反乱鎮圧
包囲十二日目。
城塞内の食料が尽きかけていた。
投降者は合計で百八十名。毎日、数名ずつ城門から出てくる。
残りは約五百二十名。マティアスの側近と、逃げられない者たち。
そしてルシアン。
◇
ニコラスからの最終報告。
『城塞内の協力者からの情報。
マティアスが暴発する兆候あり。
「城塞から打って出る」と側近に宣言。
食料が三日分を切り、投降者が増え、士気が崩壊している。
マティアスは追い詰められている。
注意:ルシアン殿下を盾にする可能性あり。』
エドヴァルトはこの報告を読んで、目を閉じた。
「ルシアンを盾に」
「はい。マティアスは自分の命を最優先にする男です。ルシアン殿下を人質にして、逃亡を図る可能性があります」
アルベルトが言った。
「逃がさない。だが、ルシアンを傷つけずに」
「難しい判断です」
「難しくてもやる。妹との約束だ」
コンラートが天幕に入ってきた。
「エドヴァルト殿。俺に任せてくれ」
「何を」
「ルシアン殿下の確保。俺が、城塞の中に入る」
エドヴァルトがコンラートを見た。
「城塞に単独で?」
「単独じゃない。投降者の中に城塞の裏門の鍵を持っている者がいる。裏門から少数で侵入して、ルシアン殿下の部屋を直接確保する」
「何人で」
「五人。俺と、選抜した四人で」
「危険だ」
「正面から攻めればルシアン殿下が危ない。裏から入って、マティアスが気づく前に殿下を確保する。それが最善です」
エドヴァルトはしばらく黙った。
「分かった。任せる。ただし」
「ただし?」
「生きて帰れ。死んだら、俺が妹に何て説明すればいいか分からん」
コンラートが笑った。
「死にません。帰る約束が、まだありますから」
◇
深夜。
城塞の裏手。山側の細い道。
コンラートは五人で裏門に近づいた。月のない夜。闇が味方だった。
裏門の鍵を静かに開けた。
錆びた金属の音。小さい。聞こえない距離。
門を抜けた。城塞の内部。狭い通路。石壁。蝋燭の明かりが遠くで揺れている。
「ルシアン殿下の部屋は三階。東の塔」
投降者から得た情報。
通路を音を殺して進んだ。
一階。見張りがいた。だが眠っていた。食料不足で、見張りも疲弊している。
二階。誰もいない。
三階。東の塔。扉の前に、見張りが一人。
コンラートが近づいた。
背後から。無音で。
見張りの首に腕を回した。
「声を出すな」
低い声。見張りの体が硬直した。
「投降すれば命は助かる。治療もしてもらえる。知っているな」
見張りが頷いた。
「鍵を」
見張りが震える手で鍵を差し出した。
コンラートは見張りを拘束して、仲間に預けた。
鍵を開けた。
部屋に入った。
◇
暗い部屋だった。
窓が高い位置にある。月明かりがわずかに差し込んでいる。
ベッドの上に少年が座っていた。
十七歳。痩せている。目の下に隈がある。食事を十分に取っていない。
だが目は開いていた。
「誰」
「コンラート・フォン・ヴァイスハウプト。王太子アレクシス殿下の側近」
「アレクシス殿下の」
ルシアンの目が揺れた。
「迎えに来た。アレクシス殿下の命で」
「迎え」
「帰ろう、ルシアン殿下。アレクシス殿下が待っている」
ルシアンの目に涙が浮かんだ。
「帰れるの。僕は、反乱軍に」
「帰れる。殿下が命じた。『ルシアンを連れて帰れ』と」
ルシアンの唇が震えた。
「アレクシス殿下の手紙、読んだ」
「何と書いてあった」
「——『お前は必要だ。家族として。帰ってこい』って」
コンラートは手を差し出した。
「行こう。時間がない」
ルシアンがコンラートの手を取った。
痩せた手。十七歳の少年の手。
冷たかった。
◇
城塞を出る途中、異変が起きた。
角笛が鳴った。城塞内の警報。
「気づかれた」
コンラートが走った。ルシアンの手を引いて。
通路を駆け抜けた。二階。一階。裏門へ。
裏門の前に人影。
マティアス。
剣を持って立っていた。
「逃がさないよ」
マティアスの目が狂気を帯びていた。
追い詰められた男の目。全てを失った男の目。宰相に切り捨てられ、反乱も失敗し、最後の切り札であるルシアンを奪われようとしている。
「ルシアン殿下を渡せ。あの子は正統な王位継承者だ」
「正統でも何でもない。お前が利用しているだけだ」
コンラートが剣を抜いた。
「マティアス。投降しろ。まだ間に合う」
「間に合う? 何に間に合うんだ。宰相閣下は倒された。わたしの地位も名誉も全て奪われた。何が間に合う」
「命が。お前の命が、まだある」
マティアスが笑った。乾いた笑い。
「命。命だけあって何になる。殺してやる。お前を殺して、ルシアンを連れて」
マティアスが斬りかかった。
コンラートが受けた。剣と剣が火花を散らした。
狭い通路。足場が悪い。マティアスの剣は荒いが、力がある。追い詰められた人間の力。
二合。三合。四合。
コンラートの目が冷たくなった。
「マティアス。お前は、もう終わりだ」
五合目。コンラートの剣が、マティアスの剣を弾いた。
マティアスの剣が床に落ちた。
コンラートの剣先がマティアスの喉元に。
「投降しろ」
マティアスが膝をついた。
「殺せ。どうせ死刑だ。ここで殺してくれ」
「殺さない。——俺は、守るために剣を振る。殺すためじゃない」
コンラートがマティアスの腕を取った。拘束した。
ルシアンが後ろで震えていた。
「大丈夫か、ルシアン殿下」
「大丈夫。でも、マティアスが」
「もう危険はない。帰ろう」
裏門を出た。
外にはエドヴァルトの部隊が待っていた。
「コンラート」
「任務完了。ルシアン殿下を保護。マティアスを捕縛」
エドヴァルトがコンラートの肩を叩いた。
「よくやった」
「ありがとうございます」
◇
翌朝。
城塞の残党が投降した。
マティアスの捕縛と、ルシアンの保護が伝わり、戦う理由がなくなった。
五百二十名。全員が降伏。
反乱は十三日で鎮圧された。
◇
マティアスの裁判は一週間後に行われた。
王都。貴族院。
罪状。反乱罪。王子誘拐罪。武装蜂起の扇動罪。
判決、死刑。
セレスティアは傍聴席にいた。
「死刑」
呟いた。
「死刑反対の意見は」
ヘルマンが横で言った。
「出しました。でも、貴族院は認めなかった」
「殺しても何も解決しない」
「お嬢様のおっしゃることは正しい。ですが反乱罪の死刑は、王国法の定めです。今の法律では変えられません」
「今の法律では」
セレスティアの目が遠くを見た。
「法律を変えなければ。処刑という制度そのものを」
「それは大きな改革です」
「大きい。でも、いつか。必ず」
マティアスの死刑は三日後に執行された。
セレスティアは見に行かなかった。
その日。書斎で。手帳に一行だけ書いた。
『死刑制度を——変える。いつか、必ず。人を殺さない国を作る。』
ペンを置いた。
重かった。
「お嬢様」
ナターシャが来た。
「ルシアン殿下が王宮に戻りました。アレクシス殿下が出迎えたそうです」
「ルシアンは」
「泣いていたそうです。殿下の胸で」
セレスティアの目が潤んだ。
「よかった」
「全員を救えたわけじゃない」
「はい。でも、救えた人がいます」
「救えた人」
「ルシアン殿下。投降した傭兵たち。アネリーゼさまが治療した負傷者たち。全員、お嬢様が救った人です」
「わたしが」
「はい。お嬢様が、仲間を動かして。一人では救えなかった人を、仲間の力で救いました」
セレスティアは紅茶を飲んだ。
甘かった。
「ナターシャ。今日は早く寝る」
「はい。おやすみなさい、お嬢様」
「おやすみ」
目を閉じた。
ラベンダーの匂い。




