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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第9章 若き王と改革の代償

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イザベラと父

 王都の郊外。その丘の上に、小さな石造りの館がある。


 かつて貴族の別邸だった館は、今では国が管理する幽閉施設になっている。


 高い塀と二人の門番。その内側には、中庭と、互いに離れた建屋がいくつかあった。


 ここに、前宰相ヴィクトール・ド・ガルニエが幽閉されている。


 ◇


 門の前に馬車が止まった。イザベラが降りた。


 十六歳になったイザベラは、黒い髪と紫の瞳をしていた。


 「イザベラ・ド・ガルニエです。面会の申請をしています」


 「確認いたします」


 門番が中へ走る間、イザベラは夏の終わりの風に吹かれながら待った。


 手袋の中で汗ばんでいるのに、手が冷たかった。


 ◇


 施設長が出てきた。


 「イザベラ殿。お待ちしていました」


 「案内してください」


 「閣下は……お元気です。書物を読まれて、ご自身で食事を作られて。規則正しく」


 「案内してください」


 施設長が少し黙ってから、「どうぞ」と言った。


 ◇


 石畳の通路を歩いた。夏草の庭。伸びた草が風に揺れている。


 「もし辛くなれば、いつでも外に出ていただいて構いません」


 施設長が言った。


 「辛くなりません」


 言い切った。


 ◇


 建屋の一つ。扉の前に職員が立っていた。


 「閣下。面会のお方がいらっしゃいました」


 扉の内側から声がした。


 「どうぞ」


 静かな声だった。


 ◇


 扉を開けると、広い部屋に書棚と机があり、暖炉には火が入っていた。その前の椅子に、一人の男が座っている。


 白い髪と灰色の目を持つ七十二歳の元宰相、ヴィクトール・ド・ガルニエだった。


 「イザベラ」


 静かな声だった。


 「来てくれたか」


 ◇


 イザベラは部屋の中央で立ち止まった。近づかなかった。


 父の顔は老い、頬がこけ、髪にも白いものが増えていた。それでも、何かを見透かすような目だけは変わっていない。


 「座りなさい」


 「結構です」


 「そうか」


 ヴィクトールが立ち上がった。暖炉の前へ歩いた。


 「最後に会ったのは」


 「法廷で。判決の日です」


 「あの日か」


 「過去の話はしに来ていません」


 ヴィクトールが止まった。


 ◇


 言葉の代わりに、短い沈黙が落ちた。暖炉の火がぱちりと鳴った。


 「報告があって来ました」


 イザベラが口を開いた。


 「報告?」


 「行政機構の再編について。第三次草案が承認されました。新しい行政機構が来月から動き始めます」


 「……私への報告か」


 「お父様の仕組みを正しく作り変えました。だから、報告に来ました」


 ヴィクトールは動かなかった。背を向けたまま。暖炉を見たまま。


 「詳しく話してくれ」


 ◇


 「権限を一元化した宰相制を廃止しました。財務、人事、地方行政、監査、情報の五局に分散させます。各局が独立し、互いが牽制できる構造です」


 「監査局か」


 「お父様の仕組みの最大の弱点は、誰も検証しないことでした」


 「……そうだ」


 「監査局は独立性を持ちます。他の四局の仕事を調べる権限がある。不正があれば国王に直接報告します。私がやったことも、監査の対象になります」


 「お前自身も」


 「はい」


 「なぜそこまで」


 「そうしなければ意味がないからです。私だけが例外になれば、また同じことが起きる」


 ◇


 ヴィクトールがゆっくり振り返った。


 「お前が告発したことで、この仕組みが作れた」


 「そうです」


 「……感情は」


 「ありません」


 「本当に」


 「報告しに来ました。感情の話をしに来たわけではない」


 ヴィクトールは少しだけ、目を細めた。娘の弱点を探る時と同じ目だった。


 「お前は私に似ている」


 「そう言われたくありません」


 「似ている、という事実を言っただけだ」


 イザベラは黙った。


 ◇


 暖炉の前。ヴィクトールが椅子に戻った。


 「一つ聞いてもいいか」


 「何ですか」


 「お前は後悔していないか。告発したことを」


 「していません」


 「苦しくはないか」


 「苦しいです」


 「苦しいのに」


 「後悔と苦しさは別です。正しいことをしても苦しいことはある。苦しいから間違っていたとはならない」


 ヴィクトールは黙った。それぞれが言葉を探す間、重い沈黙が続いた。


 「構造としては及第点だ」


 短い言葉だった。


 ◇


 イザベラは踵を返した。扉に向かった。


 「また来ます」


 「また来るか」


 「報告がある時には」


 「それだけのために」


 「それだけのために」


 「……イザベラ」


 「何ですか」


 「その仕組みを三十年保たせてみろ。正しかったと名乗るのは、それからだ」


 ◇


 イザベラは止まった。一秒。


 「知っています」


 扉を閉めた。


 ◇


 石畳の通路。施設長がついてきた。


 「よろしかったですか」


 「はい」


 「また来られますか」


 「また来ます。次は仕上がった報告書を持って」


 門を出た。馬車が待っていた。


 ◇


 イザベラが馬車へ乗り込むと扉が閉まり、車輪が動き始めた。施設の塀が遠ざかっていくのを窓越しに見ながら、震える手を握りしめた。


 分かっていた。震えることは。でも泣かなかった。


 「苦しいです」と父に言った言葉は本当だった。


 苦しさは消えない。それでも、自分で選んだことを後悔してはいなかった。それも本当だった。


 ◇


 王宮へ戻り、書類の積まれた行政局の執務室で机に向かった。ペンを取り、いつも通り仕事を始めた。


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