表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
断頭台の朝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

175/306

12歳の舞踏会

 十二歳の誕生日は、ドレスの海に溺れることから始まった。


 「こちらのサーモンピンクも素敵ですが、お嬢様のお肌にはこちらの淡い藤色が」


 「いえ、王太子の婚約者なのですから、王家の色に寄せた白金がよろしいかと」


 「白金は地味すぎます。十二歳の社交デビューですよ? もう少し華やかに」


 仕立て屋が三人。布地の見本帳が五冊。リボンの山が机を埋めている。


 セレスティアは鏡の前に立たされて、次々と布地を当てられていた。


 「ナターシャ、助けて」


 「お嬢様。これは我慢してください。社交デビューのドレスは一生ものです」


 「一生着るの、これ?」


 「比喩です」


 ナターシャまで楽しそうだった。いつもは冷静な侍女の目がきらきらしている。布地を見る目が違う。情報分析の時とは別種の真剣さで、色味の違いを検討している。


 「ナターシャ、あなたこういうの好きなの?」


 「嫌いではありません」


 「目がきらきらしてるけど」


 「気のせいです」


 絶対気のせいではなかった。


 結局、淡い藤色のドレスに決まった。リリアーナの助言だ。「あの子の銀髪には藤色が映えるわ」と。母の目は正しかった。


 鏡に映った自分を見た。


 銀色の髪が肩まで伸びている。淡い藤色のドレス。レースの袖。胸元に小さな銀の飾り、クローバーの形をしている。父からの誕生日の贈り物だった。


 「……誰、これ」


 「お嬢様ですよ」


 「わたし、こんな顔だったっけ」


 鏡の中の少女は綺麗だった。自分で言うのは変だけれど。銀髪と藤色の組み合わせが、碧い瞳を引き立てている。


 「お嬢様。綺麗ですよ」


 ナターシャが珍しく、率直に言った。


 「……ありがとう」


 頬が熱くなった。褒められ慣れていない。戦略や分析を褒められることはあっても、外見を褒められることはほとんどなかった。


 ◇


 舞踏会場。王宮の大広間。


 水晶のシャンデリアが天井から何十本も下がっている。蝋燭の光が水晶を通って、虹色の粒になって降り注ぐ。大理石の床は磨き上げられ、ドレスの裾が映る。


 百人以上の貴族が集まっていた。社交デビューの舞踏会は、王国の一大行事だ。


 セレスティアは広間の入口に立った。


 「アルヴェイン公爵家息女、セレスティア・フォン・アルヴェイン嬢」


 名前が呼ばれた。広間の視線が一斉にこちらを向いた。


 百の視線。


 政治家の目。分析する目。品定めする目。好奇の目。嫉妬の目。そして、


 広間の中央に立っている少年の目。


 アレクシスがセレスティアを見ていた。


 白い礼服。金の肩章。ブロンドの髪が整えられている。いつもの無造作な髪形ではなく、きちんと。


 目が合った。


 アレクシスの表情が——変わった。一瞬。ほんの一瞬だけ。驚いたような、見惚れたような。すぐに取り繕ったけれど。


 セレスティアはその一瞬を、見逃さなかった。


 心臓が、一拍、余計に打った。


 違う。これは政治の場。集中しなければ。


 大広間を歩いた。百の視線の中を。背筋を伸ばして。藤色のドレスの裾が大理石の上を滑る。


 アレクシスの前に立った。


 「殿下。お招きありがとうございます」


 「ああ。よく来た」


 アレクシスの声が、語尾で上擦った。


 「殿下? お顔が赤いですよ」


 「赤くない。広間が暑いだけだ」


 嘘だ。広間は涼しい。窓が全て開いている。


 だがセレスティアは追及しなかった。自分の頬も熱かったから。


 ◇


 舞踏会が始まった。


 最初のダンスは婚約者同士で。


 楽団がワルツを奏でた。弦楽器の旋律が広間に満ちる。


 アレクシスが手を差し出した。白い手袋。


 セレスティアがその手を取った。


 触れた瞬間——アレクシスの手が、指先から震えた。


 「殿下。緊張してる?」


 「していない」


 「手が震えてる」


 「震えていない。お前こそ、手が冷たいぞ」


 「緊張してるから」


 「お前が緊張するのか」


 「するよ。百人に見られてるもの」


 二人で小さく笑った。


 ワルツが始まった。一歩、二歩、三歩。回転。


 ダンスの練習はナターシャに付き合ってもらった。ナターシャは踊りも上手だった。「侍女の基本教養です」と言っていたが、あの動きは基本教養の域を超えていた。


 アレクシスのリードは悪くなかった。少しぎこちないけれど、拍子を外さない。


 「殿下、練習した?」


 「した。コンラートに付き合わせた」


 「コンラートに?」


 「あいつの足を何度も踏んだ。怒っていた」


 セレスティアは笑いを堪えた。コンラートとダンスの練習をするアレクシス。想像するだけで面白い。


 「コンラートは許してくれた?」


 「『もう二度とやらない』と言われた」


 回転。ドレスの裾が広がった。藤色の布地がシャンデリアの光を受けて、淡く光った。


 「セレスティア」


 「なに」


 「似合っている」


 「え?」


 「ドレス。似合っている。その色」


 アレクシスの目が逸れた。視線を合わせられないように。


 「……ありがとう」


 頬が熱い。ダンスのせいではない。


 「殿下も似合ってるよ。白い礼服」


 「そうか」


 「うん」


 「……そうか」


 アレクシスの耳が赤かった。


 ワルツの旋律が流れる中で、セレスティアは広間を分析していた。踊りながら。


 宰相が壁際で微笑んでいる。ワインのグラスを傾けながら。その目は計算の目。この舞踏会で何を読み取ろうとしているのか。


 副宰相マティアスが宰相に何か囁いている。宰相の微笑みがほんの一瞬、消えた。何か不愉快なことを伝えられたのだろう。


 ルシアンがイザベラとダンスをしている。イザベラの表情は硬い。笑顔を作っているが、目が笑っていない。ルシアンの手を拒めないでいる。


 ヴィオレッタが視線を送ってきた。「異常なし」の目配せ。会場の監視を引き受けてくれている。


 コンラートが壁際で腕を組んでいる。近衛騎士の礼服が似合っていない。本人も居心地悪そうだ。


 そして遠く、広間の入口近くに。


 フリーデリケがいた。


 貴族の娘として招待されているのだ。水色のドレス。少し大きい。おそらく姉のお下がり。蜂蜜色の髪にリボンを結んでいる。


 フリーデリケがセレスティアに気づいた。満面の笑みで手を振った。遠慮なく。舞踏会の作法も何もない、全力の手振り。


 セレスティアは踊りながら、少しだけ手を振り返した。小さく。


 アレクシスが気づいた。


 「誰に手を振っている」


 「フリーデリケ。あそこにいるの」


 「ああ、ブリュンヒルデの。あの小さい子か」


 「小さくないよ。わたしと同い年」


 「お前も小さいだろう」


 「殿下も大して変わらないでしょう」


 「僕は来月伸びる予定だ」


 「予定で伸びるなら苦労しないよ」


 アレクシスが笑った。本当に楽しそうに。


 「お前と踊るのは悪くない」


 「殿下は踏むのが上手ですね」


 「それ、褒めてないだろう」


 「褒めてない」


 「正直だな」


 「正直なのがわたしの取り柄」


 ワルツが終わった。最後の音が広間に余韻を残した。


 アレクシスがセレスティアの手を離した。一瞬、指先が迷うように。


 「次の曲は別の相手と踊らなければならない。社交の作法だ」


 「うん。分かってる」


 「でも最後の曲は、また」


 「最後の曲」


 「婚約者と踊る。最後は」


 「……うん。約束」


 アレクシスが離れていった。次のダンスの相手、どこかの伯爵令嬢の元へ。


 セレスティアは広間の端に寄った。


 フリーデリケが駆け寄ってきた。ドレスの裾を踏みそうになりながら。


 「セレスティアさま! すっごく綺麗! ドレス! 髪! 全部!」


 「フリーデリケ、声が大きい」


 「だって! 綺麗なんだもん! わたし見惚れちゃった!」


 遠慮がない。周囲の貴族が振り返っている。でもフリーデリケの笑顔に悪意を見出す人はいない。あまりにも純粋すぎて。


 「フリーデリケも可愛いよ。その水色のドレス」


 「これ、お姉ちゃんの。ちょっと大きいの。でもお母様が裾を直してくれたの」


 「裾、ちょっと糸が出てるけど」


 「あっ。ほつれてる。どうしよう」


 セレスティアはしゃがんで、フリーデリケのドレスの裾の糸を指で押し込んだ。


 「これで大丈夫。目立たないよ」


 「ありがとう」


 フリーデリケの目が——潤んだ。


 「セレスティアさま。ここにいると、わたし場違いだなって」


 「場違い?」


 「みんな綺麗で、ドレスも新しくて、作法も完璧で。わたしだけ、お下がりの、ほつれたドレスで」


 「フリーデリケ」


 セレスティアがフリーデリケの手を取った。


 「ドレスは関係ない。新しくても古くても。大事なのは、着ている人」


 「……」


 「フリーデリケが着てる水色のドレスは、フリーデリケが着てるから、一番可愛い」


 フリーデリケの目から——涙がこぼれた。すぐに拭いた。


 「泣かない、泣かないもん。ありがとう。セレスティアさま」


 「うん。パンは持ってきた?」


 「舞踏会にパンは持ってこないよ!」


 「残念。お腹空いた」


 フリーデリケがぷっと吹き出した。涙と笑顔が同時に。


 平穏な夜。華やかな夜。


 でも今夜は踊ろう。笑おう。


 最後の曲をアレクシスと。


 それまではフリーデリケと、お菓子を食べよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ