表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

243/300

アネリーゼの奇跡

 ブラウンヴァルト城塞。包囲七日目。


 負傷者が増えていた。


 城塞からの散発的な矢の攻撃。夜間の奇襲。小規模だが、確実に王国軍を削っている。


 野戦病院は天幕三張り。足りない。


 軍医が二人。治癒師が一人。圧倒的に足りない。


 「治癒師の増援を要請したが、王都からは来ない。人手が足りないと」


 エドヴァルトが苛立ちを隠さなかった。


 「負傷者は四十二名。うち重傷が七名。軍医二人では手が回らない」


 「神殿に要請は」


 「した。だが、返答に三日かかると」


 コンラートが天幕の外で立っていた。


 「エドヴァルト殿。神殿の治癒師が来ます」


 「来る? 返答に三日と」


 「正式な派遣ではありません。個人の志願です」


 「個人?」


 天幕の入口に——白い衣の少女が立っていた。


 金色の髪。翠の瞳。光を纏ったような存在感。


 「アネリーゼ。神殿治癒師として参りました」


 エドヴァルトが目を見開いた。


 「アネリーゼ殿。お前、なぜここに」


 「負傷者がいると聞きました。わたくしの光魔力は、治癒に特化しています。お役に立てます」


 「だが、戦場だぞ。危険だ」


 「危険は承知しています。でも、傷ついた人を放っておけません」


 アネリーゼの目が真っ直ぐだった。


 エドヴァルトはしばらく見つめて、頷いた。


 「分かった。だが、護衛をつける。絶対に前線には出るな」


 「はい。ありがとうございます」


 ◇


 アネリーゼは重傷者の天幕に入った。


 七名。うち三名が意識がない。


 一人目。腹に矢を受けた兵士。傷口は塞がれたが、感染が進んでいる。


 アネリーゼが手を翳した。


 光が手から溢れた。


 温かい光。金色の光。天幕の中が、一瞬、明るくなった。


 兵士の顔色が変わった。灰色だった肌に血色が戻った。


 「熱が下がっていく」


 軍医が目を見開いた。


 「信じられない——。感染が治癒している」


 二人目。三人目。四人目。次々と。


 重傷者七名全員に光を注いだ。


 天幕を出た時、アネリーゼの額に汗が浮いていた。顔色が少し青い。


 「大丈夫か」


 コンラートが声をかけた。


 「大丈夫です。少し疲れただけ」


 「無理をするな。お前が倒れたら」


 「倒れません。まだ、軽傷者が三十五名います」


 「三十五名を全員やるつもりか」


 「はい」


 「休め。明日でもいい」


 「明日まで待てない人もいます。感染が進めば、手遅れになります」


 アネリーゼは軽傷者の天幕に向かった。


 コンラートは止められなかった。


 「止められないな」


 呟いた。


 ◇


 軽傷者の天幕。


 三十五名。全員に、光を注いだ。


 一人ずつ。丁寧に。手を取って。傷に触れて。


 「痛くないですか」


 「大丈夫です。温かい」


 「よかった。もう少しだけ」


 兵士たちがアネリーゼを見つめていた。


 白い衣。金色の髪。温かい光。


 「聖女——」


 誰かが呟いた。


 「聖女さまだ」


 その言葉が天幕の中に広がった。


 アネリーゼは立ち止まった。


 「わたくしは聖女ではありません」


 声は穏やかだが、強かった。


 「ただの治癒師です。特別な人間ではありません。手を翳せば光が出る。それだけです」


 兵士たちが黙った。


 「聖女という言葉は重すぎます。わたくしは、ただ傷ついた人を治したいだけです。敵も味方も関係なく」


 「敵も?」


 一人の兵士が聞いた。


 「はい。傷ついた人に敵も味方もありません。命は同じです」


 ◇


 翌日。


 城塞からの投降者があった。


 五名。傭兵。怪我をしている者もいた。


 エドヴァルトが尋問した。


 「なぜ投降した」


 「城塞の中はひどい。食料が減っている。怪我人の手当てもろくにできない。マティアスは自分の護衛にしか食料を回さない」


 「ルシアン殿下は」


 「殿下は部屋に閉じ込められている。マティアスが『安全のため』と言って。でも、実質的に監禁だ」


 「監禁」


 「殿下は手紙を受け取った。王太子殿下からの。あの手紙を読んでから——殿下の態度が変わった。マティアスと口を利かなくなった」


 「投降者に怪我人はいるか」


 エドヴァルトが聞いた。


 「二名。切り傷と打撲」


 「アネリーゼ。治療を頼む」


 アネリーゼが投降者の元に行った。


 傭兵たちが怯えた目で見た。


 「敵の治癒師が俺たちを治すのか」


 「敵ではありません。あなたたちは投降した。もう敵ではない」


 アネリーゼが手を翳した。光が傷を癒した。


 傭兵の目が潤んだ。


 「こんな。俺たちは反乱軍なのに」


 「傷は傷です。治すのが、わたくしの仕事です」


 投降者たちの中に動揺が広がった。


 王国軍は投降者を殺さない。傷も治す。食事も与える。


 この情報が城塞の中に伝わった。


 投降者が増え始めた。


 ◇


 王都。


 セレスティアはアネリーゼの報告を読んだ。


 「アネリーゼが戦場で治癒を。敵味方問わず」


 「はい。投降者への治療が、城塞内の士気を削いでいます。『投降すれば命は助かる。傷も治してもらえる』と」


 「アネリーゼの光が剣より効果的に、反乱軍を崩している」


 ナターシャが微笑んだ。


 「アネリーゼさまらしいですね」


 「うん。あの子は、いつもそう。敵も味方も関係なく、傷ついた人を助ける」


 「聖女と呼ばれ始めているそうです」


 「アネリーゼは嫌がるだろうね」


 「嫌がっているそうです。『ただの治癒師です』と」


 セレスティアが笑った。


 「アネリーゼ。——あなたも、世界を書き換えてるのよ」


 小さく呟いた。


 「お嬢様。全員が、お嬢様の仲間です」


 「仲間。わたしの仲間」


 「はい。お嬢様が、一人ずつ、手を取ってきた仲間です」


 セレスティアの目が潤んだ。


 「泣かないよ。まだ終わってないから」


 「はい。まだ終わっていません」


 ナターシャが紅茶を差し出した。


 蜂蜜入り。


 「飲んでから、次の仕事を」


 「うん。飲んでから」


 甘かった。いつも通り。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ