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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
断頭台の朝

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生きている朝

 目が覚めた。


 前世で処刑された日と同じ日付を越えた、翌朝。


 天井が見える。ラベンダーの匂い。柔らかい枕。温かい布団。窓から春の光が差し込んでいる。


 「……朝だ」


 体を起こした。立ち上がった。


 窓に向かった。カーテンを開けた。


 春の朝。庭に花が咲いている。空が青い。



 「お嬢様。おはようございます」


 ナターシャが入ってきた。そして、止まった。


 セレスティアが窓辺に立っていた。


 「お嬢様、立っている」


 「立ってる」


 「昨日は」


 「昨日は昨日。今日は今日」


 ナターシャの目が潤んだ。だがすぐに瞬きをして消した。


 「紅茶をお持ちします」


 「うん。蜂蜜入りで」


 「いつも通り」


 ナターシャが下がった。


 セレスティアは鏡の前に立った。


 「わたしは生きている」


 鏡の中の少女が微笑んだ。



 朝食を食堂で取った。


 家族が驚いた。昨日ベッドから出られなかった少女が食堂に現れた。


 「セレス。大丈夫なのか」


 エドヴァルトが立ち上がった。


 「大丈夫。もう大丈夫」


 「昨日は」


 「昨日は悪い日だった。でも今日はいい日」


 リリアーナがセレスティアの顔を見つめた。


 「目が違うわ」


 「違う?」


 「昨日の目じゃない。強い目」


 「強いかどうかは分からない。でも、怖くはない。今朝は」


 フェリクスが眼鏡の奥でセレスティアを観察した。


 「心拍は安定しているように見える。顔色もいい。昨日の発作は収まったな」


 「おにいさま。朝食中に診察しないで」


 「習慣だ」


 公爵がパンを取った。黙って。いつも通り。


 だがセレスティアの皿にバターを塗ったパンを一切れ置いた。


 無言。


 セレスティアはパンを食べた。


 おいしかった。


 昨日は味がしなかった紅茶が今朝は甘い。


 「おいしい」


 「それは何より」


 リリアーナが微笑んだ。



 午前。


 セレスティアは書斎に入った。


 机の引き出しを開けた。


 暗号帳。


 三歳の頃から書き続けた帳面。前世の記憶を暗号で記録したもの。人物の弱み。事件の時系列。宰相の手口。味方の配置。敵の動き。


 全て書いた。忘れないように。間違えないように。前世の悲劇を繰り返さないように。


 十二年分の暗号帳。ページは擦り切れ、インクは褪せ、表紙は手垢で変色している。


 セレスティアは帳面を手に取った。


 開いた。最初のページ。


 三歳の手で書いた文字。震えている。インクが滲んでいる。


 『宰相ヴィクトール・ド・ガルニエ。敵。最優先排除対象』


 ページをめくった。


 四歳。五歳。六歳。年を追うごとに字が安定していく。暗号が複雑になっていく。内容が具体的になっていく。


 十歳のページ。


 『摂政投票。工作計画。票読み。ロベルトの切り崩し方法』


 十二歳のページ。


 『裁判準備。証拠の整理。ヘルマン経由の内部文書確保』


 十四歳のページ。


 『最終弁論。宰相の弱点。イザベラとの対話記録』


 セレスティアは帳面を閉じた。


 暖炉に目を向けた。


 燃やすべきだろうか。前世の記憶の残滓を。恐怖の記録を。


 手が止まった。


 燃やせなかった。


 帳面を引き出しに戻した。鍵をかけた。



 午後。


 庭を歩いた。


 一人で。でも、遠くにヴォルフの気配がある。十二年間、変わらない影。


 花が咲いている。春の花。


 中庭の噴水の傍にアレクシスがいた。


 「セレスティア」


 「殿下。どうしてここに」


 「会いたかった。昨日、来られなくて」


 アレクシスの顔が緊張していた。


 「昨日はわたしが動けなかったから」


 「知ってる。ナターシャから聞いた。大丈夫か」


 「今日は大丈夫」


 「本当に?」


 「本当に」


 二人で噴水の縁に座った。


 水の音。春の風。


 しばらく無言だった。


 「セレスティア。昨日が何の日か、聞いていい」


 セレスティアの心臓が跳ねた。


 「ナターシャは知らないと言った。でも毎年、この日だけお前が壊れると」


 「壊れる」


 「壊れるという言い方は悪かった。すまない。でも、心配した」


 セレスティアは噴水の水面を見つめた。


 水が光を反射している。きらきらと。


 言うべきだろうか。


 「殿下」


 「うん」


 「いつか全部話す。わたしが何を覚えているか。なぜ三歳から戦ってきたか。全部」


 「いつか」


 「今はまだ。もう少しだけ時間がほしい」


 アレクシスは頷いた。


 「待つ。いつまでも」


 「ありがとう」


 「でも一つだけ聞いていい」


 「何を」


 「お前はもう、怖くないのか」


 セレスティアは考えた。


 怖くないか。


 嘘は言いたくない。


 「怖い。まだ、少し。来年もあの日は来る。たぶん、また震える」


 「なら来年のあの日は、俺が傍にいる」


 セレスティアがアレクシスを見た。


 「殿下」


 「うん」


 「あなたがいてくれてよかった」


 アレクシスの耳が赤くなった。


 「当然だ。婚約者だから」


 「婚約者じゃなくてもいてほしかった」


 アレクシスが目を逸らした。耳だけでなく、首まで赤い。


 セレスティアは笑った。



 夕方。


 部屋に戻ると枕元にラベンダーの花束があった。


 フリーデリケから。


 今月分の花束。たまたま今日届いた。昨日が処刑日で今日届いた。


 手紙が添えてあった。


 『セレスティアちゃんへ。いつものラベンダーです。特別な理由はないけど今月は多めに入れました。匂いが足りなかったら言ってね。フリーデリケ』


 ラベンダーの匂いを嗅いだ。


 甘い。紫色。フリーデリケの匂い。



 夜。


 ベッドに入った。


 目を閉じた。


 夢を見た。処刑の夢ではなかった。


 庭を歩いている夢だった。春の庭。花が咲いている。隣に誰かがいる。温かい。


 手を繋いでいた。


 歩いていた。


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