言われて」


 「受かったんでしょう? おめでとう」


 「あ、ありがとうございます。あの、わたし。将来、治癒師になりたいんです。村に治癒師がいなくて。おばあちゃんが病気の時誰も治せなくて」


 少女の目に涙が光った。


 「だから自分がなろうって。治癒師に。村のみんなを助けたくて」


 セレスティアの胸が温かくなった。


 「頑張って。応援してる」


 「はい!」


 少女が満面の笑みで走っていった。ナターシャが傍で見ていた。


 「お嬢様。ああいう子が、あと何百人もいるのでしょうね」


 「何千人かもしれない。でも、始まった。一人目が」


 「一人目が三人」


 「三人から始まる。いつか百人になる。千人になる」


 「石を積むように」


 「うん。一つずつ」


 ◇


 南方との外交。リディアが成果を出していた。


 三カ国との不可侵条約は安定して維持されている。貿易協定の締結も進んでいた。リディアからの書簡。


 『セレスティアさま。南方の状況は安定しています。


 先月、母国の旧領土を訪ねました。廃墟になっていた城が、今は市場になっていました。人々が笑っていました。国は滅びても、人は生きています。


 わたしの故国は、かつての形のままには戻せません。でも戦争を止めることはできました。それで十分です。


 春に王都に戻ります。報告書を持って。そして、石段でお茶を飲みましょう。リディアより。』


 セレスティアは手紙を胸に当てた。


 ◇


 地脈の回復。フェリクスの定期報告。


 「地脈の魔力濃度、儀式後六ヶ月で、さらに五パーセント回復。自然回復が始まっている。聖魔力の注入が触媒として機能している」


 「触媒」


 「セレスの聖魔力が地脈の自己回復能力を目覚めさせた。一度きりの注入ではなく、持続的な回復のきっかけになっている」


 「じゃあ五十年の猶予は」


 「七十年、いや百年に伸びる可能性がある。まだ確定ではないが」


 フェリクスの目が光っていた。


 「ヨハンの理論が正しかった。地脈には自己回復能力がある。人間が過剰に搾取しなければ、地脈は自分で治る」


 「ヨハンが喜んでるね。天国で」


 「天国の存在は科学的に未証明だが」


 「にいさま。たまには科学を忘れて」


 「忘れられない。科学者だから」


 「科学者でも、兄だよ」


 「……そうだな。兄でもある」


 ◇


 貴族院改革。第一期の選抜が、予定より二か月遅れて完了した。


 一度目の試験は、貴族だけが学べた知識に偏っていたため無効にした。各都市で基礎講習を開き、出題を改め、二度目の試験を行った。


 戻ってきた候補者もいた。戻らなかった候補者もいた。


 やり直せたのは制度であって、最初の失敗で失わせた時間まで返せたわけではない。


 十席。世襲議席から実力選抜議席に切り替え。


 自然退任した十家の議席に、試験と面接を経た十名の新議員が就任した。


 十名のうち三名が平民出身。七名が下級貴族。


 就任式で一人の平民議員が演説した。五十代の男性。元商工会議長。


 「わたくしは商人の息子です。貴族院に入るなど夢にも思いませんでした。ですが、この国が変わろうとしている。その一部になれることを光栄に思います」


 拍手。改革派から。中立派から。保守派は拍手しなかった。だが退場もしなかった。


 セレスティアも拍手した。成功した、とは思わなかった。


 ようやく、失敗した場所から一歩進んだ。それだけだった。


 ◇


 その日の午後、ナターシャが一冊の薄い記録簿を机に置いた。灰色の表紙に、見覚えのある文字があった。


 『北東部ヘッセン村。マイヤー家。ルーカス・マイヤーの冤罪。没収農地。担当官ゲオルク・ハイム』


 「お嬢様。忘れてはいけない方の記録です」


 セレスティアは息を止めた。ミーナ。三人の子供を育てながら、七年かけて夫の冤罪の証拠を集めた女性。


 あの日、セレスティアは国を三ヶ月先まで生かすために、彼女へ待ってほしいと言った。


 「北東部三領の徴税記録は?」


 「新しい行政局への移管が完了しました。台帳は全て複写され、三人の官吏が半年間、ハイムの指示なしで運用しています。税収も止まっていません」


 「もう、ハイム一人の頭に頼らなくていい」


 「はい」


 セレスティアは記録簿を開いた。最初の頁に、自分の言葉が残っていた。


 『後で必ず戻る。忘れてはいけない人たち』


 「ハイムを呼んで。今日中に」


 ◇


 夕方、ゲオルク・ハイムが執務室に入った。五十を過ぎた官吏は、以前と変わらず整った身なりをしていた。だが、机の上の記録簿を見た瞬間、その目が止まった。


 「ヘッセン村を覚えていますか」


 「北東部には何百という村があります」


 「ルーカス・マイヤーという農夫を、公文書偽造の罪で投獄した村です」


 ハイムは答えなかった。ナターシャが、ミーナから預かった証拠を机へ並べた。ルーカス本人の印章。偽造された書類の写し。印章を持ち出すハイムを見たという証人の陳述書。


 「本日をもって、あなたを北東部徴税官の職務から外します。この件は法廷で審理します」


 ハイムの顔から血の気が引いた。


 「身分は保証されたはずです」


 「保証したのは、宰相派だったという理由だけであなたを排除しないことと、引き継ぎの仕事へ正当な報酬を払うことです。過去の行為を不問にするとは約束していません」


 「私を使い終えたから、切るのですか」


 痛い問いだった。あの日のミーナと同じように、ハイムもまた、セレスティアの判断を見ている。


 「そう見えることは分かっています。だから、わたしの命令だけであなたを罪人にはしません。証拠は法廷で公開し、あなたにも反論する機会を残します。裁くのは、わたしではありません」


 「結果は同じでしょう」


 「同じかどうかも、法廷で決めます」


 ハイムはしばらくセレスティアを見ていた。やがて一礼した。敬意ではなく、官吏として身についた形だけの礼だった。


 「承知しました」


 騎士に付き添われ、ハイムは執務室を出ていった。


 扉が閉まった後も、セレスティアは記録簿から手を離せなかった。


 「遅かったね」


 「はい。ですが、忘れませんでした」


 「ナターシャが記録してくれたから」


 「お嬢様が、記録するよう命じたからです」


 ◇


 一ヶ月後、ルーカス・マイヤーの事件は改めて審理された。


 公文書は偽造されたものと認定され、ルーカスに下された有罪判決と農地の没収処分は取り消された。ミーナが、再び王都へ来た。


 以前と同じ地味な服。同じ働く人の手。だが今回は、胸の前で握り締めた指の間に、農地の返還証書があった。


 「主人には、間に合いませんでした」


 「はい」


 「この紙を、お墓の前で読んでも、主人は帰ってきません」


 「はい」


 セレスティアは言い訳をしなかった。ミーナの言葉を、ただ受け止めた。


 「遅すぎました」


 「はい。遅すぎました」


 「あなたに、ありがとうとは言えません」


 「言わなくていいです。許してほしいとも言いません」


 ミーナは返還証書へ目を落とした。


 「でも、子供たちに言えます。お父さんは罪人ではなかった。あの農場は、お父さんが二十年かけて耕した土地だと」


 声が震えた。今度は怒りだけではなかった。


 「ハイムは」


 「審理が続いています。わたしから判決を求めることはしません。ただ、もう徴税官として誰かの暮らしを左右することはできません」


 ミーナは小さく頷いた。立ち上がり、深く頭を下げることもなく、部屋を出ていった。それでよかった。セレスティアは記録簿の最後の頁を開いた。


 『ルーカス・マイヤー。冤罪判決取り消し。農地返還済み』


 そう記し、その下にもう一行を加えた。


 『家族への償いは、終わっていない。継続して確認すること』


 完了とは書かなかった。土地は返せても、失われた夫と父親は返せない。


 それでも、戻ると約束した場所へ、ようやく戻ることができた。


 ◇


 全てが順風満帆ではなかった。問題は山積していた。


 地方の貴族領では、改革に反発する小領主が、税の滞納を続けていた。


 南方の国境では、不可侵条約を結んでいない小国が、越境略奪を繰り返していた。


 王都では急激な変化についていけない市民が、不安を募らせていた。「魔力教育を平民に開放したら貴族が没落する」「貴族が没落すれば結界が弱くなる」「結界が弱くなれば魔獣が入ってくる」。


 不安の連鎖。根拠のない噂が、酒場で語られていた。


 「お嬢様。市民の不安を放置すれば、次の選挙で改革派が負ける可能性があります」


 ナターシャの報告。


 「選挙はまだ」


 「まだですが。世論は、今のうちに抑えておかないと」


 「世論か。宰相は世論を操作した。わたしは」


 「操作ではなく、説明です。改革の意味を。地脈の衰退の事実を。平民魔術師の成果を。正しい情報を、正しく伝える」


 「広報」


 「はい。イザベラ嬢が広報機構の設計案を持っています」


 「イザベラに会議を設定して」


 「明日の午前でよろしいですか」


 「お願い」


 ◇


 夕方、セレスティアは石段に一人で座った。けれど、孤独ではなかった。


 ポケットには、フリーデリケとリディア、アネリーゼから届いた手紙がある。


 机の上には、イザベラとヴィオレッタ、ナターシャがまとめた書類がある。


 扉の外にヴォルフがいる。廊下の向こうにコンラートがいる。


 白い雪が静かに降り始め、石段に積もっていく。


 寒かった。でも、ポケットの手紙が温かかった。


 冬に来るフリーデリケとは、ここでパンを食べよう。春に戻るリディアからは、南方の報告を聞こう。


 儀式の後も通ってくるアネリーゼとは、お茶を飲もう。


 コンラートが干し肉を持ってきたら、一緒に食べよう。


 そして隣にいるアレクシスとは、手を繋ごう。そう決めて、セレスティアは雪の中で立ち上がった。


 部屋へ戻り、ナターシャが淹れる温かな蜂蜜入りの紅茶を飲もう。



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