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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第9章 若き王と改革の代償

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暗殺未遂

 夜の王宮、その回廊。セレスティアは遅くまで執務室にいた。貴族院改革法案の可決後、施行に向けた細則を整え、ヴァルトシュタイン子爵と書簡を交わし、イザベラが作成した行政機構の移行計画書を確認していたのだ。


 「お嬢様。もう深夜です」


 ナターシャの声。


 「もう少し」


 「明日にしてください。今日は十分に働きました」


 「あと三枚」


 「三枚は明日の朝、三分で読めます。お嬢様の処理速度なら」


 セレスティアはペンを置いた。


 「分かった。帰る」


 「お部屋までお送りします」


 廊下に出た。ヴォルフが三歩前を歩いている。いつも通り。


 夜の王宮は静かだった。松明の光が壁に影を落としている。足音だけが響く。


 ◇


 それは中庭に面した回廊を曲がった時だった。ヴォルフの足が止まった。一瞬の静止。


 「下がってください」


 低い声。だが、鋭い。セレスティアの体が動く前に、ヴォルフが身を翻した。


 闇の中から何かが飛んできた。短剣。回廊の柱の影から投げられた。


 ヴォルフの剣が短剣を弾いた。金属音が廊下に響いた。


 「ナターシャ。お嬢様を」


 「はい」


 ナターシャがセレスティアの腕を掴んだ。壁際に引いた。


 柱の影から、黒衣をまとい、顔を布で隠した二人の人影が動いた。ヴォルフは即座に前へ出て剣を抜いた。


 ◇


 一人目が短剣を構えて飛び出した。ヴォルフの剣が、セレスティアの目にも追えない速さで一閃する。


 一人目の短剣が弾かれ、手首を打たれ、武器を落とした。だが二人目が別の方向から迫った。


 ヴォルフは一人目を制圧しながら、二人目に対応しようとした。


 間に合わない。二人同時は。セレスティアの心臓が跳ねた。


 だが、二人目の刃が届くより早く、横から別の影が飛び込んだ。


 赤い髪の女性。黒い外套をまとっている。だが、体格が違う。背が高く、しなやかで。カタリナ。


 ヴァイスハウプト家の女性騎士。セレスティアの影の護衛。


 カタリナの足が二人目の暗殺者の膝裏を蹴った。体勢が崩れた。短剣が逸れた。


 続けて手刀。首筋に。正確に。二人目が崩れ落ちた。


 「ヴォルフ先輩。二人目、制圧」


 カタリナの声は冷静だった。ヴォルフは一人目の腕を背中へ回し、膝で押さえつけて動きを封じた。


 「お嬢様。ご無事ですか」


 「無事。ヴォルフ。カタリナ。ありがとう」


 声が震えていた。


 「お嬢様。大丈夫です。終わりました」


 ナターシャの声。落ち着いている。だが、手が震えていた。ナターシャも。


 「終わった」


 「はい。ヴォルフとカタリナが止めました」


 ◇


 近衛騎士が駆けつけた。暗殺者二人が拘束された。


 回廊に松明が増えた。明るくなった。コンラートが息を切らして走ってきた。


 「セレスティア!」


 「コンラート。大丈夫。怪我はない」


 コンラートの目が暗殺者を見た。それからヴォルフを見た。カタリナを見た。


 「ヴォルフ。お前が止めたのか」


 「はい。カタリナと」


 「……そうか。ありがとう」


 「コンラート。暗殺者の身元を調べて」


 「ああ。近衛騎士団で取り調べる」


 「お願い」


 コンラートが暗殺者を連行した。


 ◇


 セレスティアの部屋では、ナターシャがいつもより蜂蜜を多く入れた紅茶を淹れた。それでも手が震え、カップを持てなかった。


 「持ちます」


 ナターシャがカップを支えた。温かい。甘い。飲んだ。


 「震えが止まらない」


 「当然です。命を狙われたんですから」


 「でも、宰相の時は。裁判の時は。もっと大きな敵と戦ったのに」


 「刃が直接向けられるのは別です。政治の敵と、物理的な脅威は。体が感じる恐怖が違います」


 ナターシャがセレスティアの手を握った。


 「お嬢様。怖かったですか」


 「怖かった」


 声が震えた。


 「怖かった。死ぬかと思った」


 「死んでいません。ヴォルフが守りました。カタリナが守りました。お嬢様は守られている」


 「守られている」


 「はい。十二年間、ヴォルフはお嬢様を守り続けてきました。交代で休む時も、任務で離れる時も、必ず誰かが扉の前に立つ形を残して」


 セレスティアはヴォルフのことを思った。扉の外に立っている。今も。いつも。


 「ヴォルフにお礼を言いたい」


 「明日にしてください。今夜は休む時です」


 「でも」


 「ヴォルフはお礼を言われることを望んでいません。お嬢様が無事であること。それだけが、ヴォルフの報酬です」


 セレスティアの涙がこぼれた。


 「ナターシャ。わたし、まだ震えてる」


 「震えていいです。怖い時は、怖いままで」


 「怖いまま」


 「はい。怖さを知っている人は無謀なことをしません。お嬢様が怖いと感じることは、良いことです」


 ナターシャが毛布をセレスティアの肩にかけた。


 「今夜はここにいます。わたくしが」


 「ナターシャも怖かった?」


 「はい。とても」


 「でも、声が落ち着いてた」


 「お嬢様の前では震えないと決めています。お嬢様が震える時、わたくしまで震えたら、お嬢様が不安になる」


 「ナターシャ」


 「でも、正直に言います。今夜、部屋に戻ったら、たぶん泣きます」


 「泣く」


 「お嬢様が無事でよかったと思って。怖かったと思って。両方で」


 セレスティアはナターシャの手を握りしめた。


 「泣かないで。わたしは無事だから」


 「無事だから泣くんです。無事じゃなかったら、泣けませんから」


 その言葉がセレスティアの胸を突いた。


 「ナターシャ。わたしは死なない」


 「はい」


 「絶対に。あなたを泣かせない」


 「……お嬢様。それは、約束ですか」


 「約束。わたしは帰ってくる。いつも。必ず」


 ナターシャの目が潤んだ。


 「……ずるいです。泣かないと決めていたのに」


 「ごめん」


 「謝らないでください。嬉しい涙ですから」


 二人で笑った。涙を拭きながら。


 ◇


 翌朝。コンラートが報告に来た。


 「暗殺者は保守派貴族の雇った傭兵だった。貴族院改革法案に反発した一派の仕業だ」


 「首謀者は」


 「グライナー男爵。保守派の強硬論者。既に身柄を拘束した」


 「グライナー。予想していた名前ね」


 「予想していたのか」


 「改革法案の議決で最も激しく反対していた。退場した時の目が、理性を失っていた」


 コンラートが歯を食いしばった。


 「俺が警護を厚くすべきだった。法案可決後の反発は予測できたはずだ」


 「コンラート。あなたのせいじゃない」


 「俺の仕事だ。陛下と、お前を守ることが」


 「守ってくれたよ。ヴォルフとカタリナが。あなたの部下のカタリナが」


 コンラートの目が揺れた。


 「カタリナは俺個人の部下じゃない。ヴァイスハウプト家から出した、お前の護衛だ」


 「でも、近衛騎士団の一員でしょう。コンラートが育てた騎士団の」


 コンラートは何も言わなかった。それからしばらく、言葉のない時間が流れた。


 「……次はない。絶対に」


 「次があっても、わたしは大丈夫。だって、守ってくれる人がいるから」


 コンラートの拳が震えた。


 「お前はいつもそうだ」


 「そう?」


 「人を信じすぎる。でも」


 「でも?」


 「信じていい。俺が守る。命に代えても」


 「命に代えないで。生きて守って。わたしの傍で」


 コンラートの目がセレスティアを見た。何かを言いかけた。飲み込んだ。


 「……分かった。生きて守る」


 「約束」


 「約束だ」


 コンラートが敬礼した。


 ◇


 アレクシスは、王としての体面も忘れたような速さで廊下を走ってきた。


 「セレスティア! 無事か!」


 「無事。陛下。走らないで。王が廊下を走ったら」


 「知るか。お前が無事かどうかの方が大事だ」


 アレクシスがセレスティアの手を取った。両手で。


 「怪我は」


 「ない。ヴォルフとカタリナが」


 「聞いた。二人には直接礼を言う。だが」


 アレクシスの手が震えていた。


 「陛下」


 「怖かった。報告を聞いた時。心臓が止まるかと思った」


 「止まってない。陛下も、わたしも。ここにいる」


 「ここにいる」


 アレクシスがセレスティアの手を握りしめた。


 「もう二度と、こんなことは起こさせない。グライナーには法で裁く。見せしめではなく、正しい手続きで。だが、確実に」


 「陛下。ありがとう」


 「礼は要らない。僕がすべきことだ。王として。そして」


 言葉が途切れた。


 「そして?」


 アレクシスが目を逸らした。耳が赤い。


 「何でもない。行こう。対策を立てなければ」


 手を離そうとした。だがセレスティアが離さなかった。


 「陛下。もう少しだけ」


 「もう少し」


 「手を握っていて。もう少しだけ」


 アレクシスの耳がさらに赤くなった。


 「……分かった」


 二人で廊下に立っていた。手を繋いだまま。朝の光が窓から差し込んでいる。アレクシスの手は温かかった。


 「行こう」


 「うん。行こう」


 手を繋いだまま歩き出した。


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