↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第1章 三歳から始める最初の砦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/383

漏洩の兆候

 聖魔力の覚醒から三日後。


 ディートリヒ・クラウスが「急用」で王都へ向かった。


 朝礼の場で、ディートリヒは穏やかな笑顔で公爵に報告した。

 「先日の穀物取引の件で、王都の商会と直接交渉が必要になりました。往復で十日、向こうで三日。半月ほど留守にいたします」


 公爵は頷いた。表情は変えない。だがセレスティアは知っている――ヘルマンに命じた監視が始まっていることを。


 問題は、ディートリヒの「急用」が本当に穀物取引なのかどうかだ。


 セレスティアには、穀物取引ではないという疑いがあった。

 あの男は、公爵家で起きた「異変」を宰相に報告しに行った可能性が高い。だが、聖魔力という正体まで察しているかは分からない。


 緊急家族会議で「聖魔力は最高機密」と決めた。知っているのは公爵、フェリクス、ヘルマン、マルガレーテ、ナターシャ、そしてセレスティア本人の六人だ。


 だがディートリヒは家臣団の中枢にいる。屋敷内の異変は嫌でも耳に入る。庭で野犬事件が起きたこと。花壇が半壊したこと。公爵が緊急会議を開いたこと。フェリクスが書庫に閉じこもって魔力学の本を読み漁っていること。


 断片をつなぎ合わせれば、「セレスティアに異常な魔力が覚醒した」と推測するのは難しくない。ディートリヒは有能な男だ。嗅覚が鋭い。


 そしてディートリヒは宰相派の人間だ。

 公爵家にとって不利な情報は、即座に宰相に売る。


 焦りが胸を締めつけた。


 聖魔力の情報が宰相に届けば、宰相は必ず動く。前世でもそうだった。聖魔力保有者は「脅威」だ。数百年に一人の力。王家を凌駕しかねない力。宰相にとって、制御下に置くか排除するかの二択しかない。


 排除が選ばれれば、セレスティアの命が危ない。

 制御下に置かれれば、公爵家から引き離される。


 どちらも許容できない。


 セレスティアはナターシャを呼んだ。


 「ナターシャ、おねがいがあるの」


 「何ですか、お嬢様」


 「ディートリヒさまがおでかけしたの、しってる?」


 「はい、今朝出発されたと聞きました」


 「ディートリヒさまがでかけるまえに、だれかとおはなししてなかった? おてがみかいてなかった?」


 ナターシャは少し考えてから答えた。


 「昨日の夕方、ディートリヒ様が自室で手紙を書いているのを見ました。廊下を掃除していた時に、扉が少し開いていて」


 「おてがみのふうろう、みえた?」


 「ふうろう……封蝋ですか? 書いていた手紙には、まだ。でも机の上に、開いた手紙が一通ありました。赤い蝋で封を切ってあって、紋章は……お屋敷のものとは違いました」


 セレスティアの心拍が上がった。


 公爵家の封蝋は青い蝋に鷲の紋章だ。赤い蝋に別の紋章なら、少なくとも屋敷の内から出た手紙ではない。


 「その紋章、どんなかたちだった?」


 「えっと……細かいところは分からなかったんですけど、盾の中に蛇みたいな模様が……」


 蛇。盾に蛇。


 ガルニエ家の紋章に似ている。宰相家の盾には、二匹の蛇が絡み合う意匠がある。


 前世で一度だけ、その男の顔を見た。法廷だった。白髪。六十代。目が動かない。判決が読み上げられる間、その男はただ座っていた。満足も怒りも見せない顔で。ただ確認するように。

 あの目が、今も公爵家を見ている。何年も前から。


 少なくとも、ディートリヒが宰相家を思わせる紋章の手紙を受け取っていたことは確かだ。


 ディートリヒは宰相家へ報告書を書き、それを持って王都に向かったのかもしれない。宰相本人に直接会えるとは限らず、会えなければ側近に書面を預けることになる。口頭で伝えるにしても、宰相府では記録に残す形を求められるはずだ。内容はおそらく、野犬事件と「令嬢に異常な覚醒があった」という報告。最悪の場合、そこから聖魔力に辿り着いている。


 「ナターシャ、ありがとう。これ、ないしょだよ」


 「はい、お嬢様。誰にも言いません」


 ナターシャは真面目な顔で頷いた。この子の忠誠心は本物だ。


 だが報告書の存在が分かっても、ディートリヒは既に王都に向かっている。手紙を止める手段はない。


 セレスティアは考えた。


 ディートリヒの不在は半月近い。あの男が王都に行っている間、部屋は無人だ。証拠を探すなら今しかない。


 だが三歳の身体で、大人の部屋に忍び込むのは困難だ。そもそも見つかれば言い訳が利かない。


 誰かの力を借りなければ。


 ヘルマン? 公爵の命令で監視を始めているが、部屋の捜索まで踏み込んでいるかは分からない。


 フェリクス? 学者の兄は直接的な行動は苦手だ。


 ならば――


 セレスティアの目がナターシャに向いた。


 ナターシャ。侍女。屋敷中を掃除で回る。ディートリヒの部屋の清掃も侍女の仕事だ。


 「ナターシャ」


 「はい」


 「ディートリヒさまのおへや、おそうじするのはだれ?」


 「交代制です。今週は……私の担当だと思います」


 「ナターシャ、おそうじのときに、ディートリヒさまのおへやで、おてがみとか、かわったもの、みつけたらおしえて」


 ナターシャの顔が少し強張った。他人の部屋を探るということの意味を、十二歳なりに理解している。


 「それは……覗き見になりませんか?」


 「おそうじしてたらめにはいった、でいいの。わざわざさがさなくていい。ただ、みえたものをおしえて」


 ナターシャは少し考えてから頷いた。


 「分かりました。お掃除の時に気づいたことを、お嬢様にお伝えします」


 「ありがとう、ナターシャ。だいすき」


 ナターシャの顔が明るくなった。「私もお嬢様が大好きです」


 ◇


 翌日。ナターシャがディートリヒの部屋の清掃を行った。


 夕方、セレスティアの部屋に報告に来たナターシャの顔は強張っていた。


 「お嬢様。引き出しには、鍵がかかっていました」


 ディートリヒは、重要なものを収める引き出しを施錠している。


 「さわってない?」


 「はい。取っ手にも鍵穴にも触れていません。ただ、昨日机の上にあった赤い封蝋の手紙が、今日はどこにもありませんでした。机の上も、屑籠も、暖炉の灰も見ました。でも、ありません」


 「かぎのついてるとこ」


 「私も、そう思います」


 ナターシャは清掃の範囲を越えていない。前日に開いた扉の向こうで見えた赤い封蝋と、今日も固く閉じたままの引き出し。その二つを報告しただけだ。


 ディートリヒは鍵をかけ忘れてなどいない。半月部屋を空けるからこそ、証拠を全て施錠して出発したのだ。


 だが、場所は絞れた。


 公爵が命じた監視の範囲なら、ヘルマンは部屋を調べられる。引き出しを開ける権限も、父から得られる。


 「ナターシャ、ありがとう。もうなにもしなくていいよ」


 「ですが、お嬢様」


 「かぎをあけたら、ナターシャがうたがわれる。あとはヘルマンおじさまにたのむ」


 ナターシャは安堵したように、同時に不安そうに頷いた。


 「分かりました」


 明日、ヘルマンに伝える。


 セレスティアは静かに息を吸い、三つ数えて止めた。同じ長さで吐き出し、最後にもう一度、短く息を留める。教わった呼吸の型を、身体に思い出させるように。


 心を鎮める。焦るな。一手ずつ。


 ディートリヒが王都から戻る前に、証拠を公爵の手に渡す。

 そうすれば、公爵が動けるだけの証拠がそろう。


 窓の外は夕闇に染まりつつあった。

 ディートリヒが王都で何を話しているか、セレスティアには分からない。

 宰相の手足はこの男一人ではない。王都に網がある。官僚、商人、そして、王宮の中にも。

 前世で宰相の傍に少年がいた。第一王子。側室の子。名はルシアン。宰相の薫陶を受けて育てられた少年。

 今はまだ幼い。だが宰相は、その少年を自分の手駒に育てようとしているのかもしれない。

 一方、公爵家の中では、確実に包囲網が狭まっている。


 裏切り者が自由に動ける時間は、残り少ない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
宰相家宛の手紙を宰相家の紋章で封をするの? 使用人が封蝋してもいいものですか? 引出しの手紙は宰相家からのものだと思いますが、封蝋したままだったってことは、中身読んでないの?
『ディートリヒは宰相家に手紙を書き、それを持って王都に向かった。』 直接会うんなら口頭で伝えればいいのに 手紙を書く意味がわからん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。