セレスティアと魔力改革
貴族院。
セレスティアは壇上に立った。
五十二名の議員を前に。改革のための壇上。
「議員の皆様。本日、国王陛下の承認を得て、法案を提出いたします」
議場が静まった。
セレスティアの声は三年前より低く、三年前より落ち着いていた。
「魔力教育平民開放法案。貴族のみが独占してきた魔力教育を、才能ある平民にも開放する法案です」
ざわめき。
「何だと」
「魔力教育を平民に?」
「馬鹿な。魔力は貴族の証だ!」
保守派の議員が立ち上がった。
「セレスティア嬢。魔力は貴族の血統に宿るものだ。平民に教育を施しても、意味がない」
「意味はあります。血統ではなく、才能に魔力は宿ります」
「血統と才能は同義だ!」
「違います。証人を呼びます」
セレスティアが傍聴席を見た。
ナターシャが立ち上がった。
平民の侍女。灰色の瞳。いつもの黒い服装。
「ナターシャ。壇上に」
ナターシャが壇上に歩いた。
議場がざわめいた。
「平民を壇上に上げるのか」
「何の権限で」
「議長。証人として許可を」
議長が頷いた。
「許可する。手短に」
ナターシャが壇上に立った。
「ナターシャ。職業を」
「アルヴェイン公爵家侍女。十二年間勤務。また、王宮情報局の協力員として、五年間活動しています」
議場が静まった。
「平民の侍女が情報局を」
「はい。情報の収集、分析、伝達。全てを担当しました。宰相裁判においても、証拠の整理と伝令の手配を行いました」
「魔力は」
「ありません。わたくしは平民です。魔力を持っていません」
「では、何の能力で」
「観察力。記憶力。判断力。全て、訓練で身につけました。魔力がなくても国に貢献できることの証明です」
ナターシャの声は静かだった。だが、議場に響いた。
「ですが、魔力教育とは別の話では」
セレスティアが続けた。
「ナターシャの例は、魔力がなくても貢献できるという証明です。逆に言えば、魔力があっても、教育を受けなければ宝の持ち腐れです」
「平民に魔力を持つ者がいると?」
「います。フェリクス・フォン・アルヴェインの調査報告を提出します」
書類が配布された。
フェリクスの調査。王国全土の魔力保有者の統計。
「魔力保有者の約一割五分が平民です。貴族の血統とは無関係に、魔力は発現します」
「一割五分」
「現在、この一割五分は教育を受けていません。魔力を制御できず、暴走事故を起こすこともあります。教育を受ければ事故は減り、国の魔力資源は一割五分増加します」
保守派の議員が反論した。
「魔力は貴族の証だ! 平民に魔力を教えれば、秩序が崩壊する!」
「秩序は、魔力で保たれているのではありません。法と制度で保たれています」
「貴族の権威が」
「権威は、魔力ではなく、責任で維持されるべきです。魔力を独占することで権威を保つなら、それは宰相が権力を独占したのと同じ構造です」
議場が静まった。
宰相の名前が出た。まだ記憶に新しい。
「独占は腐敗を生みます。宰相が三十年かけて証明しました。魔力教育の独占も、同じです」
ヴィオレッタが貴族席から頷いた。事前に打ち合わせた通り。
「議員の皆様。この法案を支持します」
ヴィオレッタが立ち上がった。
「モンテヴェルデ侯爵家は改革派として、この法案に賛成いたします。地方領主の方々にも利益のある法案です。魔力を持つ平民の農夫が領地の生産力を向上させる。具体的な数字は、すでにお手元にあります」
ホフマン子爵が頷いた。ヴィオレッタが事前に説得した中立派の一人。
「北部にも魔力を持つ平民がいる。教育を受ければ、領地に貢献できる。賛成だ」
一人、また一人と賛成の声が上がった。
ヴィオレッタが説得した中立派八名。イザベラが接触したブレーメン伯爵。コンラートが話を通したヴェーバー男爵。
アレクシスが王座から声を上げた。
「国王として、この法案を支持する」
議場が揺れた。
「採決を求めます」
セレスティアが言った。
議長が槌を打った。
「魔力教育平民開放法案。採決」
一人ずつ。投票。
賛成。賛成。反対。賛成。反対。賛成。
長い時間。セレスティアの心臓が鳴っていた。とくん。とくん。
「集計終了」
議長が結果を読み上げた。
「賛成——二十八。反対——二十一。棄権——三」
過半数。一票差。
「法案、可決」
槌が打たれた。
議場がどよめいた。
セレスティアの目から——涙がこぼれた。
一票差。ぎりぎり。でも——通った。
「通った」
ヴィオレッタが扇の向こうで微笑んでいた。
ナターシャが壇上の横で、わずかに頷いた。
アレクシスが王座で、拳を握っていた。
◇
法案が通った日の夜。
公爵邸。
セレスティアは書斎で紅茶を飲んでいた。
「通った。一票差で」
「はい。通りました」
ナターシャが隣にいた。
「ナターシャ。壇上で、緊張した?」
「少しだけ。でも、お嬢様が傍にいたので」
「わたしは何もしてない。ナターシャ自身の言葉で、議員を黙らせた」
「お嬢様に教わった言葉です。『事実を述べなさい』と」
「事実を述べた。それだけで十分」
ナターシャが微笑んだ。
「お嬢様。平民が、貴族院の壇上に立ちました。王国の歴史で初めてです」
「初めて」
「はい。わたくしのような農家の娘が、五十二人の議員の前で話しました。お嬢様のおかげです」
「ナターシャのおかげ」
「お嬢様。もう少し、自分を褒めてください」
「褒める?」
「はい。今日はお嬢様が、この国の歴史を変えた日です」
セレスティアは紅茶を見つめた。
蜂蜜入り。琥珀色。
「歴史を変えた」
「はい。魔力教育の開放。平民の壇上演説。全て、前例がない」
「でも、次の改革が待ってる。貴族院改革。死刑制度の廃止。地脈の回復。まだまだ」
「まだまだ、ですね。でも今夜は」
「今夜は?」
「紅茶を飲んで、寝てください。十分頑張りました」
セレスティアが笑った。
「ナターシャの台詞、いつも同じ」
「同じです。いつも通り」
紅茶を飲み干した。
甘かった。
「おやすみ、ナターシャ」
「おやすみなさい、お嬢様。良い夢を」
ベッドに入った。
枕元にフリーデリケから届いたラベンダーの小束。第一便。領地から。
匂いを嗅いだ。
紫の匂い。甘い匂い。フリーデリケの匂い。
「ありがとう。みんな」
呟いた。
目を閉じた。




