証拠と証言(一)
裁判第二日。
告発側が攻め始めた。
最初の証人。ディートリヒ。
元宰相派の内通者。公爵家に潜り込み、情報を流していた男。発覚後に幽閉されていたが、今回、証言と引き換えに身柄が法廷に移された。
痩せた男が証言台に立った。目の下の隈が深い。幽閉生活で体は衰えている。だが、声ははっきりしていた。
「宰相閣下の指示で、公爵家の情報を流しました。書簡の内容。会議の日程。訪問者の記録。全てを、定期的に」
「指示はどのように出されましたか」
ヴァルトシュタイン子爵が聞いた。
「宰相閣下から直接、口頭で。文書は残さない。常にそうでした。閣下は証拠が残ることを極端に嫌いました」
「口頭のみ。では、指示があったことをどう証明しますか」
「報告書です。わたくしが公爵家の情報を記した報告書は宰相邸に届けていました。その報告書に、閣下の受領印があります」
宰相が立ち上がった。
「裁判長。ディートリヒは幽閉中の人間です。公爵家に懐柔され、偽証をしている可能性がある。信用に値しません」
「偽証ではありません」
ディートリヒの声が強くなった。
「わたくしは宰相閣下に忠実に仕えました。公爵家への潜入も命令に従っただけです。発覚した後、閣下はわたくしを切り捨てました。幽閉して、忘れました。——わたくしは使い捨ての道具でした」
議場が静まった。
「わたくしの証言は真実です。切り捨てられた者が、最後にできることは——真実を話すことだけです」
宰相の微笑みは消えなかった。だが、目の温度が下がった。
◇
二番目の証人。モンテヴェルデ侯爵。
恰幅のいい男。だが以前より痩せていた。
「宰相に脅迫され、借金で縛られました。わたくしの領地の鉱山利権を不当に安く譲渡させられました」
「脅迫の内容は」
「わたくしの過去の不祥事の証拠を握られていました。若い頃の。それを公にすると脅されて、言いなりになりました。二十年間」
「二十年」
「はい。二十年間、宰相の票田として利用されました。投票の度に指示通りに票を入れました。摂政投票の時も。大議会の時も」
セレスティアはモンテヴェルデ侯爵の顔を見た。
恥じている顔だった。二十年間の従属を恥じている。
「なぜ今、証言を決意されましたか」
「もう疲れたのです。宰相の顔色を窺い、指示通りに動く生活に。大議会でイザベラ嬢が立ち上がるのを見て。宰相の娘でさえ声を上げたのに、わたくしが黙っている理由はないと」
イザベラの名前が出た。イザベラが隣で息を呑んだ。
宰相が反論した。
「モンテヴェルデ侯爵は借金の返済に窮して、恩人であるわたくしを逆恨みしているだけです。脅迫などしていない。侯爵が自ら利権を譲渡したのです」
「自ら。選択肢がない状況で『自ら』とは言えません」
侯爵の声が震えた。怒りで。
「宰相閣下。あなたはわたくしの書斎に来て、証拠の密書を机に置きました。『これが公になればどうなるか、お分かりですね』と。あの微笑みを今でも覚えています」
議場がざわめいた。
宰相は微笑んでいた。
同じ微笑みで。
◇
三番目の証人。カスパル・ヴェルナー。
法廷に現れたカスパルは拘束衣を着ていた。だが表情は穏やかだった。
「殿下の傍で十年間、監視を行いました。殿下の発言、行動、交友関係、全てを記録し、宰相閣下に定期的に報告していました」
「監視の目的は」
「王太子を宰相の影響下に置くためです。殿下が自立的な判断を下すことを阻止するため」
王族席でアレクシスが拳を握った。
「カスパル。なぜ監視を引き受けたのですか」
「家族を人質に取られていました。弟と妹が——宰相の管轄下に。拒否すれば、二人に何が起きるか分からなかった」
「人質」
議場がどよめいた。
宰相が立ち上がった。
「カスパルは公爵家に懐柔されたのでしょう。彼の証言は信用できません。そもそも、拘束中の人間が証言台に立つこと自体、異例です」
「異例ですが、法的には認められています」
ヴァルトシュタイン子爵が返した。
「カスパルの証言を裏付ける物的証拠があります。宰相邸の金庫から複写した文書の中に、カスパルへの指示書が含まれています。『王太子の傍に配置し、定期的な報告を求める』。宰相閣下の直筆です」
文書が法廷に提出された。
宰相の筆跡。カスパルへの指示書。
宰相の目が細くなった。
「文書は偽造の可能性がある」
「筆跡鑑定の結果をご覧ください。王立学術院の書道学教授による鑑定書です。宰相閣下の筆跡と完全に一致」
鑑定書が提出された。
議場が静まった。
宰相は微笑みを維持した。だが、指先が、被告席の肘掛けを握っていた。力が入っている。
初めて。
◇
さらに毒殺指示書が提出された。
『リリアーナ・フォン・アルヴェイン。遅効性混合毒。食事への微量混入。——公爵夫人排除により、公爵家の政治的影響力を削減する』
宰相の筆跡。
傍聴席の二列目でリリアーナが両手を組んでいた。エドヴァルトが母の肩に手を置いている。
セレスティアは母を見た。
母の目は潤んでいた。だが泣いてはいなかった。
宰相の反論。
「文書の出所が不明です。告発側はどこでこの文書を入手したのですか」
「入手経路についてはお答えできません。しかし、文書の真正性は筆跡鑑定で立証済みです」
「入手経路を明かせないということは、不法な手段で入手した可能性がある。不法に入手した証拠は法的に無効です」
議場がざわめいた。
セレスティアの背筋が冷えた。
潜入。不法侵入。宰相はそこを突いてくる。
ヴァルトシュタイン子爵が落ち着いて答えた。
「レグナシオン王国刑事訴訟規範第四十七条。『入手経路に違法性がある場合でも、証拠の真正性が独立して立証され、かつ公共の利益に資する場合は、証拠能力を認めることができる』。本件は、国家規模の不正の暴露であり、公共の利益に資する事案です」
議長が考え込んだ。
「……証拠の真正性は筆跡鑑定で立証されている。入手経路の違法性については裁判後に別途審議する。本裁判においては証拠能力を認める」
槌が打たれた。
セレスティアは息を吐いた。
証拠は通った。
宰相の微笑みがわずかに歪んだ。
「本日の審理を終了する。次回は明後日。告発側の証人尋問を続行する」
閉廷。
◇
廊下。
セレスティアは壁にもたれた。膝が笑っている。
「お嬢様」
ナターシャが水を差し出した。
「ありがとう」
「今日は順調でした」
「順調。でも宰相は崩れていない。一つも」
「はい。ですが、証拠は全て通りました。筆跡鑑定も。証人の証言も。宰相は反論しましたが、退けられました」
「退けられたけど、議場の空気が揺れた。宰相の弁論はうまい。証拠を否定しなくても、疑いを蒔くだけで裁判の空気が変わる」
「はい。だからこそ、次の証言が重要です」
「次はカール元財務卿。そしてテオドール。医師ローレンツ」
「はい。三人の証言が横領と毒殺を裏付けます。直接証拠と合わせて宰相の反論を封じます」
「封じられるかな」
「封じます。——お嬢様が信じてください。わたしたちの準備を」
セレスティアはナターシャの目を見た。灰色の瞳。十一年間の信頼が宿る瞳。
「信じてる。いつも」
水を飲んだ。冷たかった。




