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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第9章 若き王と改革の代償

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アレクシスの告白

 暗殺未遂から一週間が経った。


 グライナー男爵は裁判で有罪となり、爵位剥奪と追放を言い渡された。処刑ではない。セレスティアが求刑の軽減を願い出たからだ。


 「殺すのではなく、追放で。この国は、もう処刑で問題を解決する国ではない」


 アレクシスは長い沈黙の後、頷いた。


 「分かった。お前の言う通りにする」


 ◇


 初夏を迎え、王宮の庭に薔薇が咲いていた。赤と白と。ラベンダーも、フリーデリケが送った苗が根付いて、紫の花をつけ始めていた。


 夕方、執務を終えたセレスティアは庭を歩いていた。一人ではなかった。


 アレクシスが隣にいた。


 「陛下。珍しいね。一緒に散歩なんて」


 「珍しくない。時間がなかっただけだ」


 「時間、できたの?」


 「作った」


 「国王が時間を作る。大変だったでしょう」


 「ヘルマンに怒られた。『陛下、今日の書類がまだ三十七枚』と」


 「三十七枚を」


 「明日にした」


 「明日のアレクシスが可哀想」


 「明日の僕は明日の僕が何とかする」


 セレスティアは笑った。


 「陛下。それ、フリーデリケの言い方に似てる」


 「フリーデリケ?」


 「『明日のパンは明日焼けばいいもん』って」


 「パンと書類は違う」


 「同じだよ。先延ばしという点では」


 アレクシスが苦笑した。


 庭を歩いた。薔薇の小径。夕日が花びらを金色に染めている。


 「セレスティア」


 「なに」


 「少し座ろう」


 東屋。蔦に覆われた小さな屋根。石のベンチが二つ。


 座った。向かい合ってではなく、隣に。夕日が二人の影を長く伸ばしていた。


 「セレスティア」


 「うん」


 「僕たちの婚約は、政治的なものだった」


 「……うん」


 「摂政体制を安定させるために。公爵家と王家の同盟のために。僕たちの意思ではなく、状況が決めた」


 「そうだね」


 「お前は十一歳の時、受け入れてくれた。政治的に必要だからと。僕もそう思っていた。最初は」


 「最初は」


 アレクシスは膝の上の手を見た。握りしめて。開いて。また握りしめて。


 「いつからか分からない。気づいた時には、もう」


 声が震えていた。


 「セレスティア。僕は、政治とは関係なく」


 言葉が詰まった。セレスティアは待った。急かさなかった。


 夕日が少しだけ沈んだ。影が長くなった。


 「僕は君を、好きだ」


 「政治じゃなく。戦略じゃなく。ただ、セレスティアという人を。好きだ」


 互いの表情をうかがう間、言葉は途切れたままだった。


 蝉の声が遠くに聞こえた。初夏の夕暮れ。セレスティアの心臓が痛かった。


 「陛下」


 「アレクシスでいい。今は」


 「……アレクシス」


 アレクシスの耳が赤かった。頬も。首も。


 「わたしも」


 セレスティアの声が震えた。


 「わたしも、あなたを大切に思ってる」


 アレクシスの目が見開かれた。


 「でも正直に言う。わたしはまだ、それが『好き』なのか分からない」


 「分からない?」


 「わたしには複雑な事情がある。あなたに対して。信頼してる。尊敬してる。一緒にいると安心する。でも、恋愛感情なのか。それとも戦友としての絆なのか。分からない」


 「ごめん。こんな答えで」


 アレクシスは笑った。


 「いい。分からなくていい」


 「いい?」


 「セレスティア。僕は答えを急がない。お前が分からないなら、分かるまで待つ」


 「待つ?」


 「パンの発酵を待つように。誰かが言ってたろ」


 セレスティアは目を見開いた。


 「聞いてたの」


 「ルシアンが教えてくれた。『セレスティアがこう言ってた』と。良い言葉だと思った」


 「フリーデリケの言葉だよ」


 「フリーデリケはいつも本質を突く。パンを焼きながら」


 セレスティアは笑った。涙がこぼれた。


 「なんで泣くの。わたし」


 「嬉しいからだろ」


 「嬉しいのかな」


 「分からないなら、泣きながら待てばいい」


 「泣きながら待つ。変な告白の返事だね」


 「変でいい。僕たちは、普通じゃないんだから」


 アレクシスが手を伸ばした。セレスティアの手に。


 触れた。握らなかった。ただ、指先が触れた。


 「アレクシス。一つだけ、言わせて」


 「何でも」


 「愛はこれから育てましょう」


 アレクシスの目が潤んだ。


 「育てる?」


 「うん。今はまだ種。でも、水をやって、日に当てて、待てば咲くかもしれない。咲かないかもしれない。でも、育てる努力はしたい」


 「花を育てるのは、フリーデリケの専門だ」


 「じゃあフリーデリケに聞こう。愛の育て方」


 「パンの焼き方しか教えてくれないぞ」


 「パンの焼き方でいい。パンも愛も、待つのが大事だから」


 二人で笑った。夕日が沈みかけていた。空がオレンジから紫に変わっていく。


 「アレクシス」


 「うん」


 「ありがとう。好きって言ってくれて」


 「……どういたしまして。言えてよかった」


 「何年かかった? 言うまでに」


 「二年。いや、三年かもしれない」


 「三年。長かったね」


 「長かった。でも、後悔はしていない。今日がちょうどいい日だった」


 「なんで今日が」


 「暗殺未遂の後、思ったんだ。明日、何が起きるか分からない。言えることは今日、言わなければ」


 セレスティアの胸が締めつけられた。


 「アレクシス。わたしも、言えることを言う」


 「何を」


 「わたしはあなたと一緒にいたい。国を作りたい。五十年後も、六十五歳になっても。一緒に」


 アレクシスの手が、セレスティアの手を、そっと握った。


 今度は指先だけではなく。しっかりと。


 「一緒に」


 「うん。一緒に」


 夕日が沈んだ。東屋に二人の影だけが残った。


 手を繋いだまま。


 ◇


 部屋に戻った後。ベッドに座って、ナターシャに報告した。


 「アレクシスが告白してきた」


 ナターシャの手が止まった。紅茶のカップを持ったまま。


 「告白」


 「好きだって」


 「……それで、お嬢様は」


 「愛はこれから育てましょうって言った」


 ナターシャがカップを置いた。静かに。


 「お嬢様」


 「なに」


 「わたくしは十二年間、お嬢様を見てきました」


 「うん」


 「お嬢様はアレクシス陛下のことが好きです」


 「え」


 「ご自身では分からないかもしれません。でも、陛下の名前が出る時、お嬢様の目が変わります。少しだけ柔らかくなります」


 「柔らかく」


 「はい。他の誰の名前でもあの目にはなりません。陛下の名前だけです」


 セレスティアは自分の頬に手を当てた。熱い。


 「わたし、好きなの? アレクシスのこと」


 「侍女の見解ですが、はい」


 「侍女の見解」


 「十二年間の観察記録に基づいています。フェリクスさまに言わせれば、統計的に有意です」


 セレスティアは枕に顔を埋めた。


 「ナターシャ。それ、にいさまには絶対言わないで」


 「言いません。侍女の守秘義務です」


 「守秘義務」


 「はい。お嬢様の恋は国家機密と同等の扱いです」


 「大げさ」


 「大げさではありません。次期王妃の恋愛感情は、文字通り国家機密です」


 セレスティアは枕から顔を上げた。


 「ナターシャ」


 「はい」


 「ありがとう。十二年間」


 「いつものことです」


 「いつものことが」


 「一番大事。ですよね」


 セレスティアは笑った。顔が赤いまま。窓の外に星が出ていた。


 初夏の夜空。


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