ヴィオレッタの活躍
モンテヴェルデ侯爵邸。
ヴィオレッタ・フォン・モンテヴェルデは父の書斎に座っていた。
十六歳。だが、この書斎の主人のように振る舞っている。
「お嬢様。貴族院の中立派十二名から、返書が届きました」
侍女が書簡の束を差し出した。
「ありがとう。下がって」
一枚ずつ読んだ。
中立派。宰相裁判で態度を決めかねていた議員たち。宰相が倒れた後も、改革派にも保守派にも与しない者たち。
ヴィオレッタはこの三ヶ月で、中立派十二名のうち八名を説得した。
手法は情報。
各議員の領地の状況。財政。家族の問題。後継者の悩み。ヴィオレッタは、全てを把握している。
モンテヴェルデ侯爵家の情報網。父が二十年かけて築いたもの。
「情報は武器よ。お父様が教えてくれた」
◇
ヴィオレッタの父、モンテヴェルデ侯爵は健在だ。
だが、宰相裁判での証言を機に、政治の表舞台から身を引きつつある。
「ヴィオレッタ。お前の時代だ」
父が言った。裁判の後。
「二十年前、わたしは宰相の圧力に屈した。証拠を握りつぶされ、沈黙を強いられた。——お前たちの世代が、わたしにできなかったことをやってくれ」
侯爵家の当主代理。十六歳で。
早すぎる。だが、ヴィオレッタは怖がらなかった。
◇
午後。貴族院。
ヴィオレッタは議員控室にいた。
扇を手にしている。母から譲られた翡翠の扇。政治の場での、彼女の武器。
「ホフマン子爵。お時間をいただけますか」
中立派の重鎮。五十代。北部の領主。
「モンテヴェルデ嬢。何用かね」
「改革法案について、ご意見を伺いたくて」
「改革法案か。魔力教育の平民開放か。わたしは中立だ」
「中立。ですが子爵の領地では、魔力を持つ平民の農夫が三名いると聞いています。彼らは正式な教育を受ければ、領地の農業生産を大幅に向上させられる。子爵にとっても利益のある法案です」
ホフマン子爵の目が細くなった。
「よく調べているな」
「情報は侯爵家の家業ですわ」
「モンテヴェルデの娘らしい。父親に似ている」
「父よりもうまくやるつもりです」
ヴィオレッタが扇を開いた。微笑んだ。
「子爵。改革に賛成していただければ、北部の農業振興予算を優先的に配分する提案をいたします。セレスティア嬢と、すでに話をつけています」
「話をつけている、と」
「はい。あとは子爵のお返事次第です」
ホフマン子爵が苦笑した。
「お前たちの世代は恐ろしいな。宰相よりもやり手だ」
「宰相は脅迫しましたわ。——わたくしたちは、取引をしているだけ。違いは、相手に利益があること」
「利益か。なるほど」
「お返事は三日以内にいただけると嬉しいですわ」
ヴィオレッタが控室を出た。
扇を閉じた。手が、少しだけ震えている。
◇
王都別邸。書斎。
セレスティアとヴィオレッタが向かい合って座っていた。
「ホフマン子爵、落ちたわ」
「落ちた。さすがヴィオレッタ」
「さすがじゃないわよ。あなたが農業予算の提案を用意してくれたから」
「予算はイザベラが計算してくれたの。わたしはただ、繋いだだけ」
「繋いだだけって。その『繋ぐ』がどれだけ難しいか」
ヴィオレッタが紅茶を飲んだ。蜂蜜入り。
「セレスティア。改革派の票読みを更新するわ。現時点で、賛成二十四。反対十八。中立十」
「二十四。過半数の二十七まで、あと三」
「三人。候補はいる。ブレーメン伯爵。ヴェーバー男爵。そしてランゲ伯爵」
「ブレーメン伯爵。元宰相派。イザベラが接触している」
「ヴェーバー男爵はコンラートの家の遠縁よ。コンラートから話を通せないかしら」
「コンラートに頼んでみる」
「ランゲ伯爵はわたくしが担当するわ。あの人は情報に弱い。知らないことを教えてあげれば、味方になる」
「ヴィオレッタ。あなたがいなかったら、貴族院の票を読めなかった」
「わたくしがいなくても、あなたは別の方法を見つけたでしょう」
「見つけたかもしれない。でも、あなたがいる方が早い」
「早いね。効率を褒められるのは嬉しいわ」
ヴィオレッタが扇で口元を隠した。
「セレスティア。わたくし、あなたの隣で戦えて嬉しいの」
「わたしも」
「あなたが何を抱えているかも、全ては分からない。でも——あなたの隣にいることは、わたくしの誇りよ」
セレスティアの胸が熱くなった。
「ヴィオレッタ」
「感動しないで。——まだ三票足りないのよ。感動は法案が通ってから」
「そうね。感動は後で」
二人で笑った。
◇
夕方。
ヴィオレッタが帰った後。
ナターシャが紅茶を持ってきた。
「お嬢様。ヴィオレッタ嬢は、頼もしいですね」
「頼もしい。本当に」
「環境を変えたのはお嬢様です」
「わたしだけじゃない。ヴィオレッタ自身の選択よ」
ナターシャが微笑んだ。
「お嬢様はいつも、他人の功績にしますね」
「事実だもの」
「事実でも、もう少し、自分を褒めてもいいと思います」
「自分を褒める」
「はい。今夜は、お菓子を食べてください。フェリクス様が差し入れを」
「おにいさまが?」
ナターシャが紙袋を差し出した。
焼き菓子。バターの香り。あの日、フェリクスが三時間かけて選んだ店のもの。
「おにいさまがまた三時間かけて選んだの」
「いえ。今回は三十分で選んだそうです。『前回のデータがあるから効率が上がった』と」
「おにいさまらしい」
クッキーを齧った。甘かった。
「あと三票」
呟いた。
紅茶を飲み干した。




