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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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207/222

潜入作戦

 祭典前夜。深夜零時。


 月は雲に隠れていた。闇の夜。潜入には最適。


 王都別邸の裏口から、四つの影が出た。


 ヴォルフ。ナターシャ。フェリクス。カタリナ。


 セレスティアは見送った。裏口で。ランタンの灯りを遮りながら。


 「全員、帰ってきて」


 「お嬢様。必ず」


 ナターシャが頷いた。右腕の包帯は外していた。痛みはまだあるはずだが、顔には出さない。


 ヴォルフは何も言わなかった。ただ一つ頷いた。


 フェリクスが眼鏡を拭いた。


 「セレス。金庫の中身は全て複写する。原本は動かさない。宰相に気づかれないように」


 「複写。魔術で?」


 「ああ。転写術。文書の内容を白紙に移す。痕跡は残らない」


 「おにいさま。気をつけて」


 「気をつけるのは鍵を開ける十分だけだ。あとはヴォルフとナターシャの仕事」


 カタリナが最後に声をかけた。背の高い女性。辺境伯家で実戦を積んだ騎士。赤い髪を頭の高い位置で束ねている。


 「お嬢様。外周は任せてください。蟻一匹通しません」


 「蟻は通していいよ。人を通さないで」


 カタリナがにっと笑った。


 四人が闇の中に消えた。


 セレスティアは裏口の扉を閉めた。


 書斎に戻った。イザベラが待っていた。宰相邸の見取り図を広げたまま。


 「行った?」


 「行った。あとは待つだけ」


 「待つのが一番辛いわね」


 「うん。自分が行った方がまだ楽」


 ナターシャが淹れた紅茶が冷めている。飲む気になれない。


 「イザベラ。邸の警備の巡回パターンは」


 「深夜は二人一組で三十分おき。東棟は手薄。お父様が書斎を使うのは昼間だけだから」


 「フェリクスおにいさまが封印錠を開けるのに十分。金庫の書類を複写するのに、どのくらいかかる?」


 「書類の量にもよるけど、三十分はかかると思う」


 「三十分。巡回の間に」


 「ぎりぎりね」


 「ぎりぎり、か」


 セレスティアは見取り図を見つめた。宰相邸の三階、東端の書斎。窓は東向き。


 「窓からの脱出経路は」


 「三階の窓から屋根伝いに北棟へ。北棟の裏手に庭木が茂っている場所がある。そこから塀を越えれば裏路地に出る」


 「ニコラスが裏路地に馬車を用意してる。脱出は三分以内」


 「三分」


 「ヴォルフなら一分」


 二人で見取り図を睨んでいた。


 待つしかない。信じて。


 ◇


 宰相邸。東棟。


 ヴォルフが先行した。闇の中を音もなく。


 塀を越えた。庭を横切った。


 警備の巡回をイザベラの情報通りに避ける。東棟の壁に取り付いた。


 ナターシャが続いた。左手だけで壁を登る。右腕は使えるが、全力は出せない。


 フェリクスが最後。白衣は脱いでいる。黒い外套。眼鏡が月明かりを反射しないよう曇り止めを塗ってある。


 三階の窓。


 ヴォルフが窓枠を確認した。罠はない。通常の鍵。ナイフの刃先で十秒で開けた。


 室内に入った。


 書斎。暗い。蝋燭はない。窓から入る微かな光だけ。


 「フェリクス様。封印錠は、あちらです」


 ナターシャが奥の扉を指した。書斎の奥。もう一つの部屋。


 フェリクスが扉に近づいた。手をかざした。


 「……複雑だな。だがイザベラの情報通り。魔力紋認証型。構造は」


 目を閉じた。魔力で封印錠の構造を読み取る。


 三分。


 五分。


 七分。


 ナターシャが窓際で外を見ている。ヴォルフが扉の前で待機。


 「巡回が来ます。一階を通過中」


 ナターシャの声。小さい。


 「あと三分」


 フェリクスの額に汗が浮いている。封印錠の魔力パターンを解析し、疑似的な魔力紋を生成する。繊細な作業。


 九分。


 ——カチリ。


 錠が開いた。


 「開いた」


 フェリクスが息を吐いた。


 「十分以内。さすが、おにいさま」


 ナターシャが呟いた。セレスティアの口癖がうつっている。


 奥の部屋に入った。


 本棚。壁一面の本棚。イザベラが言った通り、三段目の右から四冊目。


 ヴォルフが本を引いた。


 本棚の一部が横にスライドした。


 金庫。鉄製。古い。だが頑丈。


 「これは魔術式ではない。物理錠」


 ヴォルフがポケットからピックを取り出した。


 「二分ください」


 一分四十秒で開いた。


 金庫の扉がゆっくり開いた。


 中には書類の束。何十もの封筒。年代順にラベルが貼られている。


 ナターシャが中を覗き込んだ。灰色の瞳が素早く書類を読み取る。


 「年代順。一番古いものは三十年前。一番新しいものは先月」


 「先月」


 「大議会の法案に関する書類。宰相自身のメモ。そして」


 ナターシャが一通の封筒を抜き出した。


 表書き。宰相の筆跡。


 『アルヴェイン公爵令嬢の排除に関する計画書』


 「これです」


 ナターシャの手が震えていた。


 「フェリクス様。転写を」


 「ああ。全て複写する。一枚も残さない」


 フェリクスが白紙を広げた。手をかざした。魔力が淡く光る。


 転写術。文書の内容を別の紙に移す高等魔術。原本には一切触れない。インクの筆跡まで完全に複製する。


 一枚。二枚。三枚。


 ナターシャが封筒を次々と開封し、フェリクスに渡す。フェリクスが転写する。ヴォルフが窓際で警戒。


 十分。


 十五分。


 二十分。


 「巡回。二階を通過」


 ヴォルフの声。


 「あと何枚」


 「十二枚」


 二十五分。


 二十八分。


 「最後の一枚」


 フェリクスの手が光った。最後の転写。


 完了。


 「全て複写しました」


 ナターシャが金庫の書類を元に戻した。封筒の位置。角度。埃の乗り方まで記憶して、再現した。


 金庫を閉めた。本棚を戻した。


 封印錠をフェリクスが再封印した。


 「痕跡はない。宰相が開けても、何も変わっていないように見える」


 「完璧」


 窓から脱出。屋根伝いに北棟へ。庭木を伝って塀を越える。


 裏路地。ニコラスの馬車が待っていた。


 乗り込んだ。


 走り出した。


 馬車の中でナターシャが転写した書類の束を抱えていた。三十年分の不正の記録。


 「成功」


 ヴォルフが言った。珍しく。声に安堵がある。


 フェリクスが眼鏡を拭いた。額の汗を袖で拭った。


 「二度とやりたくない」


 「おにいさま。潜入は向いてないですね」


 「分かっている。俺は研究室にいるべき人間だ」


 ナターシャが少しだけ笑った。


 だがヴォルフの左腕に、赤い染みがあった。


 「ヴォルフ。腕」


 「掠り傷です。塀を越える時に」


 「傷」


 「問題ありません。任務完了です」


 ヴォルフの声は平坦だった。いつも通り。


 馬車が王都別邸に着いた。


 ◇


 裏口が開いた。


 セレスティアが立っていた。ランタンを持って。


 「おかえり」


 声が震えていた。


 「ただいま戻りました。全書類の複写、完了です」


 ナターシャが書類の束を差し出した。


 セレスティアは受け取った。——重い。紙の束だけで。三十年分の不正の重さ。


 「ヴォルフ。腕」


 「掠り傷です」


 「また掠り傷。ナターシャの時も掠り傷って言った」


 「事実です」


 「……手当てして。絶対に」


 「承知いたしました」


 イザベラが書斎から出てきた。


 「成功?」


 「成功。イザベラの情報が完璧だった。一ミリのずれもなかった」


 イザベラが息を吐いた。安堵の息。


 「良かった。本当に」


 セレスティアは書類の束を抱えたまま書斎に向かった。


 「明日。祭典の日に、全てを精査する。ナターシャ、ヘルマン、フェリクスおにいさまと一緒に」


 「今夜は」


 「今夜は寝る。明日に備えて」


 セレスティアは振り返った。


 四人の仲間を見た。ヴォルフ。ナターシャ。フェリクス。カタリナ。


 「みんな、ありがとう」


 「お嬢様。礼は成功してからと、公爵様が」


 「成功した。だから言う。ありがとう」


 四人がそれぞれに頷いた。


 公爵が書斎の扉の前に立っていた。眠っていなかったらしい。


 「お父様」


 「黙認した。だが、これきりだぞ」


 「はい。これきりで十分です」


 公爵が娘の頭を撫でた。


 「よくやった」


 その一言がセレスティアの胸を温めた。


 父の手。大きな手。


 「おやすみ、お父様」


 「おやすみ。明日は長い一日になる」


 祭典の日。


 セレスティアはベッドに入った。書類の束を枕元に置いて。


 自分の「死」の計画書が枕元にある。


 不思議な気持ちだった。


 目を閉じた。


 明日は長い一日になる。


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