王太子暗殺計画の発覚
対策会議は深夜に開かれた。
公爵邸の書斎。蝋燭の灯り。窓の外では雨が止んで、月が雲の切れ間から覗いていた。
出席者は五人。公爵ライナルト。セレスティア。ナターシャ。ヘルマン。ヴォルフ。
ヘルマンが報告した。
「ニコラスの情報を精査しました。暗殺計画の概要は以下の通りです」
痩せた手が書類を広げた。
「暗殺方法、儀式魔法。闇系統の攻撃魔術を、事前に刻んだ魔法陣から発動させる。術者は現場にいる必要がない。魔法陣に魔力を込めておけば、時限式で発動する」
「遠隔攻撃」
「はい。毒のように配膳係が必要ない。犯人の特定が極めて困難です」
「実行犯は」
「マティアスが闇市場経由で雇った術者。名前は不明。ですが、ニコラスが追跡中です」
「時期は」
「王宮祭典の夜。大広間に人が集まる。王太子が壇上に立つ場面で魔法陣が発動する。壇上に刻まれた魔法陣から、殿下を直撃する」
「壇上に、もう魔法陣が刻まれている?」
「未確認です。ですが準備は進んでいるとのこと」
「ヘルマン。冤罪の部分は」
「はい。ニコラスの報告によると、セレスティア嬢の魔力紋を偽造した証拠が準備されている、とのことです」
「魔力紋」
「魔術攻撃には施術者の魔力紋が残ります。魔法陣に込められた魔力を分析すれば、誰が術を施したか特定できる。マティアスはお嬢様の魔力紋を何らかの方法で採取し、魔法陣に偽装する計画です」
「わたしの魔力紋を偽造? そんなことができるの?」
フェリクスの論文を思い出した。聖魔力は光と闇の融合。通常の魔力とはパターンが違う。偽造は理論上は可能だが、極めて難しいはず。
「五歳の暴走事件」
ヘルマンが言った。
「五歳の魔力暴走の際に、何者かがお嬢様の魔力パターンを計測した。以前フェリクス様が言及された件です。あの時のデータがマティアスの手元にある可能性があります」
五歳の暗殺未遂。あの時、魔力パターンが計測された。その目的が八年越しに見えた。
「八年前から」
声が震えた。怒りで。
公爵が口を開いた。
「ヘルマン。宰相はこの計画を知っているのか」
「知らない可能性が高い。マティアスは宰相との信頼を失っています。独自の判断で動いている」
「ならば二つの方法がある」
公爵が指を立てた。
「一つ。暗殺計画を直接阻止する。魔法陣を見つけ、無効化する」
「二つ目は?」
「マティアスの計画を泳がせる。計画が進行する中で証拠を掴み、マティアス本人を告発する」
沈黙。
セレスティアは考えた。
阻止は安全だが、マティアスを追い詰められない。計画を潰しても、マティアスは「知らない」と言い逃れる。別の計画を立てるだけだ。
泳がせれば、マティアスの関与を証明できる。だがリスクがある。万が一、阻止に失敗すればアレクシスが死ぬ。
「殿下の命を賭けにはできない」
セレスティアの声は、はっきりしていた。
「阻止する。魔法陣を見つけて無効化する。同時に、マティアスの計画の証拠を別経路で集める。両方やる」
公爵が頷いた。
「両方か。欲張りだな」
「欲張らないと守れない。殿下の命と、マティアスの告発と。どちらか一つではなく、両方」
ヘルマンが微笑んだ。
「お嬢様らしい。では、二方面作戦の詳細を」
◇
作戦は二つに分かれた。
第一班。魔法陣の捜索と無効化。
担当はフェリクスとグレーテル。魔術の専門家二人。王宮祭典の会場、大広間の壇上を中心に、魔法陣の痕跡を探す。フェリクスの聖魔力理論と、グレーテルの魔力探知技術を組み合わせれば見つけられるはず。
第二班。マティアスの証拠収集。
担当はナターシャとニコラス。マティアスが暗殺者を雇った証拠。資金の流れ。接触記録。闇市場の取引履歴。
「ニコラスには至急連絡を。報酬は惜しまないで」
「承知いたしました」
「それとジークフリート騎士団長にも情報を共有する。祭典の警備を強化してもらう」
「騎士団長を信頼するのですか」
「信頼する。あの人は殿下の命を何よりも優先する人だから」
ヴォルフが口を開いた。
「お嬢様。祭典の当日、お嬢様自身の護衛を強化させてください」
「わたしの?」
「冤罪工作がある以上、お嬢様も標的です。暗殺が成功しなくても、お嬢様に嫌疑をかけるための状況証拠を作ろうとする可能性がある」
「……そうだね。ヴォルフ、当日はわたしの傍を離れないで」
「もちろんです。十年間、そのためにここにおります」
ヴォルフの声はいつも通り平坦だった。だがその言葉の重みを、セレスティアは知っている。
◇
会議が終わった。深夜二時。
父が書斎に残って書類を読んでいる。ヘルマンも。ヴォルフは廊下に立っている。
セレスティアはナターシャと二人で、自室に戻った。
「ナターシャ」
「はい」
「——怖い」
「はい」
「でも、知っているということは——戦えるということ」
「はい。お嬢様は戦えます」
「二週間。短いけど」
「十分です。お嬢様には仲間がいますから」
ナターシャが紅茶を淹れてくれた。深夜の紅茶。蜂蜜入り。
温かかった。
「ナターシャ。今日はわたしの誕生日だった」
「はい。十三歳の」
「朝は家族に祝ってもらって。夜は暗殺計画の対策会議。すごい誕生日」
「来年はもう少し穏やかな誕生日にしたいですね」
「来年、あるかな。誕生日」
「あります。——わたしが、あるようにします」
ナターシャの声は静かだが、揺るぎなかった。
セレスティアは紅茶を飲み干した。
「ありがとう。おやすみ、ナターシャ」
「おやすみなさい、お嬢様。良い夢を」
ベッドに入った。枕元のラベンダーの小袋の匂いを吸い込んだ。
「負けない」
小さく呟いて、目を閉じた。
雨上がりの月が、窓から覗いていた。




