宰相の失脚
「——有罪」
議長の声が議場に落ちた。
一瞬の静寂。
そしてどよめき。
「職権乱用罪、有罪。国庫横領幇助罪、有罪。公爵夫人毒殺未遂の教唆罪、有罪」
「量刑。爵位剥奪。全財産没収。終身幽閉」
槌が打たれた。
最後の槌。
議場が騒然とした。歓声。悲鳴。怒号。全てが混ざった音。
セレスティアは動けなかった。
有罪。
終わった。
「お嬢様」
ナターシャの声が遠く聞こえた。
「お嬢様。勝ちました」
「勝った」
声がかすれていた。
「勝ったの」
「はい。勝ちました」
ナターシャの灰色の瞳が潤んでいた。
「ナターシャ、泣いてる」
「泣いていません。目が痒いだけです」
「嘘」
「お嬢様の口癖が移りました」
二人で笑った。泣きながら。
◇
宰相は被告席に座ったまま、動かなかった。
騎士団の兵士が近づいた。護送のために。
宰相が立ち上がった。
ゆっくりと。七十一歳の体を最後の威厳で支えながら。
議場を見回した。
三十年間支配した場所を。
そして傍聴席のセレスティアを見た。
目が合った。
宰相が微笑んだ。
最後の微笑み。
だが、今までとは違う微笑みだった。
計算がない。品定めがない。
ただ微笑んでいた。
「……面白い子だ」
六度目。
声は小さかった。セレスティアにしか聞こえなかった。
「最後まで面白い子だった」
セレスティアは宰相を見つめた。
「閣下」
声が出た。自分でも驚くほど静かな声。
「閣下。あなたが守ろうとしたものは、間違ってはいなかった。でも——方法が間違っていました」
宰相の微笑みが深くなった。
「方法か。方法を変えれば良かったのか」
「はい」
「……十四歳の小娘に説教されるとは。老いたものだ」
「説教ではありません。事実です」
宰相がふっと笑った。声を出して。
「事実。お前はいつも事実を突きつける。わたしと同じ手法で」
「同じ手法でも、目的が違います」
「ああ。お前は何度も言ったな。守るためだと。……そうか。守るためにわたしを倒したか」
「はい」
宰相が目を細めた。
「セレスティア嬢。一つだけ聞かせてくれ」
「何を」
「イザベラは——幸せか」
セレスティアの息が止まった。
「幸せです。わたしの家に、友達として。蜂蜜入りの紅茶を飲んで笑っています」
宰相の目が揺れた。
「蜂蜜か。あの子は甘いものが好きだったな」
「はい。好きです」
「そうか。ならば、いい」
宰相は背を向けた。
騎士団の兵士に囲まれて法廷を出て行った。
最後の一歩まで背筋は真っ直ぐだった。
◇
法廷が空になっていく。
傍聴席の人々が立ち上がり、議場を出て行く。議員たちが席を立つ。
セレスティアは座ったままだった。
立てなかった。
膝が笑っている。手が震えている。視界が滲んでいる。
「お嬢様」
ナターシャが傍にいた。
「立てない」
「立たなくていいです。少し、座っていましょう」
イザベラが隣にいた。泣いていた。声を殺して。
「イザベラ」
「お父様が行った」
「うん」
「最後にわたしのことを聞いたのね」
「うん。幸せかって」
イザベラの涙が止まらなかった。
「お父様。ばか。最後にそんなこと聞くなんて」
セレスティアはイザベラの肩を抱いた。
二人で泣いた。
◇
母リリアーナが傍聴席に降りてきた。
「セレスティア」
「お母様」
リリアーナが娘を抱きしめた。
「終わったのよ。全部」
「全部」
「あなたを殺そうとした人はもういない。毒を盛った人はもういない。もう安全よ」
「お母様」
声が出なかった。泣いて。嗚咽で。
リリアーナが娘の髪を撫でた。
「帰りましょう。おうちに」
「帰る」
「パンケーキを焼きましょう。蜂蜜の。泣いた日のパンケーキ」
「泣いた日の」
「今日も泣いた日だから」
セレスティアは母の胸に顔を埋めた。
エドヴァルトが背後に立っていた。フェリクスも。父ライナルトも。
家族が全員いた。
「帰ろう」
「帰りましょう」
公爵家の馬車が貴族院の前に待っていた。
冬の空。澄んだ青。
宰相のいない空。
セレスティアは空を見上げた。
青かった。どこまでも。
「終わった」
小さく呟いた。
馬車に乗った。家族と。ナターシャと。イザベラと。
「お嬢様。紅茶を」
ナターシャが水筒を差し出した。
蜂蜜入り。冷めているけど甘い。
「甘い」
「はい。いつも通り」
「いつも通りが一番いい」
飲んだ。甘かった。
馬車が王都別邸に着いた。
「おかえりなさいませ」
マルガレーテが玄関で待っていた。
「おかえり」
セレスティアは走った。玄関まで。
「ただいま」




