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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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ディートリヒの最後

 裁判から四日が経った。


 公爵家の地下。ディートリヒ・クラウスが収監されているのは、あの日と同じ場所だ。石造りの部屋。窓はない。燭台だけの灯り。


 セレスティアが最後にここに来たのは、五歳の時だった。


 階段の陰で、父の尋問を盗み聞きした夜。


 あれから九年。



 父が扉を開けた。


 セレスティアは後ろに続いた。ヘルマンが灯りを持って先に入った。


 部屋の奥に、一人の男がいた。


 ディートリヒ・クラウス。


 四十代の半ば、のはずだ。だが目の前にいる男は、もっと老けて見えた。髪に白いものが混じり、顔の輪郭が落ち、ずっと暗い場所にいた人間の肌の色をしていた。


 立ち上がろうとして、足がもつれた。長い幽閉で、体が弱っている。


 「……公爵閣下」


 声だけは、九年前の記憶にある声に近かった。


 「座っていろ」


 父が言った。ディートリヒは椅子に戻った。



 部屋に椅子が三つ運ばれた。


 父とセレスティアが座った。ヘルマンは立ったままだった。


 「裁判の結果を伝えに来た」


 「……はい」


 「宰相ヴィクトールは有罪。終身刑。処刑は——新制度のもと、廃止される」


 ディートリヒが目を閉じた。


 「そうですか」


 「お前の処遇について。貴族院と国王府が審議した結果を伝える」


 「……」


 「ディートリヒ・クラウス。公爵家への内通、奥方への加害幇助、宰相派への情報提供。これらの罪について——」


 父が一枚の書状を開いた。


 「国外追放、十年。財産の半没収。ただし、宰相裁判における協力——幽閉後九年間にわたる情報提供——を鑑み、死罪は免ずる。以上が最終判決だ」



 沈黙があった。


 燭台の炎が揺れた。


 ディートリヒはしばらく動かなかった。それから、ゆっくりと顔を上げた。目が赤かった。


 「……ありがとうございます」


 「感謝するな。お前の情報が証拠になったのは事実だ。それだけだ」


 「それだけ、では——」


 ディートリヒの声が割れた。


 「十二年間、裏切り続けました。奥方様を……お守りする立場でありながら、毒の経路を確保した。弱かった。ただ、弱かった」


 「知っている」


 「それを裁いてもらえるだけで、十分です」



 沈黙。


 セレスティアはディートリヒを見ていた。


 「一つ、聞いていいか」


 セレスティアが口を開いた。


 父が横を見た。ヘルマンの眉が動いた。だが誰も止めなかった。


 ディートリヒが顔を上げた。


 「……どうぞ」


 「マティアスに声をかけられた時、なぜ断らなかったのか」



 ディートリヒは少し考えた。


 うつむいて。古い傷を探るように。


 「最初は断れると思っていました。ただの世間話だと思っていた。公爵家の近況を話す程度なら、害はないと。甘かった」


 「それだけではないでしょう」


 「……はい」


 ディートリヒが息を吐いた。


 「公爵家での地位が欲しかった。認められたかった。マティアス殿は上手かった。情報を渡すたびに「よくやった」と言った。金を渡した。地位の約束をした。気がついたら、抜けられなくなっていた」


 「弱さを、利用された」


 「利用された。ですが——それを言い訳にはできません。私自身が望んで続けた部分もある。途中からは脅されながらも、報酬に目が眩んでいた」


 「正直に言えた」


 「もう隠す必要がありません」



 セレスティアは一度、目を伏せた。


 この男を憎めるか。


 憎みたい気持ちはある。母が死にかけた。九年間、この男は地下にいた。それが「当然だ」という感情がある。


 だが。


 「一つだけ、伝えたいことがある」


 ディートリヒが顔を上げた。


 「あなたが提供した情報が、宰相の裁判を動かした。九年前の自白も、その後の情報も、全部証拠になった。宰相が有罪になったのは、あなたの協力なしでは難しかった」


 「……」


 「それは事実として、残る」


 ディートリヒの目が揺れた。


 「お嬢様」


 「セレスティア、でいい。あなたは今は、公爵家の家臣ではないから」


 「セレスティア様」


 ディートリヒは椅子から立ち上がろうとした。足が震えた。父が手で制した。座ったままでいい。


 「九年前、自白の最後に言いましたね。お嬢様を守ってほしいと」


 「……覚えていらっしゃいましたか」


 「覚えています」


 五歳の、階段の陰から聞いた声を。


 「結果として、守られました。わたし自身が守ったのかもしれないけれど。でも、あなたがその言葉を言ったことは、覚えています」



 部屋が静かになった。


 燭台の炎が伸びて、また縮んだ。


 ディートリヒは何も言えなかった。老いた顔に涙が伝った。拭かなかった。拭く資格がないと思っているのか。それとも、拭く力が残っていないのか。


 「国外追放は、来月から執行される」


 父が言った。


 「行き先は南方の中立地帯。王国の支援はない。自活してもらう。ただし、十年後の帰国は認める」


 「……公爵閣下」


 「何だ」


 「十年後。もしこの命があれば——帰ってもいいのでしょうか」


 父が少し間を置いた。


 「帰ってきた時、何をするつもりだ」


 ディートリヒは静かに言った。


 「お墓参りを。公爵家に仕えた十五年間のうち、三年だけは——本当に忠実に仕えた時期がありました。その三年分の、お詫びがしたい」



 帰り際。


 階段を上がりながら、セレスティアは一度だけ振り返った。


 石の部屋。燭台の灯り。


 ディートリヒが一人、椅子に座っていた。


 うつむいて。動かずに。



 地上に出た。


 冬の空気が頬に触れた。


 父が横に立った。


 「よかったのか。直接話して」


 「はい」


 「感情的にならなかったな」


 「少し、なりかけました。でも」


 「でも?」


 セレスティアは空を見た。


 曇り空。遠くに、白い雲の隙間から光が差している。


 「憎しみで終わりたくなかった。裁判は終わった。宰相は終わった。ディートリヒも終わった。全部終わりにするなら——憎しみで終わるより、事実を確認して終わる方がいい」


 父が静かに頷いた。


 「お前は、俺より賢い」


 「父の娘ですから」


 「俺はもっと感情的だ」


 「それも、父の娘ですから」


 父が少し笑った。


 珍しい笑顔。


 「帰ろう。母上が待っている」


 「はい」


 二人で歩いた。


 地下への扉が閉まる音がした。



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