証拠の精査
祭典の朝。
セレスティアは夜明け前に起きた。
書斎に入った。ヘルマンが既にいた。蝋燭の灯り。痩せた男が書類を並べている。眠っていないのだろう。
「ヘルマン。もう始めてるの」
「はい。夜通し。分類が完了しました」
机の上に書類が山になっていた。フェリクスが転写した三十年分の記録。
ヘルマンは書類を五つの山に分けていた。
「第一群。暗殺関連。毒殺、事故偽装、闇討ちの指示書。計十二件」
「十二」
「第二群。買収・脅迫関連。貴族への圧力、票の買収、証拠隠滅の指示。計二十三件」
「第三群。横領関連。国庫からの不正な資金移動。元財務卿カール・ヴェンデルとの共謀記録。計八件」
「第四群。情報工作。テオドール報告書の改竄指示。世論操作の計画。計六件」
「そして、第五群」
ヘルマンが最後の山を指した。
「セレスティア嬢に関する書類。計四件」
四件。
セレスティアは第五群の書類を手に取った。
一枚目。『アルヴェイン公爵令嬢の排除計画書』。
宰相の筆跡。几帳面な字。セレスティアの名前が何度も出てくる。
『聖魔力保有者セレスティア・フォン・アルヴェインは、王国の秩序に対する潜在的脅威である。排除の方法は以下の通り』
方法が三つ列挙されていた。
第一案。暗殺。却下の注記あり。『公爵家の報復が予測される。リスクが高い』
第二案。冤罪。王太子暗殺の罪を着せ、裁判で処刑する。『最も確実。証拠の捏造が必要。実行時期は婚約後が望ましい』
第三案。追放。国外に追放し、二度と王国に入れない。却下の注記あり。『海外で勢力を築く可能性がある。不確実』
第二案に丸印がついていた。
冤罪による処刑。
セレスティアの手が震えた。
文字が目の前で揺れている。自分の名前。自分の死に方。宰相の几帳面な字で設計されている。
「お嬢様——」
ヘルマンの声。
「大丈夫——。読める」
二枚目。『聖魔力暴走の誘発に関する覚書』。
五歳の魔力暴走事件。あの事件が宰相の仕掛けだったことを示す文書。
『魔力パターンの採取に成功。暴走を誘発し、聖魔力の危険性を実証。今後の排除計画の根拠として使用する』
五歳のあの日。王宮教育プログラムの演習場で魔力炉が暴走した。怖かった。何が起きるか分からなくて、必死で退室するしかなかった。
あれは仕掛けられたものだった。知っていた。フェリクスの分析で。
でも宰相自身の書面で確認すると、違う重みがある。
三枚目。『リリアーナ・フォン・アルヴェイン毒殺に関する指示書』。
母への毒殺指示。実行者の名前。毒の種類、砒素を含む遅効性の混合毒。投与経路、食事に微量ずつ混入。
目的。『公爵家の弱体化。公爵夫人は摂政王妃との友誼により、公爵家の政治的影響力の源泉となっている。排除することで公爵家を孤立させる』
母を殺そうとした理由が、政治。ただの政治。
母の命が政治の道具として計算されている。
セレスティアの目が熱くなった。怒りで。
四枚目。『アレクシス王太子の管理に関する計画書』。
アレクシスの周囲にカスパルを配置した経緯。『王太子を自派の影響下に置くことで、将来の王政を掌握する』
アレクシスも利用されていた。
「ヘルマン」
「はい」
「これだけあれば、宰相を倒せる」
「はい。これだけあれば」
ヘルマンの声は静かだった。だが確信がある。
扉が開いた。フェリクスが入ってきた。眼鏡の奥の目が鋭い。
「セレス。筆跡鑑定の結果が出た」
「鑑定」
「全ての書類の筆跡が宰相本人のものと一致。転写術は筆跡の特徴まで完全に複製する。法廷で提出すれば、本物と認められる」
「本物」
「ああ。宰相の手で書かれた、宰相の犯罪の記録。これ以上の直接証拠はない」
セレスティアは深呼吸した。
証拠が揃った。
母への毒殺指示書。魔力暴走の誘発記録。自分の排除計画書。アレクシスの管理計画。買収。脅迫。横領。
三十年分の不正。全て宰相自身の字で。
「フェリクスおにいさま。これを、いつ使う?」
「祭典の後。まずは今日の祭典を乗り切る。マティアスの魔法陣を無効化して、殿下の安全を確保する。証拠の使用はその後だ」
「裁判」
「ああ。貴族院で宰相を正式に告発する。この証拠を突きつけて」
「おにいさま。怖い」
「怖くていい。怖いまま、やれ」
フェリクスの声は冷静だった。だが目が温かかった。兄の目。
◇
午前十時。祭典の準備。
公爵邸は慌ただしかった。
セレスティアはドレスに着替えた。淡い藤色。あの舞踏会と同じ色。ナターシャが選んだ。
「同じ色」
「はい。あの時のお嬢様が一番綺麗でしたから」
「ナターシャ。今日は戦いの日だよ。綺麗とかじゃなく」
「戦いの日だからこそです。一番綺麗な姿で、勝ちに行きましょう」
ナターシャが髪を結い上げた。銀色の髪。母からもらったラベンダーの髪飾りを挿した。
鏡の中に十三歳の少女がいた。
「いい。いいよ、ナターシャ」
「お嬢様。最高です」
イザベラが部屋に来た。
「セレスティア。綺麗」
「イザベラも。そのドレス」
イザベラは深い紺色のドレスを着ていた。宰相邸から持ってきた数少ない衣服の一つ。
「お母様の形見のドレスよ。今日は、これを着たかった」
母の形見。宰相の妻、イザベラの母は、イザベラが八歳の時に病で亡くなっている。
「似合ってる。すごく」
「ありがとう。行きましょう。祭典に」
◇
馬車が公爵邸を出た。
王宮へ向かう。祭典の会場、大広間。
馬車の中。セレスティアとナターシャとイザベラとヴォルフ。
「ナターシャ。最終確認を」
「はい。フェリクス様は既に王宮入り。壇上の魔法陣の無効化は祭典開始の直前に実行。ジークフリート騎士団長が壇上周辺の警備を最高レベルに設定。コンラートは殿下の傍に。ヴィオレッタは傍聴席で票読みの最終調整」
「マティアスは」
「王宮に出仕しています。通常通り。不審な動きは確認されていません」
「ルシアンは」
「殿下の後方に着席予定。監視対象です」
「ルドルフは」
「宿から出ていません。来賓リストにも名前はありません。マティアスが入館許可を取り消した可能性があります」
「取り消した。ということは」
「暗殺計画は放棄された可能性があります。宰相に止められた時点で」
「でも魔法陣は残ってる」
「はい。念のため、無効化します」
セレスティアは頷いた。
「わたしの合図、覚えてる?」
「殿下の名前。『アレクシス』」
「うん。万が一の時はその声で殿下を動かす」
馬車が王宮の門に着いた。
門が開いた。
「行こう」
セレスティアは馬車を降りた。藤色のドレス。ラベンダーの髪飾り。
王宮の廊下を歩いた。
大広間の扉が目の前にある。
扉の向こうに祭典がある。壇上がある。魔法陣がある。アレクシスがいる。宰相がいる。マティアスがいる。
「ナターシャ。怖い」
「はい」
「でも、行く」
「はい。一緒に」
扉が開いた。
光が——溢れた。
シャンデリアの灯り。音楽。人々の声。華やかなドレス。軍服。宝石の輝き。
セレスティアは一歩踏み出した。




