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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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218/220

カスパルの排除

 王宮の拘置房。


 石の壁。鉄格子。小さな窓から差し込む冬の光。


 カスパル・ヴェルナーは椅子に座っていた。


 穏やかな笑みを浮かべて。拘束されてなお微笑みを崩さない男。


 その前にアレクシスが立った。


 「殿下。お久しぶりでございます」


 カスパルの声は柔らかかった。十年間、アレクシスの傍で囁き続けた声。


 「カスパル」


 アレクシスの声は硬かった。だが震えてはいない。


 コンラートが扉の外に立っている。ジークフリート騎士団長が許可した面会。護衛は万全。


 「殿下が直接おいでくださるとは光栄でございます。お茶もお出しできない環境で恐縮ですが」


 「茶はいい。話がある」


 「何なりと」


 アレクシスがカスパルの目を見た。


 十年間見てきた目。穏やかな目。導くような目。だが今は、その目の裏にあるものが見える。


 計算。監視。操作。


 「カスパル。お前は、何年間僕の傍にいた」


 「十年でございます。殿下が三歳の頃から」


 「十年。その十年間、お前は誰のために働いていた」


 カスパルの微笑みが微かに揺れた。


 「殿下のために」


 「嘘だ」


 静かな声。だが鋭い。


 「お前は宰相のために働いていた。僕の傍で僕を監視し、僕の情報を宰相に流していた。コンラートが証拠を掴んだ。宰相邸に密書を送る現場を」


 カスパルの微笑みが消えた。


 完全には消えない。口元には残っている。だが目から光が消えた。


 「……殿下」


 「カスパル。僕はお前に育てられた。お前の言葉で考え方を学んだ。お前がいなければ僕は文字も読めなかっただろう」


 「光栄でございます」


 「だがお前が僕に教えたことは、全て宰相に都合のいい教えだった。『王は臣下に頼るべきだ』。『自分で判断するのは危険だ』。『信頼できる助言者に従え』。全部、僕を従順にするための言葉だった」


 カスパルは黙った。


 「お前は僕を宰相の人形にしようとしていた」


 沈黙。


 鉄格子の向こうで冬の光が差している。


 「殿下。わたくしは、命じられたことをしただけでございます」


 「知っている。お前は宰相に命じられた。だがカスパル、お前にも選択肢はあった。拒否することもできた」


 「拒否すれば、わたくしの家族が」


 「家族」


 「宰相はわたくしの家族を人質にしていました。弟が宰相の管理する養成機関に在籍しています。妹が宰相派の貴族の下で働いています。拒否すれば、二人に何が起きるか」


 アレクシスの表情が変わった。


 人質。


 「……カスパル」


 「殿下を監視することに良心の呵責がなかったわけではありません。殿下は良い子でした。純粋で。わたくしが教えた嘘を、疑いもなく信じてくれた」


 カスパルの微笑みが崩れた。


 「殿下。申し訳ございませんでした」


 頭を下げた。深く。


 アレクシスは何も言えなかった。しばらく。


 「……カスパル。お前を許すかどうかは今は決められない。だが」


 「だが?」


 「お前が証言してくれるなら、家族は僕が守る。弟も。ほかの家族も。宰相の手が届かないところに移す」


 カスパルの目が揺れた。


 「殿下がわたくしの家族を」


 「僕は王太子だ。臣下の家族を守るくらいはできる。いや、するべきだ」


 カスパルの目から——涙が零れた。


 微笑みの男が泣いた。


 「……分かりました。証言します。——全てを。宰相の指示。監視の方法。報告の内容。全てを」


 「ありがとう、カスパル」


 「殿下。十年間お仕えしたことは、全てが嘘ではありませんでした。殿下に文字を教えた時、嬉しかったのは本当です」


 アレクシスの拳が震えた。


 「カスパル。お前は下がれ。もう、僕の傍にはいられない」


 「承知いたしました」


 「だが死ぬな。生きろ。証言した後も。お前の弟と家族のために」


 カスパルが深く頭を下げた。


 「殿下は。殿下は変わられました。三歳の頃の、あの、泣いてばかりの殿下とは」


 「泣いてばかりだったか」


 「はい。よくお泣きになりました。でも今は」


 「今は——泣かない。泣いても立つ」


 アレクシスは背を向けた。拘置房を出た。


 廊下でコンラートが待っていた。


 「殿下。お疲れ様です」


 「コンラート。カスパルの弟と家族を、騎士団の保護下に置いてくれ」


 「承知いたしました」


 「それと」


 アレクシスが立ち止まった。


 「カスパルに毛布を差し入れてくれ。拘置房は寒い」


 コンラートが少しだけ目を見開いた。


 「……はい」


 「許せないが——恨みきれない。十年間の全部が嘘じゃなかったから」


 アレクシスは歩き出した。


 コンラートが後ろを歩いた。半歩下がって。


 「殿下。セレスティア嬢に報告を」


 「ああ。カスパルは証言する。これで七人目、全員が揃った」


 ◇


 公爵邸。


 セレスティアは報告を聞いた。


 「カスパルが証言する」


 「はい。殿下が直接説得されました」


 ナターシャの報告。


 「殿下が」


 「家族の保護を約束して。殿下の判断です」


 セレスティアの目が潤んだ。


 「殿下、成長したね」


 「はい。もう、お嬢様が全てを指示しなくても」


 「指示していたわけじゃないけど」


 「していましたよ。昔は。殿下の行動を、一つ一つ」


 「……そうだったかも」


 「今の殿下は自分で歩けます。お嬢様が手を離しても」


 「手を離す。まだ離さないよ」


 「離さなくていいです。でも、握り方が変わりましたね。引っ張るのではなく、並んで」


 セレスティアは少し赤くなった。


 「ナターシャ。話を戻して」


 「はい。証人七名。全員確保。証言の準備が整い次第、告発に移れます」


 「あと何日」


 「十日です。十日で全ての証言内容を整理し、告発書を完成させます」


 十日。


 「お嬢様。手紙が届いています」


 「誰から」


 「アネリーゼ様から。神殿より」


 封を切った。


 アネリーゼの字。柔らかい字。ミントの香りがする便箋。


 『セレスティアさんへ。


  裁判の準備が進んでいると聞きました。わたしにできることは多くありませんが、祝福の祈りを捧げています。毎朝、毎晩。


  大神官猊下が、裁判について一言おっしゃいました。『正義は天秤のようなものだ。どちらに傾くかは、証拠の重さではなく、真実の重さで決まる』と。


  セレスティアさんの側に真実があります。わたしは信じています。


  裁判が終わったら、神殿の庭でお茶を飲みましょう。新しいハーブを育てたの。カモミール。安眠に効くのよ。


  アネリーゼより』


 手紙を胸に押し当てた。


 「ナターシャ。わたしは幸せ者だ」


 「突然ですね」


 「突然じゃない。ずっと思ってた。こんなに多くの人が一緒に戦ってくれるなんて」


 「お嬢様が一緒に戦いたいと思わせる人だからです」


 「わたしが」


 「はい。さ、紅茶をどうぞ。蜂蜜入りです」


 「毎日ありがとう」


 「毎日がプレゼントですから」


 紅茶を飲んだ。


 甘かった。温かかった。


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