コンラートの初陣
角笛が鳴った。
コンラートは馬の腹を蹴った。右翼先鋒、三十騎。
風が切れた。冬の終わりの冷たい風。鎧が鳴る。剣が腰で揺れる。
正面に反乱軍の右側面が見えた。
傭兵の隊列。装備はまちまち。盾を構えている者。槍を握っている者。目が怯えている者。
「突撃」
声が出た。自分の声。思ったより低い声だった。
三十騎が突っ込んだ。
◇
最初の一撃。
コンラートの剣が敵の盾を叩いた。
重い手応え。盾が弾かれた。敵の傭兵が体勢を崩した。
二撃目。剣を横に薙いだ。
当たった。
血が飛んだ。
温かかった。
頭が真っ白になった。
一瞬。だが、致命的な一瞬。
横から槍が来た。
避けた。間一髪。馬が嘶いた。
「コンラート殿、前方!」
アルベルトの声。
正面に敵が三人。槍を構えている。
体が動いた。訓練通り。馬を右に寄せて、左側面から斬り込む。
一人目の槍を弾いた。二人目の胴を打った。三人目は馬の体当たりで倒した。
倒れた敵が地面でうめいた。
「ぐ——、う——」
声がした。
人の声。痛みの声。
コンラートの手が震えた。
◇
戦闘は二時間で決着がついた。
反乱軍の前衛八百は王国軍の突撃で崩れた。
正面の王宮騎士団が中央を押し、右翼のエドヴァルト隊が側面を叩いた。コンラートの先鋒三十騎が敵の右側面を突破し、後方を脅かした。
反乱軍は退却した。城塞に。
八百のうち三百が城塞に逃げ込んだ。残り五百は投降か、離散。
王国軍の損害は軽微。死者三名。負傷者二十八名。
反乱軍の死者、四十七名。負傷者百名以上。
「勝ちました」
アルベルトが言った。
「ああ」
エドヴァルトが馬を降りた。
「だが、城塞にはまだ七百が籠もっている。マティアスとルシアン殿下が中にいる」
「攻城は」
「今日はしない。包囲する。補給を断つ。城塞の食料は二週間と聞いている。待てば、向こうから出てくる」
「了解しました」
◇
戦闘の後。
コンラートは陣の裏手の林に入った。
一人で。
木の幹に手をついた。
吐いた。
何度も。何度も。胃が空になるまで。
「ぐ、う」
血の匂いがまだ鼻の奥に残っている。
温かかった。人の血は、温かかった。
訓練では藁人形を斬った。木の棒を折った。的を射た。
だが、人は違う。
声が出る。血が出る。目がある。恐怖の目が。
あの傭兵の目。怯えた目。俺が斬った男の目。
「騎士になりたかった」
声がかすれていた。
「セレスティアの笑顔を守るために」
エドヴァルトの言葉が蘇った。
「戦場は、守るために殺す場所だ。矛盾している。だがそれが現実だ」
現実。これが現実。
膝が笑った。力が入らない。
木の根元に座り込んだ。
◇
しばらくして足音がした。
重い足音。鎧の音。
エドヴァルトだった。
「ここにいたか」
コンラートは顔を上げた。
「エドヴァルト殿」
「吐いたか」
「はい」
「そうか。俺も初陣の時は吐いた。三回」
「三回」
「お前は何回だ」
「数えてません」
エドヴァルトが隣に座った。鎧のまま。木の根元に。
「吐けるのはまだ人間の証だ」
「公爵のお言葉ですか」
「ああ。父上の受け売りだ」
二人で林の中に座っていた。
冬の終わりの夕暮れ。木々の間からオレンジ色の光が差し込んでいる。
「コンラート。今日、お前は何人斬った」
「三人。致命傷は与えていないと思います。多分」
「三人。覚えているか。顔を」
「覚えています。一人目は赤い髭の男。二人目は若い男。俺と同じくらいの。三人目は」
声が詰まった。
「三人目は目が怯えていました。戦いたくなかったんだと思います」
「傭兵は金で雇われた人間だ。信念があるわけじゃない。生きるために、剣を持った」
「生きるために。俺が斬ったのはそういう人だった」
「ああ。戦場というのは、そういう場所だ」
コンラートの目から——涙が流れた。
泣いているのが自分でも分からなかった。涙が勝手に出た。
「泣くなと言いたいが」
エドヴァルトの声が穏やかだった。
「泣け。今のうちに。明日からは、泣く暇がない」
「はい」
「お前の初陣は合格だ。先鋒として、十分に機能した。突破も早かったし、判断も正しかった」
「合格」
「ただしもう少し自分の安全を考えろ。一瞬、横からの槍に反応が遅れただろう。あれは血を見て固まったな」
「はい。最初の一撃の後、頭が真っ白になって」
「二度目はない。次は、血を見ても動ける。体が覚えるから」
「覚えたくない」
「覚えたくなくても体が覚える。それが騎士だ」
コンラートは拳を握った。
「俺は人を守るために騎士になった」
「ああ」
「人を殺すためにではない」
「ああ」
「でも、守るために、殺さなければならなかった」
「ああ」
「この矛盾がずっと続くのか」
「続く。一生」
エドヴァルトが立ち上がった。
「だが、矛盾を背負えるのが騎士だ。矛盾を感じなくなったら——ただの人殺しだ」
手を差し出した。
コンラートはその手を取った。
立ち上がった。
「セレスティアには言わないでくれ」
「何を」
「泣いたことを」
「言わん。だが、あいつは鋭いからな。黙っていても気づく」
「分かっています」
「気づいた時、あいつは何も言わない。ただ隣にいる。それがあいつのやり方だ」
「知っています」
コンラートが空を見た。
夕暮れの空。オレンジと紫。
「同じ空」
「何?」
「セレスティアもこの空を見ているかな、と」
「見ているだろう。あいつは、空をよく見る子だ」
エドヴァルトが歩き出した。陣に向かって。
コンラートが後に続いた。
足はまだ少し震えていた。
でも、歩けた。
◇
王都。同時刻。
セレスティアは窓から空を見ていた。
夕暮れ。オレンジと紫。
「おにいさま。コンラート」
呟いた。
「同じ空」
ナターシャが横に立った。
「お嬢様。戦場の報告が来ました」
「何て」
「野戦は勝利。反乱軍を城塞に押し込みました。エドヴァルト様、コンラート殿、無事です」
セレスティアの肩から力が抜けた。
「無事」
「はい。無事です」
「よかった」
目が潤んだ。
「お嬢様。泣かなくていいですよ。まだ終わっていませんから」
「泣いてない。目が痒いだけ」
「お嬢様の口癖ですね」
「ナターシャの真似」
二人で笑った。
「ニコラスからは」
「潜入工作、進行中。明日には、ルシアン殿下に手紙が届く手はずです」
「明日」
「はい。アレクシス殿下の手紙が、ルシアン殿下に届きます」
「ナターシャ。紅茶を」
「はい。蜂蜜入り」
「多めに」
「はい。多めに」
甘い紅茶を飲んだ。




