告発の日
その日は晴れていた。
冬の空。透き通るような青。雲が一つもない。
セレスティアは朝早く起きた。着替えを済ませた。藤色のドレスではなく、白いドレス。清潔な白。
「白、ですか」
ナターシャが言った。
「うん。告発する側は白がいい。潔白の色」
「お嬢様。似合っています」
髪を結い上げた。ラベンダーの髪飾り。イザベラからもらった星のブローチを胸元に。
鏡の中の自分を見た。
十四歳の少女。銀色の髪。碧い瞳。
前世の十四歳は、どんな顔をしていただろう。
覚えていない。鏡を見る余裕もなかったから。
「行こう」
◇
貴族院。議場。
五十二の議席。全てが埋まっている。傍聴席も満員。
大議会以上の緊張感が議場に漂っていた。
今日の議題は一つ。
公爵ライナルト・フォン・アルヴェインによる、宰相ヴィクトール・ド・ガルニエの正式告発。
セレスティアは傍聴席の最前列に座った。ナターシャ。イザベラ。ヴォルフ。カタリナ。
向かい側の傍聴席には母リリアーナ。エドヴァルト。
王族席には摂政王妃エレオノーラ。アレクシス。コンラートが後方に。
そして議場の中央。
宰相ヴィクトール・ド・ガルニエが座っていた。
白髪。穏やかな微笑み。いつもの顔。
議長ベッカー伯爵が槌を打った。
「開会を宣言する。本日の議題。公爵ライナルト・フォン・アルヴェインによる、宰相ヴィクトール・ド・ガルニエ閣下への正式告発。公爵、壇上へ」
父が立ち上がった。
公爵ライナルト。五十代。銀色の髪、セレスティアと同じ色。広い肩。まっすぐな背筋。
壇上に歩いた。一歩一歩、重く、確かに。
「議長。議員諸君。わたくし、公爵ライナルト・フォン・アルヴェインは、宰相ヴィクトール・ド・ガルニエ閣下を——正式に告発いたします」
議場が静まった。
「罪状は以下の通り」
父が書類を広げた。
「第一。職権乱用罪。三十年にわたる宰相権限の私的利用。政敵の排除、議会工作、人事介入を、宰相の職権を超えて行った」
「第二。国庫横領幇助罪。元財務卿カール・ヴェンデルとの共謀による、国庫資金の不正な移動。具体的な金額は裁判にて立証いたします」
「第三。公爵夫人リリアーナ・フォン・アルヴェインに対する毒殺未遂の教唆」
議場がざわめいた。
「第四。王太子アレクシス殿下の暗殺計画への間接的関与。副宰相マティアスを通じた関与」
「第五。聖魔力保有者、わたくしの娘セレスティアに対する迫害計画の立案と部分的実行」
五つの罪状が議場に響いた。
父の声は揺れていなかった。
宰相は微笑んでいた。
「公爵。お話は終わりましたか」
宰相が立ち上がった。穏やかに。
「三十年間、この国に仕えてきた私を告発するとは。大胆なことだ」
「大胆ではなく、必要な行為です」
「必要。ふむ。では聞きましょう。証拠は」
「証拠は裁判にて提出いたします。本日は告発の受理と、正式裁判の開廷を貴族院に要請いたします」
議長が槌を打った。
「宰相閣下。告発に対する意見を」
宰相が議場を見回した。
五十二人の議員。全ての顔を。
「面白い」
微笑んだ。
「全くの虚偽ですが、受けて立ちましょう。わたくしには三十年間の実績がある。事実が明らかになれば、告発は根拠のない中傷だったと判明するでしょう」
「弁護士は」
「つけません。わたくし自身が弁論いたします。三十年間この国を動かしてきた男を、弁護士に語らせるわけにはいかない」
議場がどよめいた。
弁護士なしの自己弁護。
自信の表れか。あるいは、計算か。
セレスティアは拳を握った。
宰相は手強い。最後まで。
議長が採決を求めた。
「宰相ヴィクトール・ド・ガルニエ閣下に対する正式裁判の開廷を認めるか否か。賛成の方」
公爵派。全員起立。中立派、過半が起立。宰相派からも数名が立った。
「賛成三十五」
圧倒的多数。
「正式裁判の開廷を認める。裁判期日は二週間後」
槌が打たれた。
決まった。
裁判が開かれる。
宰相は微笑んだまま議場を出た。最後にセレスティアの方を見た。
目が合った。
「面白い子だ」
口がそう動いた。声は聞こえなかった。だが唇の動きで分かった。
四度目。同じ台詞。
だが——セレスティアは今度は目を逸らさなかった。
まっすぐに宰相の目を見返した。
「面白い、ではなく。怖い、でしょう」
口の中で呟いた。
宰相の微笑みが——ほんの一瞬、揺れたように見えた。
◇
議場の外。廊下。
セレスティアは父の前に立った。
「お父様。ありがとうございます」
「礼はまだ早い。告発が受理されただけだ。本番は裁判」
「はい」
「セレスティア。二週間後、お前は傍聴席にいるか。それとも」
「証言台に立ちます。わたし自身が」
公爵の目が少し揺れた。
「お前が証言台に」
「はい。わたしは被害者の一人です。排除計画の対象。五歳の魔力暴走の被害者。わたしの証言が必要です」
「……分かった。——だが、無理はするな。前世の裁判の記憶が——」
「フラッシュバックする可能性はあります。でも、やります」
父がセレスティアの頭に手を置いた。
「お前は強い子だ。いつから、こんなに強くなった」
「お父様が育ててくれたから」
「母もだ」
「うん。お母様も。おにいさまたちも。ナターシャも。全員」
公爵が微笑んだ。穏やかに。
「行こう。準備がまだある」
「はい」
廊下を歩いた。冬の光が窓から差し込んでいる。




