表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

186/260

リディアの故郷

 学園の中庭。石段。いつもの場所。


 リディアが——泣いていた。


 セレスティアが石段に着いた時、リディアはフリーデリケの肩に顔を埋めていた。フリーデリケが黙って背中をさすっている。アネリーゼが隣で手を握っている。


 「リディアさま」


 セレスティアの声に、リディアが顔を上げた。目が赤い。鼻も赤い。いつもの凛とした表情が崩れていた。


 「セレスティア、ごめんなさい。みっともないところを」


 「みっともなくない。何があったの」


 リディアが手に持った紙を差し出した。薄い紙。海を越えてきた紙。塩の匂いがする。


 「故郷から密使が来たの。昨夜」


 南方。リディアの故国。エルディアに滅ぼされ、今はアルマンド将軍に踏みにじられている小国。


 「密使」


 「故国の残存勢力がレジスタンスを組織した。山中に潜伏して、アルマンドの軍と戦っている。でも物資が足りない。武器も食料も。このままでは」


 声が震えた。


 「このままでは全滅する」


 セレスティアは紙を読んだ。古い文字。リディアの母国語で書かれている。


 「リディアさま。これを翻訳してくれる?」


 リディアが頷いた。涙を拭いて、紙を読み上げた。


 「『リディア姫。我々は山中にて抵抗を続けている。兵力三百。だが補給線は断たれ、二ヶ月以内に弾薬が尽きる。レグナシオン王国に支援を求められないか。姫の人脈を頼みにしている。トマス・モレッティ、レジスタンス指揮官』」


 三百人。二ヶ月。


 リディアの故国で人が死にかけている。


 「リディアさま。帰りたい?」


 リディアの体が震えた。


 「帰りたい——」


 声が絞り出された。


 「帰りたい。故郷に。みんなのところに。でも」


 「でも?」


 「帰っても、わたし一人では何もできない。姫といっても、十二歳の女の子一人。兵を率いることもできない。武器もない。金もない」


 「……」


 「でもここにいれば。レグナシオン王国にいれば、外交の道がある。支援を取り付ける可能性がある。セレスティア、あなたの傍にいれば」


 リディアがセレスティアを見た。赤い目で。


 「あなたの傍にいれば、この国を変えられる。この国が変われば、南方の情勢も変わる。宰相がアルマンドを利用するのを止められれば、故郷の人たちも」


 「リディアさま。わたしはあなたを引き止めない」


 リディアの目が見開かれた。


 「引き止めない?」


 「リディアさまの国も大切。帰りたいなら帰っていい。わたしはあなたの選択を尊重する」


 「でもあなたの戦いは」


 「わたしの戦いのために、リディアさまの故郷を犠牲にはできない」


 沈黙。


 フリーデリケがリディアの背中をさすりながら、小さな声で言った。


 「リディアさま。どっちでもいいと思います」


 「フリーデリケ」


 「帰っても、残っても。リディアさまが決めたことなら、わたしたちは応援する。ね?」


 フリーデリケがセレスティアを見た。アネリーゼを見た。二人が頷いた。


 リディアの涙がまた流れた。


 しばらく泣いた。石段の上で。春の風の中で。


 泣き終わった後、リディアが顔を上げた。


 「決めた」


 「うん」


 「残る。——今は、ここで戦う」


 「……いいの?」


 「帰ってもわたし一人では何もできない。でもここにいれば、外交で、情報で、この国の力を使って、故郷を救える可能性がある」


 リディアが立ち上がった。涙を拭いた。凛とした顔が戻った。


 「帰るのは、この国を変えた後。セレスティア。あなたが宰相を倒して、アルマンドへの裏支援を止めて、南方に正義の同盟を作った、その後で」


 「大きな注文だね」


 「あなたならできる。わたしの国の諺にね。『海を渡る船は、一人では漕げない。でも友がいれば、嵐も越えられる』」


 セレスティアは微笑んだ。


 「リディアさま。それ、今考えた?」


 「……ばれた?」


 「ばれた。リディアさまの諺は、いつも即興だから」


 リディアが——ぷっと笑った。涙の跡が残ったまま。


 「即興じゃないわよ。半分くらいは本当の諺。残り半分がわたしのアレンジ」


 「どこからがアレンジ?」


 「『友がいれば』のところから」


 「一番大事なところじゃない」


 四人で笑った。石段の上で。春の風の中で。


 ◇


 その日の午後。セレスティアはリディアと二人で、密使との連絡路について話し合った。


 「密使はどの経路で来た?」


 「商船に紛れて。南方の交易船。ガルニエ商会の監視網をかいくぐって」


 「ガルニエ商会の監視網」


 「ええ。南方の海路はガルニエ商会が支配している。通常の船では情報が筒抜けになる」


 「ニコラスの闇商人ギルドに別の航路がないか聞いてみる」


 「闇商人」


 「信用できる相手よ。情報のプロ。リディアさまの密使と連絡を維持する方法を探す」


 リディアがセレスティアの手を握った。


 「ありがとう。あなたは自分の戦いだけでも大変なのに」


 「リディアさまの戦いも、わたしの戦い。南方の問題を解決することは、宰相の力を削ぐことに直結する。利害が一致してるの」


 「利害ね。あなたは本当に、政治家の言い方をする」


 「違うよ。本音はリディアさまの故郷を助けたい。それだけ」


 リディアの目が潤んだ。でも泣かなかった。今度は。


 「セレスティア。わたし、あなたに出会えてよかった」


 「わたしも。リディアさまの外交知識がなかったら、南方の裏事情は分からなかった」


 「外交知識ね。滅んだ国の姫の、唯一の武器」


 「唯一じゃない。リディアさまの武器は勇気。海を渡って、知らない国で、一人で立った勇気」


 リディアが微笑んだ。


 「勇気じゃないわ。必死だっただけ」


 「必死と勇気は同じだと思う」


 「あなたの諺?」


 「わたしの即興」


 「じゃあ、半分本当で半分アレンジね」


 二人で笑った。


 石段に戻った。フリーデリケが丸いパンを四つに割って配っていた。


 「はい。リディアさまの分」


 「ありがとう、フリーデリケ」


 リディアがパンを受け取った。かじった。


 「美味しい」


 「でしょう? 今日は少しだけ塩を多めにしたの。泣いた後は塩気が欲しくなるかなって」


 リディアの目が丸くなった。


 「フリーデリケ。あなた、気が利きすぎない?」


 「えへへ」


 フリーデリケが笑った。無邪気に。


 石段。春の風。丸いパン。四人の少女。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ