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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
断頭台の朝

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フリーデリケの選択

 手紙が届いた。


 フリーデリケからの手紙。


 セレスティアは朝食の席で封を切った。


 『セレスティアさまへ。


  お元気ですか。わたしは元気です。


  学園を卒業しました。

  成績は中の下でした。お勉強は苦手のままでした。ごめんなさい。


  でも、パンの成績は学年一位でした(パンに成績はないけど)。


  それで、お話があります。

  わたし、領地に帰ることにしました。


  お父様の領地で、ラベンダー畑を広げようと思うの。

  お父様にお手紙を書いたら、

  「ラベンダーの栽培を教えてあげましょう」って。


  セレスティアさまのお屋敷の庭で見たラベンダーが、

  ずっと忘れられなかったの。

  あの紫色。あの匂い。

  わたしの領地にも咲かせたい。


  わたしにはセレスティアさまみたいな力はないけど、

  花を育てることならできるから。

  パンを焼くことならできるから。


  王都を離れるのは寂しいです。

  石段で会えなくなるのは、すごく寂しい。


  でも——わたしも、わたしの場所で、わたしにできることをしたい。

  セレスティアさまが国を変えているように、

  わたしは畑を変える。小さいけど。


  毎月、ラベンダーを送ります。

  パンは焼きたてを届けるのは難しいけど、

  レシピを書いた手紙を送ります。

  マルガレーテさんに焼いてもらって。


  石段で待っていてね。

  わたしは遠くにいるけど、心はいつも石段にいます。


  追伸:蜂蜜くるみパンのレシピを同封します。

     くるみは一晩蜂蜜に漬けてから生地に混ぜてください。

     焼く前に蜂蜜を塗ると、表面がカリカリになります。


  フリーデリケより』


 セレスティアは手紙を読んで、しばらく動けなかった。


 フリーデリケが領地に帰る。


 石段からいなくなる。


 ◇


 「お嬢様?」


 ナターシャの声。


 「フリーデリケが行っちゃう」


 「手紙、」


 「読んで」


 ナターシャが手紙を読んだ。


 読み終わって、微笑んだ。


 「素敵な手紙ですね」


 「素敵。でも、寂しい」


 「寂しいですね。でも、フリーデリケさんらしい選択です」


 「らしい、」


 「はい。セレスティアさまのように国を変えるのではなく、自分の領地の畑を変える。小さいけれど、確かな変化」


 セレスティアの目が潤んだ。


 「フリーデリケは英雄じゃない。政治家でも騎士でも学者でもない。普通の女の子」


 「はい」


 「でも——わたしにとって、フリーデリケは特別。石段で待ってくれた人。何も聞かないで。パンを焼いて」


 「はい。お嬢様の日常を守ってくれた人です」


 セレスティアは手紙をもう一度読んだ。


 「毎月ラベンダーを送るって」


 「送ってくれるそうです」


 「レシピも」


 「マルガレーテに焼いてもらえますね」


 「マルガレーテのパンとフリーデリケのパンは違うけど」


 「違うでしょうね。でも、レシピは同じ。想いも同じ」


 セレスティアは手紙を胸に当てた。


 「返事を書く。今すぐ」


 ◇


 ペンを取った。便箋を広げた。


 『フリーデリケへ。


  卒業おめでとう。中の下でもいいよ。パンは学年一位でしょう? それで十分。


  領地に帰ること、寂しい。正直に言うね。すごく寂しい。


  石段で待ってくれるフリーデリケがいなくなるのは、わたしにとって、大きな穴が空くこと。


  でも、嬉しい。


  フリーデリケが自分の道を選んだことが。

  花を育てる道。パンを焼く道。それは、わたしの道と同じくらい大切な道。


  わたしが国を変えているように、フリーデリケが畑を変える。

  わたしの改革より、フリーデリケのラベンダー畑の方が、きっと美しい。


  毎月のラベンダー、待ってる。

  レシピも待ってる。マルガレーテに焼いてもらうね。


  石段はいつでもある。

  フリーデリケが帰ってきた時、わたしが待ってる番。

  パンを持って。蜂蜜入りの紅茶を持って。


  「おかえり」って言うね。


  わたしからの約束。


  セレスティアより


  追伸:レシピありがとう。くるみ、一晩漬けるの?

     ナターシャが「一晩は長い」と言ったけど、

     フリーデリケのレシピを信じます。

  追追伸:殿下じゃなくて陛下が、

      「フリーデリケのパンが食べられなくなるのは国家的損失だ」

      と言っていました。大げさだけど、同意します。』


 封をした。


 ◇


 一週間後。


 フリーデリケの送別会。石段で。


 セレスティア。アレクシス。コンラート。ナターシャ。そしてフリーデリケ。


 最後の石段の昼食。


 フリーデリケが大量のパンを焼いてきた。


 ラベンダー蜂蜜パン。チーズパン。蜂蜜くるみパン。チョコレートパン。全部で二十個。


 「食べきれないよ」


 「食べて! 全部食べて! 次にいつ焼けるか分からないから!」


 「来月には焼けるでしょう」


 「でも届けられないでしょう! 焼きたてが一番おいしいの!」


 フリーデリケの目が赤かった。泣きそうなのを堪えている。


 「フリーデリケ」


 「泣かないよ! 泣いたらパンが塩辛くなる」


 「パンにかからないから大丈夫」


 「かかる! 涙味のパンはまずいの!」


 アレクシスがパンを齧った。


 「おいしい。涙味じゃない。蜂蜜味だ」


 「でしょう!」


 「フリーデリケ。領地でも、このパンを焼いてくれ」


 「もちろん! 領地の人にも食べてもらうの。わたしのパンで、みんなを笑顔にする」


 「良い目標だ」


 「陛下。わたし、偉い人の役には立てないけど」


 「偉い人の役に立つ必要はない。お前のパンは、偉くない人も偉い人も、同じように笑顔にする。それが——一番すごいことだ」


 フリーデリケの目から——涙がこぼれた。


 「泣かないって言ったのに」


 「泣いていいよ」


 セレスティアがフリーデリケの肩を抱いた。


 「泣いていいの。今日は泣いていい日」


 フリーデリケが泣いた。セレスティアの肩で。


 「セレスちゃん。石段、寂しくなるね」


 「寂しくなる。でも、毎月手紙が届く。ラベンダーが届く。レシピが届く。フリーデリケは遠くにいるけど、石段にいるのと同じ」


 「同じ?」


 「同じよ。心が繋がっていれば」


 フリーデリケが泣きながら笑った。


 「セレスちゃん。かっこいいこと言うね」


 「かっこよくない。本当のことだよ」


 コンラートが黙ってパンを食べていた。目が赤い。


 ナターシャが紅茶を配っていた。蜂蜜入り。目はいつも通り。でも、注ぐ手が少しだけ震えていた。


 「フリーデリケ。行ってらっしゃい」


 セレスティアが言った。


 「行ってきます。また帰ってくるね」


 「帰ってきたら石段で待ってる」


 「約束」


 「約束」


 小指を出した。絡めた。


 フリーデリケが石段を降りていった。


 一段、一段。


 途中で振り返った。手を振った。大きく。


 「またね!」


 「またね」


 セレスティアも手を振った。


 フリーデリケの姿が石段の下に消えた。


 石段に五人分の空間が残った。


 一人分、空いた。


 でも——パンの匂いが残っていた。蜂蜜の甘い匂い。ラベンダーの花の匂い。


 「いい匂い」


 呟いた。


 「フリーデリケの匂い」


 ナターシャが静かに言った。


 「残りますね。匂いは」


 「残る。ずっと」


 石段に座ったまま、しばらく動かなかった。


 春の風が吹いた。


 花弁が一枚、風に乗って飛んできた。


 ラベンダーではない。桜の花弁。


 でも、フリーデリケが送ってくれるラベンダーが届く頃には、もう初夏になっている。


 「待ってるね、フリーデリケ」


 呟いた。


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