宰相への接触
祭典まであと十日。
セレスティアは三度目の賭けに出た。
宰相に会いに行く。
前回はマティアスの国王暗殺未遂を伝えた。その次は偶然を装った対面で宣戦布告した。
「危険です」
ナターシャが止めた。珍しく強い口調で。
「宰相に情報を渡しすぎています。二度目の訪問で、宰相はお嬢様の情報力を警戒している。三度目は罠と疑う可能性があります」
「疑わせていい。宰相が疑えば疑うほど、マティアスへの不信が深まる」
「ですが、宰相がお嬢様を敵と認定すれば」
「もう認定されてる。宣戦布告した時点で。今更隠れても遅い」
セレスティアは髪を結い直した。ラベンダーの髪飾り。母の誕生日プレゼント。
「ナターシャ。わたしは宰相に情報を渡しに行くんじゃない。宰相を動かしに行くの」
「動かす?」
「マティアスの暗殺計画を宰相が知れば、宰相は計画を潰す。自分の手で。宰相にとって王太子暗殺は不利だから。わたしたちが直接阻止するよりも、宰相に潰させた方が確実」
「宰相に仕事をさせるのですか」
「そう。敵に仕事をさせる。敵同士を潰し合わせる。わたしたちは手を汚さない」
ナターシャがしばらく沈黙した。
「お嬢様。宰相を道具として使おうとしている自覚はありますか」
「ある」
「宰相は道具にされたと気づきます。確実に」
「気づいていい。気づいた上で動かざるを得ない状況を作る。宰相にとっても王太子暗殺は許容できない。利害が一致している。一致しているなら利用できる」
「利害の一致を味方の代わりにするのですね」
「味方じゃない。一時的な利害の共有。宰相とわたしは敵。でも今この瞬間だけ、マティアスという共通の敵がいる」
ナターシャが頷いた。
「承知いたしました。お供します」
◇
王宮。宰相の執務室。
三度目の訪問。
宰相ヴィクトール・ド・ガルニエは——微笑んでいなかった。
「セレスティア嬢。また来たか」
「お忙しいところ恐縮です」
「忙しいのは確かだ。だが、お嬢さんの訪問は常に情報を伴う。聞かないわけにはいかないな」
宰相の目が冷たかった。計算の目。品定めの目。
「何を持ってきた」
「閣下。副宰相が、また動いています」
「また。今度は何だ」
「王太子殿下の暗殺計画です」
宰相の指が机の上で止まった。ペンを持っていた手が。
「暗殺。アレクシスを?」
「はい。王宮祭典の夜。壇上に魔法陣が仕掛けられています。実行犯はマティアスが闇市場で雇った術者。そしてセレスティアの魔力紋を偽造した冤罪工作も進行中です」
沈黙。
宰相の目が——氷点下になった。
「証拠は」
「魔法陣の位置は特定済みです。実行犯の名前も判明しています。ですが、閣下に証拠を渡すために来たのではありません」
「ならば何のために」
「閣下に止めていただくために」
宰相の眉が動いた。
「私に止めろと」
「はい。マティアスは閣下の部下です。閣下の命令なら止まる。少なくとも、表向きは」
「なぜ私が止めなければならない。お前たちが近衛騎士団と連携して阻止すればいいだろう」
「できます。でも、それではマティアスは逮捕されるだけです。閣下の名前も出る。副宰相が王太子暗殺を企てた。その事実は、宰相の管理責任を問われる」
宰相の目が鋭くなった。
「つまり、お前は、私に恩を売ろうとしている」
「恩ではありません。提案です。閣下がマティアスを止めれば、事件は表に出ない。閣下の名前も傷つかない。わたしたちは殿下の安全を確保できる。全員が得をする」
「全員?」
「はい。マティアスを除いて」
宰相が椅子の背にもたれた。
長い沈黙。
「セレスティア嬢。お前は何者だ」
「ただの十三歳の少女です」
「嘘だな」
「嘘ではありません。ただの十三歳の少女が、少し多く知っているだけです」
「少し、か」
宰相が立ち上がった。窓辺に歩いた。背中を見せた。
「お前の父親は優秀な政治家だ。だが、お前は父親とは違う」
「何が違いますか」
「ライナルトは正面から戦う。正々堂々と。お前は、敵の武器を借りて戦う。敵同士を戦わせる。自分は手を汚さない」
振り返った。
「私と似ているな」
セレスティアの心臓が冷えた。
「似ていません」
「ほう」
「閣下は自分のために動く。わたしは守りたい人のために動く。同じ手法でも、目的が違えば、意味が違います」
「目的。目的など、時と共に変わる。お前もいつか自分のために動くようになる」
「ならない」
「断言するのか」
「断言します。わたしは、閣下にはならない」
宰相がじっと、セレスティアを見た。
長い視線。探るような。測るような。
「……マティアスは止める。だが」
「だが?」
「お前に借りは作らない。これは私自身の判断だ。部下の暴走を止めるのは、上官の責任にすぎない」
「もちろんです。借りなど存在しません」
宰相が微笑んだ。三度目の訪問で、初めて。
だが、温度のない笑みだった。
「面白い子だ。三度目だがな、この台詞は」
「お気に入りの台詞ですね、閣下」
「お前が面白いのが悪い。帰りなさい。残りの準備は、こちらでやる」
セレスティアは一礼して退室した。
廊下に出た瞬間——膝が笑った。
ヴォルフが支えた。無言で。
「ありがとう。三回目でも慣れないね」
ナターシャが水を差し出した。
「お嬢様。今日のやり取りは、過去二回よりも危険でした」
「分かってる。宰相はわたしの手法を見抜いている。次はもう通用しない」
「次は直接対決になります」
「うん。次は、法廷で」
水を飲んだ。冷たかった。喉が乾いていた。
「帰ろう。まだやることがある」




