表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

235/270

勝利の代償

 宰相が倒れて一ヶ月。


 王国は壊れ始めていた。


 ◇


 朝。王都別邸の書斎。


 ヘルマンが分厚い書類の束を机に置いた。三つの束。それぞれに付箋が貼られている。赤。黄。青。


 「お嬢様。状況は悪化しています」


 「悪化、」


 「はい。赤は緊急。黄は要注意。青は経過観察」


 セレスティアは赤の束を手に取った。


 一枚目。地方税収報告。


 「北東部三領の税収が先月比で四割減。南部は二割減。西部だけが横ばい」


 「原因は」


 「宰相が三十年間構築した徴税機構が機能しなくなりました。宰相派の官僚がサボタージュしています。表向きは『手続きの混乱』と言っていますが」


 「わざと止めている」


 「はい。宰相を倒した公爵家への無言の報復です」


 二枚目。軍の兵站報告。


 「南方国境の駐留軍への補給が遅延しています。食料は二週間分しかありません」


 「二週間、」


 「平時なら問題ありませんが、アルマンド将軍が国境付近に兵を集結させているという報告があります」


 セレスティアの目が鋭くなった。


 「宰相の外交が抑止力になっていた。その抑止力が消えた」


 「はい。宰相はアルマンドとの間に、非公式の密約を結んでいました。その密約の詳細は宰相本人しか知りません」


 三枚目。貴族院の動向。


 「宰相派残党十五名が『暫定統治委員会』の設立を要求しています。要するに、宰相の代わりに、自分たちが権力を握りたい」


 「暫定統治委員会。認めるわけにはいかない」


 「はい。ですが彼らには地方の行政権限があります。税の徴収。物資の配分。役人の人事。全て、宰相が彼らに委ねた権限です」


 セレスティアは椅子の背に体を預けた。


 窓の外を見た。冬の終わり。まだ寒い。


 「壊しただけだった——」


 「お嬢様」


 「宰相を倒すことに十一年かけた。でも、倒した後のことを、十分に考えていなかった」


 ヘルマンは黙った。


 「違う。考えてはいた。でも甘かった。三十年の仕組みは、一ヶ月では置き換えられない」


 「……はい。お嬢様のおっしゃる通りです」


 「ヘルマン。率直に聞くよ。このままだと、どうなる」


 ヘルマンが一瞬、目を伏せた。


 「三ヶ月以内に国が立ち行かなくなります。税収が回復しなければ、軍への給金が払えない。軍が動けなければ、南方を抑えられない。南方が動けば——内戦か、侵略か」


 「三ヶ月」


 「宰相は三十年かけて、この国の全てを自分一人で動かす仕組みを作りました。その仕組みの中心を取り除いた。当然、全てが止まります」


 セレスティアは手帳を開いた。エドヴァルトにもらった革の手帳。


 『残りの歯車。一、マティアス。二、ルシアン。三、アルマンド。四、行政改革。』


 四番目が最も大きな問題だった。


 「ヘルマン。イザベラを呼んで」


 「イザベラ嬢を」


 「行政機構ならイザベラが一番知っている。宰相の娘だから」


 ◇


 三十分後。


 イザベラが書斎に来た。


 「呼んだ?」


 「座って。相談がある」


 イザベラが椅子に座った。書類の束を見て目を細めた。


 「税収の報告。見せて」


 セレスティアが赤い束を渡した。


 イザベラが一枚ずつ、めくった。速い。宰相の娘は、書類を読む速度が尋常ではない。


 「これはお父様の第三徴税系統が止まっている。北東部の減収は、ブレーメン伯爵の管轄。お父様の腹心だった人」


 「ブレーメン伯爵」


 「この人はお父様に忠実だけど、お父様がいなくなったら自分の領地の利益しか考えない。税を王都に送る義理がなくなったのよ」


 「サボタージュではなく、離反」


 「両方。サボタージュしている人もいれば、離反している人もいる。問題は、お父様の仕組みが『忠誠心』で動いていたこと。法的拘束力ではなく、恐怖と恩義で」


 「恐怖が消えた」


 「ええ。お父様という恐怖が消えた。だから仕組みが崩れた」


 イザベラが書類を机に置いた。


 「解決策は二つ。短期と長期」


 「聞かせて」


 「短期。お父様の徴税系統を、法的拘束力のある仕組みに置き換える。具体的には、王令による徴税制度の一元化。地方領主の裁量を削って、王都直轄にする」


 「反発が大きい」


 「大きい。でも今のままでは三ヶ月で破綻する。反発を受け入れてでも、やるしかない」


 「長期は」


 「長期は、お父様のような『一人の天才が全てを動かす仕組み』をやめること。合議制。分権。監視と均衡。セレスティアが言っていたでしょう?」


 「言った」


 「あの通りよ。でも長期の改革には年単位でかかる。今は短期の応急処置が先」


 「イザベラ。あなたがいてくれて、よかった」


 「お父様の娘だったから、これくらいはね」


 「それだけじゃない。あなた自身の能力よ」


 イザベラの耳が少しだけ赤くなった。


 「褒めないで。お父様に似て、褒められると調子に乗るタチだから」


 ◇


 午後。


 アレクシスが王都別邸を訪ねてきた。コンラートを伴って。


 「殿下。状況を共有したい」


 「ああ。王宮でも同じ報告が上がっている」


 四人で書斎のテーブルを囲んだ。セレスティア。アレクシス。イザベラ。コンラート。


 「税収の減少。軍の兵站不足。南方の緊張。全てが同時に来ている」


 アレクシスの表情が厳しかった。


 「母上が毎晩、父上の見舞いの後に書類を読んでいる。睡眠は三時間だとコンラートが報告してきた」


 「王妃陛下の負担が大きすぎる」


 「ああ。摂政としての判断が次から次へと求められている。宰相が処理していた仕事の全てが、母上に集中している」


 コンラートが口を開いた。


 「軍の状況を報告する。南方国境の駐留軍は補給が二週間分。だが、アルマンドの動きが加速している。国境の手前五十リーグに三個師団」


 「三個師団。威嚇か。本気か」


 「分からない。だが、宰相がいた頃なら、この段階で外交的な圧力をかけて退かせていた。今はその手段がない」


 「宰相の密約」


 「はい。密約の内容は宰相本人しか知りません。幽閉中の宰相に聞くしかない」


 セレスティアの目が揺れた。


 幽閉中の宰相。あの男に、会いに行くのか。


 「それは後にしましょう。まずは目の前の問題から」


 イザベラが書類を広げた。


 「提案があります。殿下。王令による緊急徴税令の発布。地方領主の徴税権を一時的に王都直轄にする。期間は六ヶ月」


 「六ヶ月。地方領主は反発する」


 「します。でも、国が破綻するよりはましです」


 アレクシスがコンラートを見た。コンラートが頷いた。


 「母上に進言する。イザベラの提案を、そのまま」


 「殿下。もう一つ」


 セレスティアが言った。


 「宰相派の残党十五名。彼らを完全に排除するのではなく、一部を取り込む」


 「取り込む?」


 「宰相派の全員が悪意で動いているわけではない。地方行政の実務を担っている人もいる。その人たちを排除すると、行政が完全に止まる」


 「敵を取り込むのか」


 「敵ではなく、道具よ。宰相がそうしていたように。ただし、宰相と違って、法的な枠組みの中で」


 イザベラが微笑んだ。


 「お父様と同じ手法で、お父様と違う目的のために。皮肉ね」


 「皮肉だけど、効果的」


 アレクシスがしばらく黙った。


 そして頷いた。


 「やろう。壊した後の、新しい仕組みを作る。それが俺たちの仕事だ」


 コンラートが言った。


 「軍は俺が動く。シュテルン伯爵に協力を求める。南方国境の補給線を、宰相系統を通さずに確保する」


 「お願い、コンラート」


 「任せろ」


 四人で机に広げた地図を見た。


 「壊した責任は——わたしにある」


 セレスティアが呟いた。


 「お嬢様」


 ナターシャの声。いつの間にか、扉の傍に立っていた。


 「お嬢様。壊したのは、壊すべきものだったからです。責任ではなく、次の仕事です」


 「次の仕事」


 「はい。紅茶を淹れますね。全員分」


 ナターシャが五人分の紅茶を淹れた。蜂蜜入り。


 ◇


 その夜。


 セレスティアは手帳に書いた。


 『勝利の代償。宰相を倒した。でも——国が壊れ始めている。


  仲間がいる。

  イザベラの知識。アレクシスの決断。コンラートの剣。ナターシャの紅茶。

  ヴィオレッタ。リディア。フェリクス。アネリーゼ。


  次は、作る番。』


 ペンを置いた。


 窓の外。冬の夜空。星が少ない。雲が多い。


 「曇っている」


 呟いた。


 「おやすみ」


 ナターシャが紅茶を持ってきた。二杯目。


 「お嬢様。飲んでから寝てください」


 「ナターシャ。ありがとう」


 「何がですか」


 「いつも、ちょうどいい時に来てくれる」


 「侍女ですから」


 紅茶を飲んだ。甘かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ