表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

209/224

王宮祭典の夜

 大広間。


 千人を超える来賓が集まっていた。貴族。商人。外交官。聖職者。軍人。王国の全ての層が、この一夜に凝縮されている。


 シャンデリアの灯りが黄金色に輝いている。壁に掛けられた王家の紋章。床は磨き上げられた大理石。楽団が優雅な弦楽を奏でている。


 セレスティアは傍聴席に座った。


 隣にナターシャ。後ろにヴォルフとカタリナ。二列前にイザベラ。


 壇上を見た。


 大理石のタイル。その下に魔法陣が眠っている。闇系統の攻撃魔術。時限式。起動すれば、壇上に立つ者を直撃する。


 致死級。


 だがフェリクスが動いている。


 壇上の左手。楽団の陰にフェリクスの姿があった。白衣ではなく正装。眼鏡の奥の目が鋭い。


 手を壇上の床にかざしている。微弱な魔力で、魔法陣の構造を読み取っている。


 無効化は祭典開始の直前。人々が席に着き、注目が壇上に集まる前に。


 時計を見た。祭典開始まで十五分。


 「ナターシャ。フェリクスおにいさまの状況は」


 「順調です。あと十分で無効化完了の見込み」


 「マティアスは」


 「大広間の東側。宰相の近くに座っています。特に不審な動きはありません」


 「宰相は」


 「正面の貴賓席。微笑んでいます。いつも通り」


 いつも通りの微笑み。あの男は昨日の大議会で法案を否決されたばかりだ。娘に裏切られたばかりだ。なのに微笑んでいる。


 怖い人だ。


 「殿下は」


 「控室です。祭典開始と同時に壇上に上がります。コンラートが傍にいます」


 「ルシアンは」


 「貴賓席の最後列。マティアスと離れた位置ですが、視線が何度か交差しています」


 視線の交差。合図か。


 「警戒を」


 「はい」


 十分が過ぎた。


 フェリクスが壇上から離れた。楽団の陰を通り、傍聴席の方へ歩いてくる。


 セレスティアの横を通り過ぎる時、小さく頷いた。


 無効化完了。


 魔法陣は死んだ。もう起動しない。


 セレスティアは息を吐いた。肩の力が抜ける。


 一つ片付いた。


 トランペットが鳴った。


 「王太子殿下の御入場」


 壇上にアレクシスが現れた。


 金髪。青い目。正装の軍服。十三歳の王太子。半年前より背が伸びている。顔立ちが大人びている。


 壇上に立った。


 ——セレスティアの心臓が跳ねた。


 魔法陣は無効化した。分かっている。安全だ。分かっている。


 「殿下」


 小さく呟いた。


 アレクシスが傍聴席を見た。セレスティアを見つけた。


 微かに頷いた。


 大丈夫。


 その頷きがそう言っていた。


 アレクシスが挨拶を始めた。


 「本日は王宮祭典にお集まりいただき」


 声がはっきりしていた。前回の祭典より堂々としている。カスパルに書かされた原稿ではなく、自分の言葉で話している。


 「この一年、王国は多くの試練に直面しました。父王の病。政治の混乱。ですが、我々は乗り越えてきた」


 議場が静まった。


 「国とは、一人の王のものではありません。ここにいる全ての人のものです。貴族も。商人も。市民も。全員のものです」


 セレスティアの目が熱くなった。


 「わたくしは王太子として、この国の全ての人のために働くことを誓います。それがわたくしの使命です」


 拍手。


 大広間が拍手に包まれた。


 セレスティアは拍手しながら、涙を堪えた。


 隣でナターシャも拍手していた。右腕の包帯が袖口からのぞいている。


 「お嬢様。殿下は立派でした」


 「うん。本当に」


 アレクシスが壇上を降りた。


 祭典の本番が始まる。舞踏。会食。歓談。


 だがセレスティアの仕事は終わっていなかった。


 ◇


 舞踏の時間。


 音楽が流れている。ワルツ。


 貴族たちが踊り始めた。色とりどりのドレスが回転する。


 セレスティアは壁際に立っていた。


 「踊らないの?」


 イザベラが隣に来た。紺色のドレス。


 「踊る相手がいないから」


 「嘘。殿下がこっちを見てるわよ」


 振り返った。


 大広間の反対側。アレクシスが確かにこちらを見ていた。コンラートが隣に立っている。


 目が合った。


 アレクシスが歩いてきた。


 「セレスティア」


 「殿下。挨拶、立派でした」


 「お前の影響だ」


 「わたしの」


 「『国は全員のもの』。お前が昔、石段で言ったことだ」


 「覚えてるの」


 「忘れない。お前の言葉は全部覚えている」


 セレスティアの頬が赤くなった。


 「殿下。人前で」


 「人前でいい。踊るか」


 「え」


 「祭典だ。踊るのは普通だろう」


 アレクシスが手を差し出した。白い手袋。


 セレスティアは息を一つ吸って、手を取った。


 ワルツが流れている。


 二人が踊り始めた。


 大広間の視線が集まった。王太子と公爵令嬢。婚約者候補。政治的な意味を誰もが読み取ろうとしている。


 「殿下。ステップ、上手くなった」


 「コンラートに練習させられた」


 「コンラートがダンスを。想像できない」


 「無表情のまま踊る。怖いぞ」


 セレスティアが笑った。


 アレクシスの手がセレスティアの腰を支えている。温かい。


 「殿下。祭典が終わったら」


 「石段だろう? 覚えている。約束は守る」


 「フリーデリケのパンを持って行く。チーズ入りの」


 「楽しみだ」


 くるりと回った。藤色のドレスが広がった。


 一瞬、セレスティアの視界に、壁際のマティアスが映った。暗い目でこちらを見ている。


 背筋が冷えた。


 でもアレクシスの手が温かかった。


 「どうした。顔色が」


 「なんでもない。踊ろう。もう少し」


 「ああ。もう少し」


 音楽が続いている。二人は踊った。


 ◇


 祭典の後半。会食の時間。


 セレスティアは席に着いた。


 隣にナターシャ。向かいにヴィオレッタ。


 「セレスティア。殿下と踊ってたわね」


 ヴィオレッタがにやりと笑った。赤い巻き髪が揺れる。


 「踊っただけ」


 「踊っただけで顔が赤いのね。可愛い」


 「ヴィオレッタ。からかわないで」


 「からかってないわ。素敵だったと言ってるの」


 ヴィオレッタの声は温かかった。


 「それより、票読みの最終結果は」


 ヴィオレッタの表情が切り替わった。政治の顔。


 「大議会の結果を受けて、中立派の流れが変わってる。イザベラの発言が効いた。宰相派から離反者が出始めてる」


 「離反」


 「大議会で立たなかった若い議員。あの子、実はイザベラの幼馴染なの。イザベラに影響されて、宰相派に疑問を持ち始めた」


 「イザベラの友達」


 「ええ。今は一人だけど。もう少し崩せるかもしれない」


 「ヴィオレッタ。頼りにしてる」


 「任せて。票を動かすのはわたしの仕事よ」


 ヴィオレッタがワインを一口飲んだ。十三歳だが、水で割ったものを。


 「セレスティア。今夜は楽しんだ?」


 「楽しんだ。今夜だけは」


 「それでいいの。明日からまた戦いだから。今夜くらい笑っていなさい」


 「ヴィオレッタ」


 「なに?」


 「ありがとう。いつも」


 「感謝されるほどのことはしてないわ。友達だもの」


 ヴィオレッタが微笑んだ。


 ◇


 祭典が終わった。


 深夜。大広間から人が引き始める。


 セレスティアは出口に向かった。


 ——すれ違った。


 壁際に立つ男。マティアス。


 目が合った。


 暗い目。獣のような目。飢えた目。


 「公爵令嬢。今夜は楽しかったかね」


 マティアスの声。低い。


 「ええ。楽しかったです」


 「それは良かった。楽しい夜は、長くは続かないものだが」


 微笑んだ。温度のない笑み。


 セレスティアは立ち止まらなかった。通り過ぎた。


 ヴォルフがマティアスとセレスティアの間に体を入れた。壁になるように。


 馬車に乗った。


 「ナターシャ。マティアスが」


 「はい。見ていました」


 「あの目。何かを企んでる」


 「はい。ですが、今夜は何も起きませんでした。魔法陣は無効化された。ルドルフは動いていない。祭典は無事に終わりました」


 「無事に」


 「はい。殿下も。お嬢様も。全員、無事です」


 セレスティアは息を吐いた。


 無事だ。


 祭典は終わった。アレクシスは無事だ。魔法陣は無効化した。


 そして宰相を追い詰める証拠が手元にある。


 「ナターシャ。明日から、裁判の準備に入る」


 「はい」


 「宰相を告発する。この証拠を使って」


 「はい。お嬢様」


 「なに」


 「今夜、殿下と踊った時、とても綺麗でした」


 「——急に何」


 「言いたかっただけです。戦いの話の前に」


 セレスティアの頬がまた赤くなった。


 馬車が王都別邸に着いた。


 夜空に星が出ていた。雲の切れ間から。


 「帰ってきた」


 「おかえりなさいませ」


 星が瞬いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ