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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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221/228

裁判開廷

 朝が来た。


 冬の朝。空は晴れていた。昨日と同じ、雲のない青。


 セレスティアは鏡の前に立った。白いドレス。ラベンダーの髪飾り。星のブローチ。


 鏡の中の自分を見た。十四歳。


 手が——震えていた。


 「お嬢様。朝食を」


 ナターシャの声。


 「食べられない——」


 「食べてください。空腹で法廷に立つのは、お嬢様らしくありません」


 「……らしくない、か」


 「はい。お嬢様は食べてから戦う人です。蜂蜜のパンケーキを焼きました」


 「パンケーキ。泣いた日の」


 「泣いた日の、です」


 食堂に降りた。


 家族が全員いた。父。母。エドヴァルト。フェリクス。イザベラ。


 誰も何も言わなかった。


 ただ、一緒に朝食を食べた。


 パンケーキ。蜂蜜。温かいスープ。焼きたてのパン。


 食卓の上の、いつもの朝。


 「おいしい」


 セレスティアが呟いた。


 リリアーナが娘の手を握った。テーブルの下で。


 温かい手。


 「行ってらっしゃい。帰ってきてね」


 「帰ってくる。約束」


 ◇


 貴族院への道は、歩いて覚えている。


 何度も来た道だ。九歳から。通い慣れた石畳の道。だが今日は重さが違った。足が重いのではない。道が、空気が、何かを纏っている。


 貴族院の門をくぐった。石造りの廊下。高い天井。太陽光が細長い窓から差し込んでいる。


 ◇


 議場が法廷に変わっていた。


 中央に被告席。鎖はない。宰相は囚人ではない。まだ。


 左に告発側の席。公爵家の法律顧問とヴァルトシュタイン子爵。


 右に弁護側の席。空席。宰相は一人で弁論する。


 裁判長席には貴族院議長ベッカー伯爵。白髪の老人。中立派。


 傍聴席は満員だった。


 貴族。商人。外交官。聖職者。新聞記者。王国中が注目する裁判。


 セレスティアは傍聴席の最前列に座った。ナターシャ。イザベラ。ヴォルフ。


 母リリアーナは二列目に。エドヴァルトが隣で腕を組んでいる。


 王族席にアレクシスとエレオノーラ王妃。コンラートが後方に。


 議場の扉が開いた。


 宰相ヴィクトール・ド・ガルニエが入ってきた。


 正装。白髪を丁寧に整えている。背筋は真っ直ぐ。七十一歳の老人とは思えない威厳。


 微笑んでいた。


 三十年間、この国を動かしてきた男の微笑み。


 被告席に座った。椅子に深く腰掛け、足を組んだ。余裕の姿勢。


 入場しながら、議場を一度だけ見渡した。その目がセレスティアの方へ来た。一瞬。宰相の目がセレスティアを捉えた。


 笑みが、少しだけ深くなった。


 敵意ではない。敬意でもない。


 セレスティアの心臓が速くなった。


 同じ場所。同じ石の壁。同じ天井の紋章。


 前世の記憶が——重なる。


 あの時は被告席にいた。鎖に繋がれて。


 今は傍聴席にいる。自由な体で。


 「お嬢様」


 ナターシャが手を握った。


 温かい手。


 「大丈夫」


 「はい。大丈夫です」


 議長が槌を打った。


 「レグナシオン王国特別裁判。被告、宰相ヴィクトール・ド・ガルニエ。——開廷」


 槌の音が議場に響いた。


 裁判が始まった。


 ◇


 告発側の冒頭陳述。


 ヴァルトシュタイン子爵が壇上に立った。


 「裁判長。議員の皆様。本裁判は、三十年にわたる宰相の権力濫用を問うものです」


 子爵の声は静かだが、鋭かった。鷹のような目が議場を見回す。


 「告発側は、以下の五つの罪状について、証拠と証人をもって立証いたします。第一、職権乱用。第二、国庫横領幇助。第三、公爵夫人毒殺未遂教唆。第四、王太子暗殺計画への関与。第五、聖魔力保有者への迫害計画」


 「証拠は物的証拠として、宰相自身の手で記された文書群。証人は七名。いずれも宰相の不正を直接知る人物です」


 議場がざわめいた。


 宰相は微笑んでいた。動じていない。


 「弁護側、宰相閣下。冒頭陳述を」


 議長が促した。


 宰相が立ち上がった。


 「裁判長。三十年間、わたくしはこの国に仕えてきました」


 声は穏やかだった。議場を包むような声。


 「政敵を退け、反乱を鎮め、経済を成長させ、外敵を退けました。この国が今日あるのは、わたくしの功績と申し上げても、過言ではないでしょう」


 議場の空気が揺れた。


 「告発は全くの虚偽です。政敵による陰謀。公爵家は宰相の権限を奪い、自派の影響力を拡大するために、でっち上げの証拠を用いてわたくしを陥れようとしている」


 「証拠として提出されるであろう文書は偽造です。証人は公爵家に懐柔された者たちです。この裁判自体が政争の道具にすぎない」


 冷たい声。だが、説得力があった。


 セレスティアは唇を噛んだ。


 宰相は最初から「偽造」「懐柔」で攻める。証拠の信憑性そのものを崩しにくる。


 予想通り。


 「冒頭陳述を終わります。お手並み拝見です」


 宰相が座った。足を組み直した。微笑みを浮かべたまま。


 セレスティアは隣のイザベラを見た。


 イザベラの顔は蒼白だった。父の声を聞いて。父の微笑みを見て。


 「イザベラ」


 「大丈夫。——大丈夫よ」


 イザベラの手がセレスティアの手を握り返した。


 二人の手が繋がっていた。


 「証人の出廷は明日からだ。今日は陳述のみで閉廷する」


 議長が槌を打った。


 「第一回公判。閉廷」


 セレスティアは息を吐いた。


 「ナターシャ。宰相は手強い」


 「はい。ですが、証拠は本物です。崩されません」


 「崩されなければ勝てる」


 「勝てます。明日から、証人が立ちます」


 ナターシャが傍に寄ってきた。


 「お嬢様。今日の第一日目。どうでしたか」


 「思ったより——怖かった。宰相の顔を、あんなに近くで見て」


 「それは当然です。でも、お嬢様は傍聴席で座っていられた。手が震えていなかった」


 「震えてたよ。心の中で」


 「心の中は見えません。見えたのは、落ち着いて観察しているお嬢様でした。それが大事です」

 朝が来た。


 冬の朝。空は晴れていた。昨日と同じ、雲のない青。


 セレスティアは鏡の前に立った。白いドレス。ラベンダーの髪飾り。星のブローチ。


 鏡の中の自分を見た。十四歳。


 手が——震えていた。


 「お嬢様。朝食を」


 ナターシャの声。


 「食べられない——」


 「食べてください。空腹で法廷に立つのは、お嬢様らしくありません」


 「……らしくない、か」


 「はい。お嬢様は食べてから戦う人です。蜂蜜のパンケーキを焼きました」


 「パンケーキ。泣いた日の」


 「泣いた日の、です」


 食堂に降りた。


 家族が全員いた。父。母。エドヴァルト。フェリクス。イザベラ。


 誰も何も言わなかった。


 ただ、一緒に朝食を食べた。


 パンケーキ。蜂蜜。温かいスープ。焼きたてのパン。


 食卓の上の、いつもの朝。


 「おいしい」


 セレスティアが呟いた。


 リリアーナが娘の手を握った。テーブルの下で。


 温かい手。


 「行ってらっしゃい。帰ってきてね」


 「帰ってくる。約束」


 ◇


 貴族院への道は、歩いて覚えている。


 何度も来た道だ。九歳から。通い慣れた石畳の道。だが今日は重さが違った。足が重いのではない。道が、空気が、何かを纏っている。


 貴族院の門をくぐった。石造りの廊下。高い天井。太陽光が細長い窓から差し込んでいる。


 ◇


 議場が法廷に変わっていた。


 中央に被告席。鎖はない。宰相は囚人ではない。まだ。


 左に告発側の席。公爵家の法律顧問とヴァルトシュタイン子爵。


 右に弁護側の席。空席。宰相は一人で弁論する。


 裁判長席には貴族院議長ベッカー伯爵。白髪の老人。中立派。


 傍聴席は満員だった。


 貴族。商人。外交官。聖職者。新聞記者。王国中が注目する裁判。


 セレスティアは傍聴席の最前列に座った。ナターシャ。イザベラ。ヴォルフ。


 母リリアーナは二列目に。エドヴァルトが隣で腕を組んでいる。


 王族席にアレクシスとエレオノーラ王妃。コンラートが後方に。


 議場の扉が開いた。


 宰相ヴィクトール・ド・ガルニエが入ってきた。


 正装。白髪を丁寧に整えている。背筋は真っ直ぐ。七十一歳の老人とは思えない威厳。


 微笑んでいた。


 三十年間、この国を動かしてきた男の微笑み。


 被告席に座った。椅子に深く腰掛け、足を組んだ。余裕の姿勢。


 入場しながら、議場を一度だけ見渡した。その目がセレスティアの方へ来た。一瞬。宰相の目がセレスティアを捉えた。


 笑みが、少しだけ深くなった。


 敵意ではない。敬意でもない。


 セレスティアの心臓が速くなった。


 同じ場所。同じ石の壁。同じ天井の紋章。


 前世の記憶が——重なる。


 あの時は被告席にいた。鎖に繋がれて。


 今は傍聴席にいる。自由な体で。


 「お嬢様」


 ナターシャが手を握った。


 温かい手。


 「大丈夫」


 「はい。大丈夫です」


 議長が槌を打った。


 「レグナシオン王国特別裁判。被告、宰相ヴィクトール・ド・ガルニエ。——開廷」


 槌の音が議場に響いた。


 裁判が始まった。


 ◇


 告発側の冒頭陳述。


 ヴァルトシュタイン子爵が壇上に立った。


 「裁判長。議員の皆様。本裁判は、三十年にわたる宰相の権力濫用を問うものです」


 子爵の声は静かだが、鋭かった。鷹のような目が議場を見回す。


 「告発側は、以下の五つの罪状について、証拠と証人をもって立証いたします。第一、職権乱用。第二、国庫横領幇助。第三、公爵夫人毒殺未遂教唆。第四、王太子暗殺計画への関与。第五、聖魔力保有者への迫害計画」


 「証拠は物的証拠として、宰相自身の手で記された文書群。証人は七名。いずれも宰相の不正を直接知る人物です」


 議場がざわめいた。


 宰相は微笑んでいた。動じていない。


 「弁護側、宰相閣下。冒頭陳述を」


 議長が促した。


 宰相が立ち上がった。


 「裁判長。三十年間、わたくしはこの国に仕えてきました」


 声は穏やかだった。議場を包むような声。


 「政敵を退け、反乱を鎮め、経済を成長させ、外敵を退けました。この国が今日あるのは、わたくしの功績と申し上げても、過言ではないでしょう」


 議場の空気が揺れた。


 「告発は全くの虚偽です。政敵による陰謀。公爵家は宰相の権限を奪い、自派の影響力を拡大するために、でっち上げの証拠を用いてわたくしを陥れようとしている」


 「証拠として提出されるであろう文書は偽造です。証人は公爵家に懐柔された者たちです。この裁判自体が政争の道具にすぎない」


 冷たい声。だが、説得力があった。


 セレスティアは唇を噛んだ。


 宰相は最初から「偽造」「懐柔」で攻める。証拠の信憑性そのものを崩しにくる。


 予想通り。


 「冒頭陳述を終わります。お手並み拝見です」


 宰相が座った。足を組み直した。微笑みを浮かべたまま。


 セレスティアは隣のイザベラを見た。


 イザベラの顔は蒼白だった。父の声を聞いて。父の微笑みを見て。


 「イザベラ」


 「大丈夫。——大丈夫よ」


 イザベラの手がセレスティアの手を握り返した。


 二人の手が繋がっていた。


 「証人の出廷は明日からだ。今日は陳述のみで閉廷する」


 議長が槌を打った。


 「第一回公判。閉廷」


 セレスティアは息を吐いた。


 「ナターシャ。宰相は手強い」


 「はい。ですが、証拠は本物です。崩されません」


 「崩されなければ勝てる」


 「勝てます。明日から、証人が立ちます」


 ナターシャが傍に寄ってきた。


 「お嬢様。今日の第一日目。どうでしたか」


 「思ったより——怖かった。宰相の顔を、あんなに近くで見て」


 「それは当然です。でも、お嬢様は傍聴席で座っていられた。手が震えていなかった」


 「震えてたよ。心の中で」


 「心の中は見えません。見えたのは、落ち着いて観察しているお嬢様でした。それが大事です」


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