セレスティアの証言
裁判第五日。
セレスティアは証言台に向かって歩いた。
白いドレス。ラベンダーの髪飾り。星のブローチ。
足が重い。
一歩ごとに前世の記憶が押し寄せる。
同じ床。同じ石。同じ空気の匂い。
前世では——鎖に繋がれてこの床を歩いた。足枷が擦れて、足首から血が出ていた。
今は自分の足で歩いている。鎖はない。
でも体が覚えている。この場所の恐怖を。
心臓が速い。呼吸が浅い。視界が少し暗くなる。
とくん。
心臓が跳ねた。
フェリクスの安定化理論。心拍に合わせて意識を同期させる。
とくん。とくん。
大丈夫。
証言台に着いた。
議場を見回した。
傍聴席。ナターシャがいる。イザベラがいる。母がいる。兄たちがいる。
王族席。アレクシスがいる。目が合った。頷いた。小さく。
「セレスティア・フォン・アルヴェイン。宣誓してください」
「わたくしは真実のみを述べることを誓います」
声が出た。かすれていたが、出た。
「セレスティア嬢。あなたは被害者の一人として、証言を求められています。お話しください」
ヴァルトシュタイン子爵の声。穏やかだった。セレスティアの緊張を和らげるように。
「はい」
セレスティアは深呼吸した。
語り始めた。
「わたくしは五歳の時に、魔力暴走事件を経験しました」
「王宮教育プログラムの演習場で突然、魔力炉が暴走しました。避難が間に合わなければ、多くの人が巻き込まれていた。あの時は何が起きているのか分からなくて。怖くて」
声が震えた。五歳の記憶。怖かった記憶。
「後に判明しました。あの暴走は外部からの魔力干渉によって誘発されたものでした。わたくしの聖魔力を意図的に暴走させた者がいた」
「その証拠が宰相邸の金庫から出た暴走誘発記録です。『魔力パターンの採取に成功。暴走を誘発し、聖魔力の危険性を実証』。宰相閣下の直筆です」
議場がざわめいた。
「五歳の子供の魔力を意図的に暴走させた。そしてその結果を聖魔力脅威論の根拠に使った。テオドール報告書に、捏造されたデータとして」
「わたくしは五歳の時から、宰相閣下の計画に利用されていました」
セレスティアの声が少しずつ安定していった。
「母リリアーナは毒を盛られました。宰相閣下の指示で。遅効性の毒を、少しずつ。母がどれほど苦しんだか。体が弱くなり、歩けなくなり、花の世話もできなくなった。あの日々を、わたくしは忘れません」
傍聴席でリリアーナの目から涙がこぼれた。エドヴァルトが母の手を握っている。
「そして排除計画書。わたくしの名前が書かれた、処刑への筋書き。冤罪による処刑。王太子暗殺の罪を着せて裁判で処刑する」
セレスティアは宰相を見た。
宰相がセレスティアを見ていた。
目が合った。
「宰相閣下。——あなたはわたくしを殺そうとしていました。五歳の時から。計画的に。それは事実ですか」
証人が被告に直接問いかける。法廷の手続きとしては異例。
だが議長は止めなかった。
宰相がゆっくりと立ち上がった。
沈黙。
長い沈黙。
「セレスティア嬢。お前は聡い子だ。最初に会った時から分かっていた」
宰相の声は穏やかだった。微笑みはない。だが穏やかだった。
「お前のような子が野放しになれば、この国の秩序が揺らぐ。三百年前のエステルと同じように。聖魔力は、管理されなければならない」
「管理ではなく、排除では」
「管理と排除の境界は曖昧だ。お前が大人しくしていれば、排除は必要なかった」
「大人しく。仲間を作らず、殿下と関わらず、黙って生きていれば」
「ああ。そうすれば、お前は安全だった」
「安全。でも母は毒殺されていた。殿下は操られていた。この国はあなたの支配下に置かれ続けていた」
「安定のためだ」
「安定のために人を殺すのですか」
議場が静まった。
セレスティアの声が響いた。
「宰相閣下。あなたが守った国には、わたくしの居場所はありませんでした」
静かな一言。
宰相の目が揺れた。
「あなたが守った安定の中で、わたくしの母は毒を盛られ、わたくしは処刑を計画され、殿下は操られ、カスパルは家族を人質に取られ、テオドールは偽証を強要され、モンテヴェルデ侯爵は二十年間脅迫された。それが、あなたの安定ですか」
「あなたの娘イザベラは——あなたの安定の中で、五年間も声を上げられなかった。星が美しいと思うことすら許されなかった」
宰相の拳が震えた。
「わたくしの証言は以上です。宰相閣下が何を言おうと、事実は変わりません。あの金庫に、あなたの字で、全てが書かれています」
セレスティアは証言台を降りた。
足が震えていた。今度は。証言台では震えなかったのに。降りた途端に。
支えられた。
両側から。
右側、ナターシャ。
左側、ヴォルフ。
二人が黙って支えた。
「お嬢様」
「大丈夫。足が」
「大丈夫です。支えますから」
傍聴席に戻った。
イザベラが手を伸ばした。セレスティアの手を握った。
「すごかった」
「すごくない。足が震えてる」
「わたしもそうだった。大丈夫。震えてもいい」
母リリアーナが前の列から振り返った。
涙を流していた。だが微笑んでいた。
「セレスティア。立派だったわ」
「お母様」
「お前はわたしの誇りよ」
その言葉で——セレスティアの目から涙が溢れた。
法廷で泣いた。
◇
議長が宰相に問いかけた。
「宰相閣下。金庫の文書について。「あの金庫を」と先ほどおっしゃいましたが、金庫の存在を認めるのですか」
宰相がはっとした。
セレスティアの証言への反応の中で「あの金庫」という言葉を口にしていた。自覚なく。
金庫の存在を認めた。
自白に等しい反応。
議場が騒然とした。
「宰相閣下、金庫の中身について」
「……この件については、次回の弁論で述べる」
宰相の声は平静だった。微笑みは戻らなかった。
議長が槌を打った。
「本日の審理を終了する。次回、宰相閣下の最終弁論。閉廷」
◇
法廷の外。
エドヴァルトがセレスティアの前に立った。
兄の目が赤かった。
「セレス。お前の圧勝だ」
「まだ終わってない」
「終わってなくてもいい。今日のお前は、最高だった」
エドヴァルトが妹を抱きしめた。
大きな腕。兄の腕。
フェリクスが後ろに立っていた。眼鏡を外していた。珍しく。
目が赤い。
「おにいさま、泣いたの」
「泣いていない。眼鏡が曇っただけだ」
「嘘」
「嘘ではない。湿度が高い」
「冬なのに」
フェリクスが眼鏡をかけ直した。
「帰ろう。明日が最後だ」
「うん。帰ろう」
馬車に乗った。
ナターシャが紅茶の水筒を差し出した。蜂蜜入り。冷めているが甘い。
「お嬢様。今日は、本当にお疲れ様でした」
「ナターシャ。ありがとう」
「礼は」
「勝ってから。分かってる。でも言う」
紅茶を飲んだ。
甘かった。




