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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第9章 若き王と改革の代償

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グレーテルとの別れ

 グレーテルが引退する。その知らせを聞いたのは、告白の翌日だった。


 オスヴァルト先生経由で。「グレーテル先生が今月末で魔力教師を辞めるそうだ。本人の意思だ」


 セレスティアは驚かなかった。グレーテルの体調が優れないことは知っていた。最近の授業では、椅子に座ったまま指導することが増えていた。咳が増えていた。


 だが、覚悟していても、受け入れるのは別だった。


 ◇


 魔力訓練場にセレスティアが初めて来たのは、八歳の時だった。


 グレーテルが待っていた。赤銅色の髪を一つに結び、厳しい目で立っていた女性。


 「あなたが聖魔力の持ち主ね。見せてごらんなさい」


 八歳のセレスティアは手のひらに光を灯した。不安定に揺れる、白い光。


 グレーテルは言った。「力はある。でも制御がなっていない。ゼロからやり直しよ」。そう告げられてから、七年が過ぎた。


 聖魔力の制御、光と闇の二重属性の切り替え、防御結界、攻撃魔術、治癒の補助。その全てをグレーテルが教えた。指導は厳しく、妥協がなかった。


 「もう一度」「もう一度」「もう一度」、何百回も聞いた言葉。


 でも授業の後にはいつも、温かいお茶を淹れてくれた。蜂蜜は入れない。グレーテルの好みはミントだった。


 「ミントは頭を冴えさせるのよ。魔術師に必要なのは冷静さ」


 ◇


 そして今日、訓練場にグレーテルがいた。椅子に座る彼女の赤銅色の髪には、七年前にはなかった白いものが混じっている。


 「来たわね。セレスティア」


 「グレーテル先生。引退するって、本当ですか」


 「本当よ。もう教えることはないもの」


 「教えることがない、と」


 「あなたは私を超えた。とっくに。聖魔力の制御は完璧。二重属性の切り替えも瞬時。防御結界の強度は王国随一。もう、先生は要らないわ」


 セレスティアは首を振った。


 「先生はまだ」


 「セレスティア。聞きなさい」


 グレーテルの声が柔らかかった。いつもの厳しさが溶けていた。


 「私は魔力教師として三十年間、多くの生徒を教えてきた。貴族の子弟。才能ある若者。中には天才もいた」


 「……」


 「でもあなたは天才とは違った」


 「違った?」


 「天才は力で押し切る。あなたは力を制御する。制御することを選ぶ。それは天才ではなく、覚悟よ」


 グレーテルがゆっくりと立ち上がった。膝が少し震えていた。


 セレスティアが支えようと手を伸ばすと、グレーテルは手で制した。


 「大丈夫。まだ、立てるわ」


 グレーテルが訓練場の中央まで歩き、セレスティアも後に続いた。七年前と同じ位置で、二人は向かい合った。


 「最後に一つだけ。教えたいことがある」


 「何ですか」


 「力を制御するのは技術じゃない」


 「技術じゃない?」


 「心よ」


 グレーテルが、セレスティアの心臓の上へ手を当てた。


 「ここにあるもの。あなたが大切にしているもの。守りたいもの。それが、力の制御の源」


 心臓が鳴った。とくん。


 「技術は教えられる。でも心は教えられない。あなたの心はあなたが十二年間かけて育てたもの。私が教えたのではない」


 「先生」


 「だからもう教えることはないの。あなたの心は、あなただけのもの。私が触れる場所ではない」


 セレスティアの目に涙が滲んだ。


 「先生。わたしの魔力が怖くなくなったのは、先生のおかげです」


 「怖くなくなった?」


 「聖魔力は最初、怖かった。自分の中に、制御できない力がある。暴走したら誰かを傷つける。それが怖かった」


 「……覚えているわ。八歳のあなたが『この力、消せますか』と聞いた時のこと」


 「先生は何て答えたか覚えてますか」


 「覚えている。『消す必要はない。使い方を覚えなさい』と」


 「あの言葉がわたしの七年を決めた」


 グレーテルの目が潤んだ。


 「セレスティア。あなたに出会えてよかった」


 「先生」


 「聖魔力が恐怖ではなく希望だと証明してくれた。あなたが。七年間かけて」


 セレスティアの涙がこぼれた。


 「先生。引退しても、たまに会いに来ていいですか」


 「来なさい。ミントティーくらいは淹れてあげるわ」


 「蜂蜜は」


 「入れないわよ。ミントに蜂蜜は邪道」


 「ナターシャの紅茶は蜂蜜入りなんですけど」


 「ナターシャさんとは趣味が違うのよ。でも、あの子の紅茶は認めている。淹れ方が丁寧」


 「伝えます」


 「伝えなくていいわ。本人に言ったら照れるでしょう」


 セレスティアは泣きながら笑った。


 「先生。最後にもう一度だけ」


 「何を」


 「『もう一度』って言ってください」


 グレーテルが目を丸くした。それから笑った。


 「もう一度」


 「はい」


 「もう一度。あなたの力を、見せなさい」


 セレスティアが手のひらを広げた。光が灯った。


 現れた白い光は、八歳の時とは違っていた。安定した、温かく力強い光が、壁も天井も、グレーテルの白髪交じりの赤銅色の髪も照らした。


 「……きれい」


 グレーテルが呟いた。


 「八歳の時の光は不安定で、怯えていた。でも今の光は」


 「今の光は?」


 「優しい。あなたの心と同じ」


 光がゆっくりと消えた。訓練場に、夕方の光が差し込んだ。


 「さようなら、先生」


 「さようならじゃないわ。また来なさい。ミントティーの約束」


 「はい。必ず」


 扉に向かった。


 「セレスティア」


 振り返ると、グレーテルが夕日の差す訓練場の中央に立っていた。


 「地脈の儀式、気をつけなさい。力の制御は完璧でも体の限界は別よ。無理はしないこと」


 「はい。先生に教わった通り。心で制御します」


 「よろしい。それでこそ、私の最後の生徒」


 グレーテルが笑った。セレスティアは扉を閉めた。


 廊下へ出ると、セレスティアは泣いた。ヴォルフは何も言わず、傍に立っていた。しばらく泣いたあと、セレスティアは涙を拭った。


 「行こう。まだ、やることがある」


 「はい」


 セレスティアは再び歩き出した。心臓が、とくんと鳴った。


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