新政権の課題
戴冠から一週間。
若き国王アレクシス一世の治世が始まった。
だが、始まった瞬間から、課題が山のように積み上がった。
◇
王宮。執務室。
テーブルの上に五つの書類の山。
セレスティア、イザベラ、ヘルマン、そして摂政ライナルトがテーブルを囲んでいた。
アレクシスは王座に座っている。だが、王座よりもテーブルに近い椅子に座り直した。
「遠いと話が聞こえない。こっちの方がいい」
「陛下。王の威厳というものが」
ヘルマンが苦笑した。
「威厳より効率だ。始めよう」
ライナルトが口を開いた。
「五つの課題を整理する。優先順位をつけなければならない」
第一。宰相派残党の処理。
「マティアスは処刑されたが、末端は残っている。地方の役人。徴税官。兵站の管理者。彼らを全て排除すれば行政が止まる。かといって放置すれば、いつまた反旗を翻すか」
イザベラが答えた。
「分類します。忠誠心で動いていた者と、恐怖で動いていた者と、利益で動いていた者。忠誠心の者は排除。恐怖の者は説得。利益の者は取引」
「取引」
「お父様のやり方です。でも、法の枠組みの中で。不正は許さない。だが能力は活用する」
アレクシスが頷いた。
第二。地方分権の要求。
「宰相の中央集権体制が崩れた今、地方領主が自治権の拡大を求めています。特に北東部と南部。反乱の影響で、中央への不信感が強い」
ヘルマンが説明した。
「全てを拒否するわけにはいかない。かといって、分権が進みすぎれば国がバラバラになる」
セレスティアが言った。
「均衡が必要。中央が握るべきものと、地方に委ねるべきものを、明確に線引きする。軍と外交は中央。税と行政の一部は地方に裁量を」
第三。南方の将軍アルマンドの脅威。
「リディアの不可侵条約で三カ国との関係は安定しました。ですが、アルマンド本人は条約に拘束されません。彼は独立した軍閥です」
ニコラスの報告をヘルマンが読み上げた。
「アルマンドは内乱を注視していました。内乱が短期で鎮圧されたことで、北方王国の軍事力を見直している。当面は動かないでしょうが、長期的には脅威のままです」
第四。貴族制度の改革要求。
「平民からの声が大きくなっています。宰相裁判の傍聴を通じて、貴族の腐敗が広く知られた。『貴族だけが国を動かすのはおかしい』という声」
ライナルトが重い顔をした。
「公爵の立場で言うのも矛盾だが、この声は正当だ。だが、急激な改革は混乱を生む」
第五。魔力衰退問題。
「フェリクスの研究が進んでいます。地脈の衰退。このままでは、数十年後に魔力が消滅する」
セレスティアが言った。
「この問題は貴族制度の根幹に関わります。貴族の権威は魔力に基づいている。魔力が消えれば、貴族の存在意義が問われる」
テーブルが沈黙した。
五つの課題。どれも、一朝一夕には解決しない。
アレクシスが口を開いた。
「全部を一度にはできない。順番にやろう」
「陛下——。重い」
「セレスティアがいつも言っている。一つずつ。順番に。それでいい」
セレスティアが微笑んだ。
「陛下。わたしの口癖を覚えたのね」
「毎日聞いていれば覚える」
「まず何から」
「行政の安定化が先だ。国が動かなければ、何も始まらない。イザベラ、頼む」
「承知しました。陛下」
「次に魔力の問題。フェリクスに研究を加速させる。予算をつける」
「フェリクスは喜びますね。予算、予算とうるさかったですから」
「三番目に貴族制度の改革。これはセレスティア」
「わたし」
「お前が一番、この問題を考えている。任せる」
「陛下——。重い」
「重い。——だから、お前に任せる。重いものを持てる人間に」
セレスティアは目を閉じた。一瞬。
そして開いた。
「分かった。やる」
「南方と地方分権は摂政殿と俺で。ニコラスとリディアの力を借りて」
ライナルトが頷いた。
「分担ですな。陛下は、父上の遺言を守っている」
「一人でやるな、と言われたからな。一人では、やらない」
◇
会議が終わった後。
セレスティアとアレクシスが二人で廊下を歩いた。
「陛下」
「二人の時はアレクシスでいいと言っただろう」
「……アレクシス」
「何だ」
「立派だった。会議」
「立派? 何もしていない。お前たちに任せただけだ」
「任せることが一番難しいのよ。宰相は任せられなかった。全部自分でやろうとした。だから歪んだ」
アレクシスが足を止めた。
「そうか。任せることが」
「そう。信じて、任せる。それが、あなたの強さ」
アレクシスの耳が赤い。
「セレスティア」
「なに」
「お前に任せてよかった。全部」
「全部は任せないで。わたしだって、一人では無理だもの」
「じゃあ一緒に」
「うん。一緒に」
廊下の窓から春の光が差し込んでいた。
◇
その夜。王都別邸。
セレスティアは書斎で書類を読んでいた。
貴族制度改革の先行研究。過去の改革事例。他国の制度比較。フェリクスが集めてくれた資料。
「お嬢様。もう夜中ですよ」
ナターシャの声。
「もう少しだけ」
「ダメです。明日も仕事があります」
「あと一枚」
「一枚読んだら寝てください。紅茶を淹れます。最後の一杯」
「蜂蜜多めで」
「はい。多めに」
紅茶を飲んだ。甘かった。
書類を閉じた。
「ナターシャ。大きなことをしようとしている」
「はい」
「貴族制度を変える。この国の根幹を」
「はい」
「怖い——」
ナターシャが微笑んだ。
「お嬢様。怖くない大きな仕事はありません。怖くて当然です」
「当然」
「でもお嬢様は、今更、怖いくらいで止まりません」
「止まらない」
「はい。いつも通り」
セレスティアが笑った。
「ナターシャ。ありがとう」
「おやすみなさい、お嬢様」
「おやすみ」
ベッドに入った。
枕元にラベンダーの小袋。フリーデリケの手紙。アネリーゼの手紙。
目を閉じた。




