表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/124

父と娘の盟約

 ディートリヒの幽閉から二日が経った。


 屋敷の空気は奇妙に静かだった。嵐が過ぎ去った後の、妙に澄んだ静けさ。使用人たちは家宰の突然の「療養」に困惑していたが、ヘルマンの鉄面皮が全ての疑問を封じ込めていた。


 「ディートリヒ殿は体調を崩され、静養中です。当面の家政はヘルマンが代行いたします」


 それで十分だった。ヘルマンの言葉を疑う使用人はいない。


 だがセレスティアは知っていた。静けさの下で、水面下の動きが続いていることを。


 ◇


 三日目の朝。公爵がセレスティアを書斎に呼んだ。


 二度目の書斎への召喚。だが前回とは空気が違う。前回は緊迫と畏怖があった。今回は――何だろう。セレスティアにも読めなかった。


 書斎に入ると、公爵は窓際に立っていた。朝の光が銀髪を照らしている。碧い目が娘を見下ろした。


 「座れ」


 公爵が自分の椅子の向かいに、小さな椅子を用意していた。セレスティアの身体に合わせた高さの椅子。誰かに命じて運ばせたのだろう。


 セレスティアは椅子に座った。足が床に届かない。三歳の身体の現実。


 公爵も椅子に座った。机を挟んで向き合う。父と娘。公爵と三歳児。


 「ディートリヒの処分について話す」


 公爵の声は事務的だった。だがこの男が三歳の娘に「処分について話す」こと自体が、前世では考えられない出来事だ。


 「ディートリヒは幽閉する。殺さない。追放もしない」


 セレスティアは頷いた。予想通りだ。ディートリヒを殺せば、宰相に「公爵家が強硬手段に出た」と宣伝される。追放すれば、ディートリヒが宰相の元に走り、公爵家の情報を全て売り渡す。


 幽閉が最善だ。情報源として利用しつつ、外部との連絡を断つ。


 「わかりました」


 公爵の目が僅かに動いた。三歳の娘が政治的判断を理解している。もう驚きはしない。だが慣れてもいない。


 「理由を聞かないのか」


 「ディートリヒさまをころしたら、さいしょうさまにつかわれる。おいだしたら、さいしょうさまのところにいく。かくしておくのがいちばん」


 公爵は長い息を吐いた。


 「三歳児の発言ではないな」


 「……ごめんなさい」


 「謝る必要はない」


 公爵は机の上の書類に目を落とした。ディートリヒの尋問記録だ。ヘルマンが二日間かけて聞き取った内容が、びっしりと記されている。


 「ディートリヒは十五年間、宰相に情報を流していた。公爵家の財政状況、軍事力、人事、全てだ。更に三年前から、リリアーナへの毒の投与を実行していた」


 三年前。セレスティアが生まれた年だ。


 「おかあさまのどくは、わたしがうまれたとしから?」


 「そうだ。宰相がリリアーナを標的にしたのは、リリアーナが王家と繋がっているからだ。リリアーナの母――お前の祖母は王女だった。アルヴェイン家と王家の血の繋がりを、宰相は恐れている」


 セレスティアは知っていた。前世でも同じ構図だった。母方の血筋が政治的な価値を持ち、それゆえに狙われた。


 だが前世ではそれを知ったのは十五歳の時だ。全てが手遅れになった後で。


 今世では三歳で知った。まだ間に合う。


 「ディートリヒからは他にも情報を引き出した。宰相派の貴族の名前、公爵家に対する工作の一覧、金の流れ。これらは今後の対宰相戦略に使える」


 公爵の目が鋭くなった。政治家の目だ。


 「ディートリヒは賢い男だった。賢いがゆえに、自分が生き延びるためには情報を出す以外にないと理解した。尋問の二日目には、ほぼ全てを吐いた」


 「さいしょうさまは、ディートリヒさまがつかまったこと、しってる?」


 「まだ知らないだろう。ディートリヒの王都行きは三日の予定だった。帰還後の連絡が途絶えても、すぐには不審に思わない。だが一週間もすれば気づく」


 一週間。猶予はそれだけだ。


 「宰相が気づけば、次の手を打ってくる。新たな間者を送り込むか、あるいはもっと直接的な手段に出るか」


 公爵は書類を閉じ、セレスティアを見据えた。


 「セレスティア。お前に聞きたいことがある」


 「はい」


 「お前は、これから何が起きるか知っているのか」


 核心。


 セレスティアの心臓が跳ねた。父はもう遠回しな質問をしない。三歳の娘が異常な知識を持っていることを受け入れた上で、直接的に聞いてきた。


 どう答える。


 前世の記憶を全て明かすか。転生のことを話すか。


 否。それは危険だ。信じてもらえないかもしれない。信じてもらえたとしても、情報量が多すぎる。一度に全てを明かせば、父の判断を混乱させる。


 部分的な真実を。核だけを。


 「ぜんぶはしらない。でも……こわいゆめをみるの」


 「夢?」


 「おかあさまがしんじゃうゆめ。わたしがころされるゆめ。おにいさまたちが、ばらばらになるゆめ。こわいことがたくさんおきるゆめ」


 嘘ではない。フラッシュバックは夢の形で襲ってくる。前世の記憶は、三歳の脳にとっては悪夢と区別がつかない。


 「そのゆめで、ディートリヒさまがわるいひとだってわかった。おかあさまのおくすりがあぶないってわかった」


 公爵は沈黙した。


 予知夢。あるいは神託。この世界には魔力が存在する。聖魔力が覚醒した少女が予知的な夢を見ることは、理論上ありえなくはない。


 公爵はそう解釈するだろうとセレスティアは踏んでいた。転生の真実よりも、聖魔力に由来する予知夢の方が、この世界の常識の中で受け入れやすい。


 「夢で見たことは、全て正しかったのか」


 「いまのところは」


 「これから何が起きると、夢は言っている」


 セレスティアは慎重に言葉を選んだ。


 「さいしょうさまが、わたしたちをつぶそうとする。おとうさまのちからをうばおうとする。おかあさまをもっとくるしめようとする。おにいさまたちにも、わるいことがおきる」


 全て前世で起きたことだ。


 「だけど」


 セレスティアは父の碧い目を見つめた。


 「ゆめのとおりにならなくても、いいの。ゆめはゆめだから。わたしたちがかわれば、ゆめもかわる」


 公爵が目を見開いた。


 「……お前は」


 公爵は言葉を切った。何かを言いかけて、飲み込んだ。


 そして立ち上がり、窓に歩み寄った。朝の光が書斎に満ちている。


 「セレスティア。お前の夢が正しいなら、この家は宰相と戦わなければならない」


 「はい」


 「勝てると思うか」


 「おとうさまがいて、おにいさまたちがいて、ヘルマンおじさまがいて、マルガレーテがいて、ナターシャがいて、わたしがいる。まけない」


 公爵の背中が僅かに震えた。笑ったのだ。声は出さなかったが。


 「三歳の娘に戦力として数えられるのは、公爵として複雑だな」


 「わたしはよわい。ちいさい。でも、みえるものがある。それをみんなにつたえることはできる」


 公爵は振り返った。朝日を背にした銀髪の男の目に、決意が宿っていた。


 「いいだろう。お前の夢を信じよう。だが一つ条件がある」


 「なに?」


 「危険なことは私かヘルマンに任せろ。お前は子供だ。どれだけ賢くても、身体は三歳だ。無理をすれば壊れる」


 セレスティアの目に涙が浮かんだ。


 前世では誰もそんなことを言ってくれなかった。全てを一人で背負い、一人で走り、一人で潰れた。


 「……はい、おとうさま」


 公爵が手を差し伸べた。大きな手。剣を握り、政敵を打ち倒してきた手。だが今、その手は三歳の娘に差し伸べられている。


 セレスティアはその手を握った。小さな手が大きな手に包まれる。


 温かかった。


 ◇


 午後。公爵はヘルマンとフェリクスを書斎に集め、今後の方針を伝えた。


 セレスティアも同席を許された。小さな椅子に座り、大人たちの会議を聞いている。異様な光景だが、もう誰も疑問を挟まなかった。


 「ディートリヒの幽閉は継続する。外部への連絡は一切遮断。食事と最低限の生活は保障するが、訪問者は認めない」


 「はい、閣下」ヘルマンの声。


 「リリアーナの食事管理はマルガレーテとフェリクスが継続。毒の経路は全て塞いだが、油断はするな」


 「承知しました」フェリクスの声。


 「そして宰相への対策だ。ディートリヒの情報を元に、宰相派の動きを先読みする。ヘルマン、王都に信頼できる人間を送れ。情報収集だ」


 「ラインハルト殿に依頼します。元近衛騎士で、現在は王都で私塾を開いています。信用できます」


 公爵は頷いた。


 「最後に。聖魔力の件は引き続き最高機密だ。ディートリヒが宰相に何を報告したか正確には分からない。だが『令嬢に異常な覚醒があった』程度の情報は渡っている可能性がある。宰相が動く前に、備えなければならない」


 フェリクスが発言した。


 「セレスティアの魔力制御訓練を加速させる必要があります。制御できない力は武器にならない。むしろ弱点になります」


 「やる。おにいさま、おしえて」


 セレスティアの声に、フェリクスが微笑んだ。


 「もちろんだ。明日から毎日、朝と夕に訓練する」


 ヘルマンが静かに付け加えた。「お嬢様の外出時の護衛はヴォルフが引き続き担います」

 公爵は短く頷いた。「あの男に任せろ」

 「ヴォルフって、どんなひと?」セレスティアが聞いた。

 ヘルマンは少し間を置いた。「二十年前、閣下が路地裏で拾われた男です。それ以来ずっと、公爵家に仕えています」

 路地裏。セレスティアはその言葉を、胸の中でくり返した。


 会議が終わった。


 ヘルマンとフェリクスが退室した後、セレスティアは椅子から降りようとした。


 「セレスティア」


 公爵の声が引き留めた。


 「なに、おとうさま」


 「ディートリヒがお前を見て言ったそうだな。『最初からお嬢様でしたか』と」


 ヘルマンから聞いたのだろう。セレスティアは小さく頷いた。


 「あの男は最後まで聡明だった。だが聡明さは、正しい主に仕えてこそ意味がある」


 公爵はセレスティアの頭に手を置いた。重い手。だが優しい重さ。


 「お前は正しい側にいる。忘れるな」


 セレスティアは目を閉じた。父の手の温もりが頭から全身に染み渡っていく。


父の手が、離れなかった。


 三歳の目に涙が浮かんだ。だが今度は悲しみの涙ではない。


 「はい、おとうさま」


 窓の外で、鳥が鳴いていた。春の日差しが書斎を満たしている。


 公爵家の嵐は一つ過ぎた。だが次の嵐は、もう地平線に見えている。


 宰相ガルニエ。王都の権力者。その影がこの辺境にまで伸びてきている。


 だが今、彼女は一人ではない。父がいる。兄がいる。忠臣がいる。


 負けない。もう二度と、負けない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ